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1.ヒット連発
 1955年と1956年の違いは、一人(一つ)の歌手/グループが、複数の曲をヒットさせたか否かにあると思います。1955年には、1曲ヒットが出たらもうそれきり出てこないことがほとんどでした(あとは来年以降再登場するかどうか……)。しかし56年になると、それが変わってきます。例えばプラターズは4曲を1年間にトップ10へ送り込んでいます。その他フォー・ラッズは3曲、パット・ブーン、ペリー・コモ、ファッツ・ドミノは2曲ヒットさせています。もちろんわずかな例ですが、こういうことは1955年にはなかったことです。この現象のきっかけの1つには、やはりプレスリーの登場があるのではないでしょうか。

1.プレスリー登場
 1955年にビル・ヘイリーが「Rock Around The Clock」を1位に送りこみ、アメリカの(総合)シングルチャートにロックンロールの土台を作ったかと思いきや、その後再び従来のポップスが多くを占めるようになりました。

1月7日 トップ10シングル
1. Tennessee Ernie Ford / Sixteen Tons
2. Dean Martin / Memories Are Made of This
3. The Four Lads / Moments to Remember
4. Gale Storm / I Hear You Knocking
5. Frank Sinatra / Love & Marriage
6. The Platters / The Great Pretender
7. Art Mooney Orchestra / Nuttin' for Christmas
8. The Platters / Only You
9. Roger Williams / Autumn Leaves
10.Al Hibbler / He

この通りロックンロールと声を大にして言えるものはありません。強いて言えば「Sixteen Tons」が一番それに近いのでしょうか。いや、どうだか。フランク・シナトラの「Love & Marriage」なんて、音楽の授業(映画『サウンド・オブ・ミュージック』の鑑賞)で聴いたくらいです。
 その後2月に、ビル・ヘイリーの「See You Later Alligator」がトップ10入りしますが、「あぁまたあなたですか」といった感じです。その少し前にKay Starrの「Rock And Roll Waltz」という曲も1位になりますが、この人も結局ポップスの人なのです。あと同時期にパット・ブーンが、リトル・リチャードの「トゥッティ・フルッティ」を歌っていますね。ですので、決め手となる存在を期待するにはプレスリーを待つしかないのです。ビル・ヘイリーじゃダメなのかという指摘もあるかもしれませんが、彼はただのおじさんに見えるんですよ。1955年当時で30歳だったそうですが。
 3月31日、ついにエルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」が9位にランクします。待った甲斐があったと思いました。まるで今まで聴いた曲が無駄だったかのようですが、そんなことはありません、大変勉強になりました。

 さてチャートを追ったことで初めて聴いた「ハートブレイク・ホテル」ですが、最初は意外と普通にも聴こえたりもしました。「こんなものだっけ?」などと思いましたが、私は平成に生まれた人間であって、しかも時代を1955年から急速に追って聴いているのですから、「ハートブレイク・ホテル」も時代の流れに存在した1曲として認識されるのでした(単純に今までに聴いたことがあるというのも原因かもしれませんが)。しかし、何度も聴いていく内に、段々とすごいことだと思うようになりました。やはりプレスリーは持っているものが違うと言いますか、今までにはなかった音楽ができていると感じました。もっとも心理的なバイアスがかかっているのもあるのでしょうが。2017年夏に、週間シングルチャートを聴いていこうと決意したときの目標の一つ、「プレスリーの出現を確認する」をついに成し遂げられたのです。それは感動でした。

2.ロックンロールの漣
 同じ頃、カール・パーキンスの「ブルー・スエード・シューズ」も上位にランクイン。これは若干カントリーが混ざっていますかね。詳しくはありませんが。それから5月にロニー・ドネガンの「ロック・アイランド・ライン」もトップ10に。ロニーはイギリス人ですし、スキッフル・ブームの立役者だそうです。スキッフルは手作り楽器を演奏するとか言いますが、この曲は立派な楽器しか使っていないじゃないですか。スキッフルって何なのですか?それからジーン・ヴィンセントも「Be-Bop-A-Lula」でヒットしています。この曲は個人的にエヴァリー・ブラザーズのカバーが好きですね。 

 これにてようやくロックンロールが!と思いましたが、やはりアメリカ中に蔓延することはないようです。これはビルボードの総合チャート(Top 100)という、広い視点から見ているからであり、R&Bチャートといった専門チャートを見ていればもっと面白いことになっているのかもしれません。1956年のロックンロールで最強なのはやはりプレスリーで、「ハートブレイク・ホテル」「冷たくしないで」「ハウンド・ドッグ」「I Want You, I Need You, I Love You」(長いので英語の原題で)「ラヴ・ミー・テンダー」と5曲もトップ10にランクインさせています。「冷たくしないで」「ハウンド・ドッグ」に至っては同じレコード(両A面)なのですから、ものすごいです。「ラヴ・ミー・テンダー」は……ロックですか?

3.やっぱりポップス
 当時プレスリーのライバル的存在として売り出されていたのが、パット・ブーンなのだそうです。55年に「Ain't That A Shame」、56年に「I'll Be Home」がヒットしています。しかし私は、この2曲をあまり気に入らなかったのです。ただ普通の曲だとしか思えなかったのです。だいたい「Ain't That A Shame」にしても「トゥッティ・フルッティ」にしても、前者はファッツ・ドミノ、後者はリトル・リチャードの曲ではありませんか(彼の歌唱も、オリジナルのエネルギーとはまったく異なり、"カバー"ではなく"剽窃"に近いと感じました)。そういったことから、パット・ブーンをつまらん人間だと認識していたのです。ところが、それに続く「I Almost Lost My Mind」でそれが急変します。この曲の甘さときたら、なんと素敵なものでしょう。スイートです、はい。私はすっかり魅了されたのでした。単なる優等生ぶったつまらん男でもないのだと見直しました。何様でしょうか?私。
 次に、プレスリーのようなロックンロールが登場する前に、アメリカンポップスを支えていた音楽にも着目したいです。54年末から55年はじめにかけて大ヒットしていた「ミスター・サンドマン」を歌ったコーデッツは、56年にもヒット曲を出しています。それが「Born To Be With You」で、7月7日から8月25日にかけてトップ10にランクし最高5位を記録しました。歌声といい、細やかに刻まれるハイハットといい、静けさの中に美しさがあり、個人的には「ミスター・サンドマン」よりも好みの曲です。

 56年のポップスを語る上で欠かせないのは、フォー・ラッズでしょう。56年には3曲がトップ10にランクインしています。どの曲も朗々とした歌いっぷりです。「モーメンツ・トゥ・リメンバー」という曲は、55年9月~56年2月までトップ10を維持という、とてつもないロングヒットに。
その後2月~5月上旬まで「Not Not Much」、5月下旬~7月まで「Standing on the Corner」がトップ10に居続けました。プレスリーが、3月31日から年末まで5曲の強力な武器でトップ10で暴れまくっていた(8月25日、9月1日には「ハウンド・ドッグ」「冷たくしないで」「I Want You~」の3曲がランクイン)ため、私は大変驚愕していましたが、フォー・ラッズもそれに匹敵する人気です。ロックサイドがプレスリーなのであれば、ポップサイドはフォー・ラッズということになりますね。

4.変わり種?
 上記のように1956年は、ロックンロール(というかほぼプレスリー)、ポップスともに充実していますが、その中にはノベルティ性の高い、なかなか面白い曲もあります。こういうことも1955年には、まずなかったことです。

 まずPatience & Prudenceから紹介しましょう。この曲は別に変な曲でもないのですが、個人的にちょっと書いておきたい曲です。最初に聴いたとき、「子供の声?」と思いました。少女、それもかなり幼い声と推測しました。すかさずGoogleで画像検索したところ、出てきました、やっぱり子供!二人組ですが、その内の一人が小学生くらいのようです。次にウィキペディア(英語版)を見ると、生年月日が記載されていました。一人が1942年生まれで、1945年生まれのようです。はっ!?この二人は姉妹のようで、妹は1956年時点で11歳と納得ですが、お姉さんはまだ14歳?私には、お姉さんが成人しているものとばかり思ってしまいました。確かにもう一度画像を見てみると、確かに二人とも(服装やイラストで)子どものような扱いを受けています。いや、実際子どもなのですから!私が14歳、つまり中学二、三年生の頃を思い出しましたが、その頃の女子はみんなガキですよ、このお姉さん(Patienceの方)と比べれば。もっとも、私もガキだったに違いないのですが。
 こういう子どもの声による曲は、1955年にも一応ありました。The Cowboy Church Sunday Schoolという名義の「Open Up Your Heart  (And Let The Sunshine In)」という曲です。3月26日に8位に上昇しています。Patience & Prudenceのご両人よりも、さらに幼い声です。
しかしこの曲、子どもの声かと思いきや、成人女性の声を録音して回転数を上げているとのこと。確かに不自然さは感じていました。

 続いては、Buchannan and Goodmanの「The Flying Saucer」です。8月25日から9月15日にかけてトップ10にランクインしました(最高7位)。初めて聴いたとき「なんだこれは?」と思った曲です。いえ、曲であるかもわかりません。1955~56年のヒット曲を随所で挿入しまくっているのです。自分たちで演奏しているのではなく、実際の音源を(一部ではあるものの)使用しているのです。著作権的に大丈夫なのかよと思いますが、なんとなくこの時代はそういうのが緩そうです。実際には丁寧に許可をとっているのかもしれませんが。こういうことをA面でもB面でもやっているのですから、徹底しています。今回、使用されている曲を調査したところ、以下の通りでした("*"の印がつく曲は1955年発表)。

A面
Nappy Brown / Open That Door*
The Platters / The Great Pretender*
Frankie Lymon & The Teenagers / I Want You To Be My Girl
Little Richard / Long Tall Sally
Fats Domino / Poor Me
Elvis Presley / Heartbreak Hotel
The Penguins / Earth Angel*
Smiley Lewis / I Hear You Knocking*
Little Richard / Tutti Frutti
The Platters / The Magic Touch
The Platters / The Great Pretender

B面
Don Cherry / Band of Gold*
Fats Domino / Ain't That A Shame*
Don Cherry / Band of Gold*
Nappy Brown / Don't Be Angry*
Carl Perkins / Blue Suede Shoes
Chuck Berry / Maybellene*
Bill Haley & His Comets / See You Later Alligator
The Platters / My Prayer

このように合計17曲が使用されています。どうやらR&B系の曲が大半のようです。プラターズなんか3曲も登場している点を見ると、当時のプラターズの人気ぶりがうかがえます。(そういえば細野晴臣が2007年に『Flying Saucer 1947』というアルバムを発表していますが、関係あるのでしょうか)

 最後に、6月から7月にかけてヒットしたNervous Norvusという名義による「Transfusion」を紹介します。ただ、少し書くのに迷います。その原因は、私が参考したサイトにあります。この記事はここを参考に書いているのですが、実際に聴くために参考にしていたのはここなのです。実は二つのサイトのデータには相違点が多く、例えばこの「Transfusion」は後者のサイトではトップ10(最高8位)にいるものの、前者にはないのです(6月23日の13位が最高)。先述の「Flying Saucer」だって前者のサイトでは最高3位です。これは一体どういうことですか。私は両サイトのデータのズレに気付き、迷った末に1957年から後者の海外サイトを頼ることにしたのです。だってビルボードって海外ですよ?海外の方が正確そうじゃないですか?完全に主観ですが。
 この「Transfusion」はシンプルな伴奏と歌に、何度も車がぶつかって壊れる効果音が登場します。その効果音の音が大きく、歌が聴き辛いほどです。このシンプルな演奏+効果音という一発ネタ勝負は、70年代後半~80年代前半のニューウェーヴのノリに少し似ている気がします。効果音の通り、歌のテーマは自動車事故です。自動車事故といえば、ジャン&ディーンの「デッド・マンズ・カーヴ」を思い出します。

5.1位獲得曲
1955年11月26日~1956年1月7日(7週):Tennessee Ernie Ford / Sixteen Tons - キャピトル
 これは前回(1955年)でもふれましたね。聴くほどに味が出るタイプの曲だと思います。

1月14日~2月11日(5週):Dean Martin / Memories Are Made of This - キャピトル
 これも「Sixteen Tons」と同じくスルメ曲だと思います。アコースティック・ギター&ベースと歌・コーラスという非常にシンプルな曲なのですが、不思議なほどに味わい深いのです。ディーン・マーティンの歌声はもちろん好きですが、絶えることなく続く低音コーラスも印象的です。

2月18日~2月25日(2週):The Platters / The Great Pretender - マーキュリー
 プラターズは、1956年に4曲トップ10ヒットを記録しています。まず「Only You」は1955年の10月頃からトップ10に長く残り続け、翌年1月までその勢いが続きました。「Only You」の勢いが落ちるかというときに、次のシングル「The Great Pretender」が上昇し、最終的に1位になります。先ほど1956年は、ロックはプレスリー、ポップはフォー・ラッズと書きましたが、黒人R&B部門では間違いなくプラターズでしょう。

3月3日~3月17日(3週):Kay Starr / Rock & Roll Waltz - RCAビクター
 思い切り「ロックンロール」とタイトルにあるので、どんなロックだと思いましたが、結構ポップ寄りです。アレンジ次第では間違いなくロックなのですが。ケイ・スターという歌手は、別にロックンロールの人でもないので当然でしょうか。1955年にペリー・コモが「ココモ」をヒットさせていたのと同じ現象かと思います。

3月24日~4月28日(6週):Les Baxter / The Poor People of Paris - キャピトル
 ロックンロール以前つまり1955年までの面影を感じさせられる曲です。実際レス・バクスターは、1955年に「Unchained Malody」をヒットさせています。この「The Poor People of Paris」はもう飽きるほど聴きました。トップ10にランクした期間は2月25日から6月2日。私は合計15回もこの曲を聴いたのでした。なんとなくイオンみたいなショッピングモールで流れていそうですね。イオンでは「狂った時計」やグレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」が流れているときがあって、「The Poor People~」にもそれらの曲が連想させられる雰囲気があるのです。

5月5日~6月16日(7週):Elvis Presley / Heartbreak Hotel - RCAビクター
 レス・バクスターのおだやかなインスト曲からいきなりこれですから、非常に対照的で面白いものです。「ロック」といえば、うるさい音楽という印象を持たれやすいですが、この曲はギターが騒がしく鳴っているわけでもありません。先述のディーン・マーティン「Memories Are Made of This」と同じく、必要最低限の音数なのです。しかし、「Memories Are Made of This」とはまったく違う音楽です。その原因は、単純にエレキギターの有無にもありますが、やはりプレスリーの特異な唱法(少なくとも1955年のトップ10にこんな歌い方をする人はいなかった!)であり、彼の持つ魂なのではないでしょうか。などと言ってみますが、私が生半可に感想を書くのはおこがましい気もします。とにかくこの曲はすごいです、"本物"だと思います。

6月23日~7月28日(6週):Gogi Grant / The Wayward Wind - エラ
 この曲も名曲です。曲の持つ雰囲気に、惹き込まれるような魅力があります。ゴギ・グラントの歌声も、曲に合っており上手いです。この曲を調べてみたところ、元はカントリーソングなのだそうです。しかし、ゴギ・グラントのヴァージョンからカントリーの雰囲気はありません。
個人的に素晴らしいアレンジだと感じます。

8月4日~8月11日(2週):Pat Boone / I Almost Lost My Mind - ドット
 今までどうでもいい男と見下していたパット・ブーンでしたが、この曲で見直しました。すごく上から目線ですね。歌にはタイトル「I almost lost my mind」と歌う部分がありますが、ここで音程が上がったり下がったりする点が特徴です。つい揃って口ずさみたくなります。これはおそらく私だけではないでしょう。なんといっても堂々の1位を獲得しているのですから。

8月18日~9月8日(4週):The Platters / My Prayer - マーキュリー
 この曲は以前から知っていました。といってもプラターズではなく、フォー・シーズンズによるカバーによってですが(今後も私の「フォー・シーズンズで知った」現象が発生しますので、そのときはしぶとく報告したいと思います)。前付けヴァースで歌われるメロディが少し暗めで、それが一番印象に残ります。個人的に、それ以降は実はどうでもいいです。いつものプラターズ節だなと。

9月15日~10月27日(7週):Elvis Presley / Don't Be Cruel - RCAビクター
 プレスリーの代表曲ですね。決して「ハートブレイク・ホテル」だけの一発屋ではないのです。さすがに私もA面B面ともに知っています。
カップリングは有名な「ハウンド・ドッグ」で、両A面として発売され、どちらも大ヒットなのですから、すごいことです。どちらも絶対にヒットするという確信があったに違いありません。

 この「Don't Be Cruel」を最初に聴いたのは、中学一年生だったと思われます。最初に聴いたのは、プラターズ同様原曲(プレスリー)ではなく、細野晴臣だったのです。その頃私は、「ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-1977」というボックスセットを買い与えられました。そのボックスの中のCDにライブ音源が収録されていたのです。そのCDに収録されていたのが、この「Don't Be Cruel」でした。しかし、原曲の邦題が「冷たくしないで」であるにも関わらず、細野晴臣は「つめたく冷やして」と歌います。歌詞はほとんどが日本語で、"つめたく冷やして、飲もうぜビール"などと歌っています。今なら「何だこれは」と思えますが、当時はこの曲がプレスリーによって歌われていたことすら知らず、「そういう曲があるのか」程度にしか思えませんでした。私にはこのような、誰かの特殊なカバーを先に聴いて、後に原曲を知るということが何度かあります。

11月3日~11月17日(3週):Jim Lowe / Green Door - ドット
 少し可笑しな演奏といいますか、軽い感じが魅力です。ウッドブロックやチェンバロ?の音が効果的です。この「グリーン・ドア」は、ジム・ロウの最大のヒット曲で、あとは中ヒットが数曲といった具合です。なんでも2016年末まで存命だったそうで、こういう人はどうやって生活していたのだろうと、余計なことまで考えてしまいます。

11月24日~12月1日(2週):Elvis Presley / Love Me Tender - RCAビクター
 これも文句なしの代表曲。プレスリーの初主演映画の主題歌でもあります。この曲は音楽の授業でも習いました。といっても原曲である「オーラ・リー」ですが。私は小さい頃から「オーラ・リー」が好きで、母親にこの曲を訊ねたところ、「プレスリーの曲だね」と返答されました。その後プレスリーのロックの人間と知って、「オーラ・リー」と全然違う音楽性じゃないかと不思議に思ったものです。

12月8日~1957年2月2日(9週):Guy Mitchell / Singing the Blues - コロムビア
 最初は、またどうでもいい曲が1位になったなと蔑んでいましたが、ガイ・ミッチェルがテレビ出演してこの曲を歌う映像を見て、面白くて良い曲だと掌返ししました。映像にはガイ・ミッチェルと女性が映っており、ガイが女性に必死に言い寄るのですが、ことごとく拒絶されるのです。実際歌詞もそんな内容で、これは非常に面白く鑑賞できます。

 プレスリー、パット・ブーン、ジム・ロウ、ガイ・ミッチェル(1位にはなっていませんが、ジョニー・レイの「Just Walkin' in the Rain」という曲がヒットしています)と見ていくと、この時代は男性歌手の曲が流行りだったのかと推測できます。

 

6.総括

改めて見ると、1955年にはあった穏やかさは薄れて、より明るさが強調されているように感じられます。たった一年でそうなるのかと驚きますが、これがロックンロールの力なのでしょうか。プレスリーを代表としたロックンロールも良いですが、それと共存していたポップスにも確かな魅力があります。ここで11月24日のトップ6を見てみましょう。なぜ5ではなく6なのかというと、6位の「ブルーベリー・ヒル」が個人的お気に入りだからです。悪い曲は一曲もありません。

1. Elvis Presley / Love Me Tender
2. Jim Lowe / Green Door
3. Johnnie Ray / Just Walkin' in the Rain
4. Guy Mitchell / Singing the Blues
5. Elvis Presley / Don't Be Cruel
6. Fats Domino / Blueberry Hill

 

実は1956年のはじめに、この週間シングルチャートに飽きつつあったのです。しかし、どうにか峠を越えて、今では完全に日課となっています。続けられて本当に良かったです。さて次は1957年ですね。いつ記事を公開できるでしょう……。

 

1.新鮮さと戸惑い

1955年1月8日
1. The Chordettes / Mr. Sandman
2. Joan Weber / Let Me Go Lover
3. The Ames Brothers / The Naughty Lady of ShadyLane
4. Eddie Fisher / I Need You Now
5. Rosemary Clooney / This Ole House
6. The DeCastro Sisters / Teach Me Tonight
7. The Fontane Sisters / Hearts of Stone
8. Eddie Fisher / Count Your Blessings (Instead of Sheeps)
9. Teresa Brewer with The Lancers / Let Me Go, Lover!
10.The Four Aces featuring AlAlberts / Mister Sandman
 はじめに数週間分を聴き通したとき、女性ボーカルが多いことが印象に残りました。上記のトップ10を見ても分かる通り、コーデッツ、デカストロ・シスターズ、フォンテーン・シスターズと、女性三人組の曲が三つもあります。他にも特筆すべきは、曲のテンポがゆっくりなこと。
とはいえ、これは何となく予想はできていました。次にいわゆる"バンド"が皆無だと思いました。今の私はそれが当たり前と思いますが、当時は新鮮に思いました。作曲家や演奏家といった裏方と、メディアなど"表"に出る歌手がはっきりと分かれていた時代なのでした。最初はこうしたことが新鮮で楽しんでいたのですが、徐々に苦しめられていくことになります。それは、一度ランクインしたらしぶとく残り続ける曲の数々でした。1月22日にマグワイア・シスターズの「シンシアリー」、ビリー・ヴォーンの「愛のメロディー (Melody of Love)」がランクインし、前者が13週、後者は14週も残り続けます。この曲に限らず、トップ10にランクインする曲はことごとく長居するのです。私はなかなか変化しない週間トップ10チャートを、日々聴き続けなければならないのでした。

その他長居曲 (1月8日より)
フォンテーン・シスターズ / つれない人(Heats of Stone) 11週(1月8日~3月19日)
ジョニー・マドックス / クレイジー・オット 14週(2月19日~5月21日)
ジョージア・ギブス / Tweedle Dee 12週(2月19日~5月7日)
さすがに10週以上残る曲はわずかなのですが、何度も聴いていると「もういいだろ!」と思ってしまうのです(すべては自分が勝手にやっていることなのですが)。

2.さらなる地獄?
 3月5日にビル・ヘイズが歌う「デイビー・クロケットの歌 (The Ballad of Davy Crockett)」が9位にランク。最初に聴いたときは、特に感想を持たず、次の曲(8位)に移りました。そして3月26日に再び「デイビー・クロケットの歌」が登場します。今度はフェス・パーカーが歌うヴァージョンです。これにて同じ曲がトップ10チャートに存在することになりました。しかし私はまだ驚きませんでした。過去にもコーデッツ、フォー・エーセス&アル・アルバーツの「ミスター・サンドマン」やジョアン・ウェーバー、テレサ・ブリュワーの「レット・ミー・ゴー・ラヴァー」のように、同じ曲が違う歌手によってランクインすることはあったからです。ところが4月2日にテネシー・アーニー・フォードがまたデイビー・クロケットをトップ10に送り込んでしまいます。いくらなんでも同じ曲がトップ10チャートに3つあるのは、どうかしています。この壮絶なデイビー・クロケットの乱は6月18日まで続き、最も上位にランクインできたのはビル・ヘイズでした(なんと全米1位)。一番ひどかったのは5月14日で、7位デイビー・クロケット(テネシー)、6位デイビー・クロケット(フェス)、(5位を挟んで)4位デイビー・クロケット(ビル)と、ほぼ連続で「デイビー・クロケットの歌」を聴かされる破目になりました。ちなみに私が一番好きなデイビー・クロケットは、ビル・ヘイズ版です。やっぱり1位を獲得するだけあります。

 デイビー・クロケットの乱が繰り広げられていた4月9日、ペレス・プラードの「チェリー・ビンク・チャチャ」が6位にランク。マンボのリズムで楽しげな雰囲気のこの曲は、10週連続で1位を保ちます。1位でない時期も含めると、19週(4月9日~8月13日)もトップ10に居続けたことになります。これには参りました。ところでこの曲には歌がありません。インストゥルメンタルというものです。今ではインスト曲が1位になるというのは、珍しいことなのではないでしょうか。しかしこの1955年には、「チェリー・ピンク」のほかにも、ビリー・ヴォーンの「愛のメロディー」やジョニー・マドックスの「クレイジー・オット」といったインスト曲がトップ10に登場しています。こういった点が、非常に興味深かった点に挙げられます。

3.ついにロックの風
 デイビー・クロケット、チェリー・ピンクと興味深い曲が1位を飾っていた中、遂にあの曲が登場します。それこそビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」です。今まで知らない曲続きだった私ですが、この曲の名前を見て大変安心しました。私がビルボードチャートを遡って聴こうとした主な理由である、"ロックンロール"の登場をついに目撃することができたのです。最初に登場したのは5月28日の10位で、その頃は「チェリー・ピンク・チャチャ」が1位で、「デイビー・クロケットの歌」も3曲揃っている頃でした。余談ですが、有名な「アンチェインド・メロディ」も2曲チャートインしています。いつも思いますが、この曲を書いたアレックス・ノースは、この曲だけでも相当儲かったでしょうね。

5月28日
1. Perez Prado Orchestra / Cherry Pink and Apple Blossom White
2. Les Baxter his Chorus and Orchestra / Unchained Melody
3. Georgia Gibbs / Dance with Me Henry (Wallflower)
4. Bill Hayes / The Ballad of Davy Crockett
5. Al Hibbler / Unchained Melody
6. Fess Parker / Ballad of Davy Crockett
7. "Tennessee" Ernie Ford / Ballad of Davy Crockett
8. Nat King Cole / A Blossom Fell
9. Roy Hamilton / Unchained Melody
10.Bill Hayes & His Comets / (We're Gonna) Rock Around the Clock

それから「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の勢いは止まらず、7週間後ついに1位となり、8週連続でその座を守ります。この曲は当時かなりの衝撃があったのでしょうか。私にとっては、心弾む音楽だとは思いますが、充分大人しい曲に聴こえます。私のような若者の感想はともかく、ついにロックンロールが到来したのです。しかしその後トップ10チャートが、ロックンロールで埋められるのかというと、そうではありません。1955年の時点では、せいぜいチャック・ベリーが「Maybellene」でデビューした程度です。まだプレスリーも登場していないのです。この時点ではサン・レコードにいたんですよね。

4.1位獲得曲
参考
1954年12月4日~1月8日(6週):The Chodettes / Mr. Sandman ケーデンス・レコード
最初のフレーズが、大滝詠一の「ハートじかけのオレンジ」で使われています。勘の悪い私は、聴いていたにも関わらずそれに気付かず、後に他人のウェブサイトで知りました。なんでもこの曲が、ビフォーロックンロール、アフターロックンロールという二つの時代をつないでいるそうです。確かに2月12日にペリー・コモが「ココモ」(ビーチ・ボーイズの非ず)を歌っていますし(ただしペリー・コモはロック及びR&Bの人ではない)、確実にロックンロールは「ミスター・サンドマン」に迫っていたのでしょう。

1月15日~1月22日(2週):Joan Weber / Let Me Go Lover コロンビア・レコード
「ミスター・サンドマン」がビフォーロックンロール最後の曲だとするなら、この曲はなんなのでしょうか。この曲だって十分ビフォーロックです。この曲が「ミスター・サンドマン」ほど重要視されていないのは、やはり2週間しか首位にいないからなのでしょうね。それでも凄いことだと思いますが。ジョアン・ウェーバーという人は、まったく存じていないのですが、情感たっぷりに歌っているという印象が強いです。

1月29日(1週):The Fontane Sisters / Hearts of Stone ドット・レコード
この時代は一度1位になれば、長らくその座を保つことが多いですが、珍しくこの「ハーツ・オブ・ストーン」は1週のみです。とはいえトップ10チャートには、1954年12月18日から55年3月12日の13週です。個人的には女性三人による歌声よりも、男性の低音コーラスの方が耳に残ります。歌で一番キモとなるのは、"But they'll say no no no no no no no no no no no no no Everybody Knows"の部分。"No"を13回も言い、"Knows"もおまけで出てきます。何度「ノー」と言えば気が済むのか。そういえば、先ほどこの曲が13週トップ10に残ったと書きましたね。

2月5日~3月12日(6週):The McGuire Sisters / Sincerely コーラル
 コーデッツ、フォンテーン・シスターズと続き、またしても女性コーラスもの。流行っていたんでしょうね。この曲も非常に穏やかな曲です。
知らない曲だらけだった1955年ですが、この「シンシアリー」は聴いたことがありました。ただし、このマグワイア・シスターズの盤ではなく、フォー・シーズンズでした。彼らのセカンド・アルバムで、この曲がカバーされていたのでした。マグワイア・シスターズが歌うシンシアリーは、先述の通り13週もトップ10にチャートインしており、耳にタコができるほど聴いた気分でした。「ハーツ・オブ・ストーン」の"no no no..."といい、「シンシアリー」の"never never never never"といい、こうしたシスターズものの曲には、曲のキメとなる部分を意識して作られているのかと思わされます。

3月19日~4月16日(5週):Bill Hayes / Ballad of Davy Crockett ケーデンス
 ビル・ヘイズ、フェス・パーカー、テネシー・アーニー・フォードが各自歌ったこの「デイビー・クロケットの歌」。1位を勝ち取ったのはビル・ヘイズ。ビル・ヘイズの盤は、テンポが早かったり遅くしたりと、色々工夫しています。他二人の「デイビー・クロケットの歌」には、こうした試みはされておらず、この曲が一番売れるのも納得できる気がします。フェス・パーカーの盤は、明らかに二人で歌い分けています。一人で声を使い分けているのかと思いましたが、コーラスの部分では二つの声が同時に聞こえます。その点は気になりますが、曲の長さが1分40秒ほどしかなく、なんだかあっけなく終わります。テネシー・アーニー・フォードは非常に低い声が出せ、曲の中盤と終わりでかなりの低音域で歌っています。

4月23日~6月25日(10週):Perez Prado and his Orchestra / Cherry Pink and Apple Blossom White RCAビクター
 この曲の売れ具合は凄まじく、なんと年間チャート1位です。こんなマンボの曲なんて今ではなかなかチャート上位に上がらないでしょう。時代が進むにつれて、こういう色々なリズムの曲が豊富に聴かれなくなったように思います。

7月2日~8月20日(8週):Bill Haley & His Comets / Rock Around The Clock デッカ
 この曲がトップ10に入ったとき、ついに来たかと思いました。ビル・ヘイリーは一枚だけCDで購入していただけに、喜びがありました。ビル・ヘイリーは、なんとなく一発屋の印象がありましたが、翌年に「See You Later, Alligator」をヒットさせているんですよね。

8月27日~9月24日、10月8日(計6週):Mitch Miller with his Orch & Chorus / The Yellow Rose of Texas コロンビア
 南北戦争時代のアメリカ民謡とのことです。ドラムのせいで軍隊感(?)があります。ところでこの曲は、この時代にしては珍しくフェードアウトで終わります。この時代のフェードアウトは珍しく、どうしてそうしたのか気になります。

10月1日、10月15日、11月5日~11月19日(計5週、連続3週):Four Aces featuring Al Alberts / Love is a Many Splendored Thing デッカ
 55年はじめには、女性コーラス曲が1位になっていましたが、ここにきてようやく男性コーラス曲です。1955年当時、同名の映画(邦題は「慕情」)があり、それのテーマ曲のようです。1位獲得と思いきや、次の週に再びミッチ・ミラーに抜かれます。さらに次の週に再び1位に返り咲きますが、次週に今度はロジャー・ウィリアムズの「枯葉」に抜かれます。あっけない返り咲きと思いきや、二週間後に再々1位になります。上がったり下がったりと忙しい曲でした。

10月22日~10月29日(2週):Roger Williams / Autumn Leaves カップ(Kapp)
 「慕情」を蹴落とし1位になったと思いきや、「慕情」にやり返されたこの曲。この曲も歌がなく、「チェリー・ピンク・チャチャ」に続く1位になったインスト曲です。日本でも「枯葉」という題で有名で、確かに葉が散っているように聞こえるピアノの音は、国境を越えて愛されるものでしょう。しかしこういう曲が1位になる時代があったんですね。

11月26日~1956年1月7日(7週):Tennessee Ernie Ford / Sixteen Tons キャピトル
 55年のナンバー・ワンの最後を飾るのはこの曲。テネシー・アーニー・フォードという名前を見て、「"デイビー・クロケットの歌"の一人だ」とすぐ思いました。「デイビー・クロケットの歌」で、最も低音を効かせていた男です。最初はダルい曲だな(失礼)と思っていましたが、聴き続けるとこれが非常に良いのです。どこが良いか説明しろと言われると困るのですが、彼の声には魅力があるのだと思います。

5.その他お気に入りなど
Perry Como / Ko Ko Mo (I Love You So)
 上記の通り、ペリー・コモが「ココモ」という曲をリリースしました。1955年2月と早い段階で、ロックテイストなものが登場したため、私は少し驚きました。ただペリー・コモの歌い方は、ロックのそれとは異なる、実に正統なものに聞こえました。実際に彼はロックンロールの人ではなく、フランク・シナトラと並ぶ大物歌手(Wikipediaがそう言っていた)なのだそうです。どんな世代の人でも、「パパはマンボがお好き」のイントロは耳にしたことがあるに違いありません。軽自動車ハスラーのCMソング=ペリー・コモという事実や、彼が元々理髪店で働いており「歌う床屋さん」と言われていたというエピソード、そしてこの「ココモ」という名曲によって、私はすっかりペリー・コモのファンになったようでした(まだCDは購入できていませんが)。以来、シングルチャートで彼の曲がトップ10に上がると非常に嬉しくなります。しかし彼は、1955年の時点で約10年の経歴があり、既に旬は過ぎているのです。良く言えば、売上に固執しなくても充分人気はあるのでしょう。ですので、彼の快進撃は今後あまり見られないのです。

 

Johnny Maddox / The Crazy Otto
 1955年の2月~5月に特にヒットしていた曲。最高2位でした。楽しいインスト曲です。1955年にヒット曲は、基本的にどれも牛歩のごときテンポなのですが、この曲は軽快でかなり安心しました。

 7月16日、パット・ブーンが「Ain't That A Shame」という曲で8位に昇りました。その後も長期間に渡ってトップ10に居続け、最高2位を記録しています(その頃1位だったのは、ビル・ヘイリーと次にミッチ・ミラーでした)。パット・ブーンといえば、プレスリーなどのロックンロール(=不良)とは違う、品行方正路線で売り出されていたそうです。この「Ain't That A Shame」だって、決してシャウトなんかありません。しかしこの曲、ファッツ・ドミノが歌っていたではありませんか。いくら無知な私でも、それぐらいは知っています。どうやらこの曲は競作のようで、ファッツ・ドミノ版とパット・ブーン版が同時期に発売されていたようです。結果チャート的には、パット・ブーンが圧勝したようです。しかし現在はどうなのでしょう。この曲はファッツ・ドミノが作ったのですから、ファッツ・ドミノの方が有名な気もするのですが。
 1958年までのシングルチャートを知った今の私だからわかりますが、この後パット・ブーンは、快進撃を続けます。この曲はその始まりというわけです(実際には「Ain't That A Shame」の前のシングル「Two Hearts」が16居に上がっています)。
6.総括
 1955年は、とにかく穏やかな時だったと思います。まだプレスリーも登場していないのです(実際はしてますが……)。週間なので、何度も同じ曲を聴くのが大変ですが、チャートインする曲には多様性があり、楽しめます。インスト曲に、女性コーラス、そしてたまにロックンロール。色々なものが共存していたという印象でした。

1.はじめに

 2017年の夏休み、私はあることを思い立ちました。それは、ビルボードの週間トップ10シングルチャートを遡って聴こうというものです。これにはある理由がありました。高校二年生だった2015年頃から、私は60年代の音楽を本格的に聴くようになりました。そしてより音楽を知ろうと、書籍、ウェブサイト、ブログなどを読むのですが、必ず知らない歌手やグループの名前が出てくるのです。パット・ブーンやらアンディ・ウィリアムズやらエヴァリー・ブラザーズなどなど、名前だけは知っている人から、誰なんだとしか思えない人まで散々でした。特に黒人歌手/グループになるともう壊滅的で、私は何度も知識の無さに失望しました。この状況を打破するには、とにかく古の音楽を探っていくしかない。しかしどうやって?そこで思いついたのが、ビルボードのシングルチャートを週間で聴いていけばいいのだということでした。さすがに週間トップ30とか40だと、あまりにも面倒なので、トップ10にしようと決めました。10曲だけとはいえ、少なくとも今よりは音楽を知ることができます。この電子の時代、ビルボードの週刊チャートをまとめているサイトがあるに違いない。調べた結果、ヒット洋楽ランキング/ビルボード・データベースというサイトを発見。このサイトは、1955年までのデータしかありませんでしたが、当時の私にとって「1955年」は未知の年でした。古い音楽を知るには、絶好のサイトだったのです。そしてこのサイトを活用して1956年まで辿りました。そんなときに見つけてしまったのが、Barry's Hits of All Decadesというサイトでした。そのサイトを見ると、なななんと1935年の週間チャートがあるではないですか(ついでに1900年~1904年のチャートもありますが、もう訳が分かりません)。これを見たとき私は、ガクッときました。とはいえ、当時の私は「1955年」で未知だったのですから、30年代なんてもう刺激が強すぎたと思います。結果的にはよかったのかも?しれません。

 この昨年夏の思いつきは、現在も続いて行われており、今ようやく1958年の3月まで来ています。まだまだ始まったばかりです。これがいつまで続くか分かりません。私は異常な音楽好きとは言え、飽きっぽさも兼ね備えているのです(そのため一つのミュージシャンのファンで居続けられません)。可能であれば現在(今だと2018年)の週間チャートにまでいきたいのですが、実現するかはわかりません。私は1990年以降の音楽はまず聴かず、今の音楽は正直よく分かりません。だいたい2018年に到達するまでに、どれだけの歳月がかかるのでしょう。まあそう気を張らずに、本格的に飽きるまで続けていく所存です。ちなみに現在の計画は、現在の週間チャートに到達したときに、1935年に戻りたいと思います。時差がとんでもない……。

 正直ただ一人で聴き続けるのは寂しいので、この場を借りて勝手に報告をしていきたいと思います。一年分の週刊チャートを聴き通した上での感想や、気になった曲などを書いていきます。飽き性なのでいつまで続くかわかりませんが!

 

2.索引

1955年

1956年

 

 チューリップは1971年から1989年まで長く活動を続けています。そのためファンからは、第一期、二期、三期と分けられることが多いです。それはメンバーチェンジがある度に二期、三期と変わっていきます。私が一番好きなのは二期の1980年から1985年です。一期にも良いところはあるのですが、個人的にどうでもいい曲が多いのと、やたらと仲間意識みたいなのを大事にしている節があるように見えるのです。仲間意識を持つことは別に構わないのですが、歌が上手くない人の曲がポツリと出てきたりするのはいらないと思います。俺達はいつまでも一緒だ、という思いがあったのかは知りません。結局1979年に二人も辞めてしまうのですから、意味がないように思われます。

 二期の特徴は、シンセサイザーによる宇宙路線と若干のプログレ要素ではないでしょうか。これが昔からのファンにとっては、あまり評判がよくなかったりするそうです。確かに歌詞がダサかったりすることはありますが、彼等のシンセサイザーの使い方は悪くないように思います。YMOのように手が込んでなく、ベタな音色を使うときもありますが、時折面白い音も出しているので嫌いにはなれません。

 81年に「The Love Map Shop」「The 10th Odyssey」、82年に「2222年ピクニック」83年に「Halo」といったアルバムを発表してきたチューリップ。アルバムを出す度にリーダー財津和夫氏の思想が強まっています。思想というのは、主に宇宙のことでして、壮大な演出がなされています。私はそれでいいと思うのですが、今回の「I Dream」は財津氏の思想が少し抑えられて作られているのです。前作「Halo」では、くどいぐらいに「星」だとか「宇宙」だとか、宇宙要素が入っていました。一曲の収録時間もやたら長い。しかし「I Dream」には宇宙要素も、壮大で長い曲も入っていません。その代わり、シンセサイザーやドラムマシンといった電子楽器が前作以上に使われています。
これは80年代を経たミュージシャンの宿命のようなものです。財津氏はシンセ好きであると思われますし、シンセサウンドもすすんで取り入れたのではないでしょうか。ただドラムマシンによって、ドラム担当の伊藤薫の役割はいずこへ・・・…。どうやら伊藤氏は本作で二曲しか叩いていないそうなのです。生ドラムとドラムマシンの使い分けの基準は何なのでしょうか。勝手に想像するなら、当初は生ドラムを使っていたものの、途中でドラムマシンが導入されたため、生ドラムが用済みになったというものでしょうか。多分違うと思いますが。伊藤氏は作詞作曲そして歌を担当することがあるのですが、本作では一曲だけ作詞を担当しているのみ。ほとんどリストラみたいなものではないですか。80年代のドラマーって不憫ですよね。

1.エジプトの風
作詞作曲:宮城伸一郎
 「I Dream」というアルバムは、チューリップ史上初であることが多いです。先述のドラムマシンもそうですが、何よりも重要なのは一曲目です。チューリップのアルバムの一曲目は、必ず財津氏が歌っているのです。ところが本作では、なぜかベース担当の宮城伸一郎が歌っています。なぜこの時になって、こんな曲順になったのでしょうか(実際には「心の旅」というアルバムで姫野達也が一曲目で歌っています。しかしこれはベスト盤のような位置づけですし、個人的には例外です)。そんな記念すべき歌のテーマがエジプト。どう生きていたら、普通の日本人がエジプトの歌を作るのでしょう。しかし結構素敵な曲です。ここまで爽快だと、「エジプト」や「スフィンクス」のような単語が飛び交っても気にならなくなります。

2.愛の迷路
作詞作曲:財津和夫
 第二期チューリップの特徴として、シングルがあまり売れない点があります。それはチューリップがアルバム中心のバンドだからというのもあります。しかし何より、イントロだけで一分近くかかったり、全部裏声で歌ったり、曲調が暗め(シングル向きでない)だったりする曲をシングルにしていたことが原因にありそうです。結果的にオリコンチャートの三十台に入る、スマッシュヒットぶりを発揮しています。この曲はシングルカットされたのですが、例によってそこまで売れませんでした。この曲はJALのCMに使われており、それを受けてシングルカットしたそうなのですが、発売した頃にはそのCMが終了していたという痛恨のミス(?)。JALのCMに起用された曲は、ヒットする法則があったとかなかったとか。この曲はチューリップのシングル曲にしては一般受けしやすい曲だっただけに残念です。

3.恋は素顔で
作詞作曲:財津和夫
 個人的に「エジプトの風」と「愛の迷路」には共通するものがあると思うのです。それは曲に勢いが感じられるといったところなのですが、
それに対してこの曲は、少し落ち着いたところがあります。息抜きと言いたいところですが、サビのメロディは実はそんなに明るい流れではないように聴こえます。シンセによるオーケストラの音も、なんだか不安を煽りますし。Aメロと間奏、右チャンネルから「カンッ」と軽い音が聴こえますがなんの音でしょう。ドラムマシンにしては音が貧弱すぎますし、音が均一ではないです。

4.この小さな掌(詩歩子へ)
作詞:財津和夫 作曲;姫野達也
 今度は姫野達也が歌います。この頃の姫野氏は、デビューの頃と比べると(見た目が)丸くなっており、髭を生やしていたりするときもあります。そんな顔でこんな甲高い声が出るものなのかと思います。ミュージシャンも年を重ねれば、家族が出来るものです。そして、妻や子供の歌なんかを作ってしまったりするのです。姫野氏にしても同じことで、この曲は自分の娘へ作った曲。曲は美しい仕上がりになっているのですが、たまに受け付けない部分もあります。「君が望むのならこの命あげよう」だなんて重すぎですよ。子供もたまったものじゃないですって。

5."Feel It"
作詞作曲:財津和夫
 文の表現でよく"こういう書き方"が見られます「" "」です。強調ですね。これによって、なんだか意味ありげに思えて来ます。
Feel It
"Feel It"
何か伝わってきませんか。きません。実際には物凄く軽~い歌です。「悩み?大丈夫だって、安心しろよ」といった感じです。ウィキペディアが言うには、この曲のドラムは伊藤氏が叩いたものだそうです。確かにそう言われてみれば、ドラムの音に強弱が見られたりするのですが、ドラムマシンとそんなに変わりません。ハイハットの音なんか、すごく軽い音に加工されていますし。

6.たったひとりのオーディエンス
作詞作曲:財津和夫
 レコードではここからがB面となります。CDだと"Feel It"という楽しげな曲から、一転してこの曲へノンストップで続けられるのですから、部屋の空気も変わるってものです。そう感じるだけですが。この曲は本作の先行シングルとして、前年1983年に発売されました。シングルとアルバムとでは若干の違いがあります。単純にアウトロが長くなっているだけなのですが(ちなみにアルバムの方が長いです)。それにしても財津氏はなぜこのような曲をシングルにしたのでしょうか。ゆっくりとしていますし、なんだか闇に引き込まれるようです。魅力的ではありますが、シングル向きでしょうか?メンバーはあえて出したという感じのようですが。シングルのジャケットも、有孔ボードで作られた壁を前におっさん達(チューリップのメンバー)が佇んでいるものです。「この人達ミュージシャンだよ」と言われないと気付かないくらいです。私はこの曲が大好きで、一度カラオケで歌ったことがあるのですが、一緒に行った友人がタイトルを見て「"オーディエンス"って意識高いな」と言いました。「意識高い」というのは、つまり横文字(カタカナ)を多用することですね。でも80年代なんてそんなものですし。「たったひとりの観客」とか嫌です。

7.黄昏モノローグ
作詞:伊藤薫 作曲:姫野達也
 伊藤薫唯一の作詞となります。本作においては、「この小さな掌」に次ぐ姫野ボーカル曲となります。非常にあっさりとしていて、淡々とした演奏を聴かせてくれます。シンセサイザーが8分でコードを刻んでいるのが、その原因だと考えています。「この小さな掌」の細く甲高い声とは少し違い、機械を通した(あるいはただのダブルトラック?)、これまたあっさりとした歌声となっています。80年代の姫野氏は、こういった歌声が多く聴けますね。

8.冬の街
 切ない曲調に朗々とした歌が流れるという、"財津節"と言える曲。チューリップというバンドの曲というより、財津氏のソロと言われても信じてしまいそうです。まるでどこかへ消えていくかのような歌声と演奏は、なんだか心細い気さえします。演奏のほとんどはシンセサイザーによるもので、その音色は冬をうまく演出しています。寒さの中に一抹の暖かさがあると言いますか、つまりカイロですね(暴論)。ただ歌詞は別れの歌です。この曲が切なく寂しげなのは、歌詞にもありますね。歌詞はたった十二行。この淡々としたところも魅力です。

9.夏は終わらない
 シングル「たったひとりのオーディエンス」のB面曲。「たったひとりの~」もそうですが、この曲も明るいとは決して言えない曲ですね。この曲はイントロが凝っています。凝っていると断言していいのかはわかりませんが。説明が難しいのですが、要するに裏拍です。拍子がずれています。キンクスの代表曲「You Really Got Me」でもそうですが、ドラムが入ると途端にリズムが変に聴こえませんか?この曲もそれと同じですね。最初の音が一小節の表拍子かと思いきや、前の小節の四拍目の裏だったという・・・そんなこと書かなくても分かると言われそうですが、やはり書くと難しいです(2017年2月13日追記:先述の長々しい説明による演奏を「弱起」というらしいです)。

 B面はシンセサイザー中心の曲が多いですが、この曲はまだバンドっぽいです。エレキとアコースティックギターどちらの音も聞こえますね。しかしやはりどこか覚めた感じですね。「夏は終わらない」というタイトルですが、歌詞では季節は既に冬になっています。この曲に登場する男は、夏に恋人と別れたため、それ以来(男の中で)時が止まっているという解釈でしょう。サビの「もう一度だけ」の部分は全部裏声なのですが、こういうどこか力が抜けた感じが特徴です。この時期のチューリップも、こんな風に冷めていたのでしょうか。などと深読みしたくもなります。

10.I dream
 珍しく戦争の歌。直接的に戦争について触れているわけではありませんが、財津氏の意思は間違いなく反戦でしょう。この曲には「ぼく」と「君」の二人が登場しますが、昨日今日会ったような関係ではなくなっているようです。私は最初、「ぼく」が戦争に行っているから「君」に会えないと解釈していました。しかし「ぼく」が「君」に会えないのを戦争と結びつけているだけにも思えました。戦争が終わったら君に会うんだという死亡フラグなのか、"会えない"のと"戦争の惨禍"を合わせ、こじつけているのかは分かりません。こういうやや抽象的な歌詞を作る財津氏は良いですね。

 チューリップにしては珍しく、冒頭でSEが使われています。音は無線?による声と射撃音ですので、実際の戦争の音源なのでしょうか。
曲は財津氏の歌と、シンセサイザーのエレピ系の音による伴奏が中心です。それにピチカートとストリングスが加わっていますが、いずれもシンセサイザーで作られた音に思われます。こういうシンプルな音作りですので、なんとなく小曲っぽい印象がありましたが、なんだかんだで三分半ありました。とてもそんな感じはしませんでした。美しさと優しさの混在した曲で、本作は終了となります。

 収録曲の構成を見ると、A面は明るい曲が多く、B面は暗め/大人しい曲が収録されています。つまりライト・サイドとダーク・サイドということでしょうか。A面の「この小さな掌」と、B面の「黄金モノローグ」(いずれも姫野氏ボーカル)が逆になって収録されれば、ライト/ダーク構成は完璧なのですが、バランスを考えた上であえてこの曲順になったのかもしれません。前作までの宇宙路線を終え、コンセプトはなくなっているはずです。しかし本作の収録曲はどれも一貫したもの(作風など)があり、非常に濃い内容になっていると感じられます。二期のチューリップでこれが一番傑作という意見も頷けます。しかし私個人としては、次作「New Tune」の方が数倍好みです。あまり理解されませんが。

 フォー・シーズンズを初めて知ったのは、2014年とかなり最近のことでした。
2015年夏~冬の私は大滝詠一の音楽や言動に関心がありました。
「A Long Vacation」収録の一際明るい曲「FUN×4」が、
フォー・シーズンズの曲から引用されているとのことでした。
その曲はどうやら「シェリー」というタイトルで、
さっそく私はその曲を聴くことにしたのでした。
これが初めて聴いたフォー・シーズンズの曲となりました。
今だからこそ、「シェリー」のリズムパターンが
「FUN×4」に引用されていると言えますが、
そのときの私はそんなことを考えている暇はありませんでした。

まず歌が始まってから、異変を感じました。
複数人で合唱していますが、妙な声が聴こえる。
「なんだこれ?」と思いかけた直後に聞こえたのは、
音程が張り裂けるように上へ上へと伸びるボーカルでした。
曲は明らかに50~60年代のもの。声に加工などできない時代。
正真正銘、それは人の喉を通って出された声なのです。
それにしてもこの声は高すぎる。
そもそも裏声なのか?普通はそうでしょうが、裏声にしては力強すぎる。
声はおそらく男性。しかしこんな声を持つ男とは一体?
私はその曲が終わるまで、放心状態でした。

いてもたってもいられず、すぐさまこの曲について調べました。
この曲は1962年の曲であること。
歌っているのはフランキー・ヴァリという人。
アメリカの非常に有名なグループであること。
シェリーはデビュー曲で、いきなり一位を獲得したこと。

このフランキー・ヴァリという人は、
女性でも難しいような高音を、さも当たり前のように出し続けるという
特殊な歌手だったのでした。しかしそんな特殊な声を出している
彼の姿はなんと堂々としているのでしょうか。
これがプロかと思ったものでした。

他に驚いたのは彼の年齢でした。
1962年にデビューしたポール・マッカートニーは現在74歳。
同年にデビューしたフランキーはというと、なんと82歳。
同年代のミュージシャンより、はるかに年が上だったのです。
彼があんなにも堂々としているのは、
「シェリー」までに長い下積みがあったからなのかもしれません。

こうしてフォー・シーズンズは、私に強い印象を残したのでした。
しかしこのときは、ビートルズ台頭前のグループの一つとしか思っていませんでした。
この認識が変わるまでには、まだまだ時間がかかったのでした。