クリスピアン・セント・ピーターズという名前から聡明な響きを感じます。顔を見ると少しだけジョン・レノンに似ているようです。しかし似ているだけで、この二人に接点があったかどうか、多分なかったと思うのですが、二人の共通する点はイギリス人、これに限ります。改めてクリスピアンの顔を見ると、やっぱりジョンには似ていないように見えてくるのでした。お分かりの通り、別人です。
レコーディングにジミー・ペイジが参加したこともあるとか語られるクリスピアンですが、いくらペイジの名を借りたとて彼が有名な存在になるわけではなく、知る人ぞ知る存在と言わねばなりません。第一、英米ともにヒット曲が多くはないのです。第二に、と言いたいのですが、これ以上知ることがないため、勝手ながらここで打ち切りです。
クリスピアン・セント・ピーターズのヒット曲といえば、「You Were On My Mind」と「The Pied Piper」です。ウィキペディアのディスコグラフィーを見ると、「You Were On My Mind」がイギリスで1965年11月に発売され2位、アメリカでは1966年2月に発売され36位。次に「The Pied Piper」が英米ともに1966年5月にリリースされ、イギリスでは5位、アメリカでは4位となっています。次に「Changes」がリリースされていますが、こちらは英47位、米57位と、大したヒットにはなっていません。一旦「Changes」の存在を無視し、「You Were On My Mind」と「The Pied Piper」二曲の英米のヒットの経緯を記します。本国イギリスではどちらも同じ規模のヒットです。アメリカでは、「You Were On My Mind」が新たなイギリスの歌手に注目する契機を与え、「The Piped Piper」で本格的にその存在が認知される、といったシナリオに出来上がっています。「You Were On My Mind」が36位というまずまずのヒットとなっているのは、彼が完全に脚光を浴びていなかったからとも言えますが、前年65年にアメリカのグループ、ウィー・ファイヴが歌ったヴァージョンが3位という大ヒットとなっており、二番煎じ故の結果と判断するのが妥当でしょう。考えるほど、英米ともにもっともなヒットの仕方をしています。しかし、この二曲の実情は、英米とで異なる物語を作っているのです。
クリスピアン・セント・ピーターズは、「You Were On My Mind」の前にも二枚シングルをリリースしていますが、いずれも英米ともにノン・ヒットです。彼の転機はやはり「You Were On My Mind」です。先述の通り、アメリカでこそウィー・ファイヴがヒットさせた曲ですが、イギリスではヒットしていません。アメリカでヒットした曲が、イギリスで別人が歌ってこれがヒットするということは珍しいことではありません。同じ英語圏といえど、アメリカは海の向う。イギリス人にとっては、親近感を求めるのでしょう。クリスピアンの「You Were On My Mind」のリリースおよびヒットにも、そういう事情が含まれているはずです。カヴァーされた「You Were On My Mind」ですが、ウィー・ファイヴのヴァージョンとはアレンジがかなり違います。私はビルボード・チャートを集中して聴く人ですから、ウィー・ファイヴのヴァージョンを先に知ったのですが、もしその頃に同時にクリスピアンのヴァージョンを聴いたなら、きっと後者を気に入ったでしょう。それなりに魅力あるカヴァーですので、イギリスで2位という大ヒットとなるのも不思議ではありません。一方、アメリカでは36位……となるはずなのですが、1966年当時、クリスピアンの歌う「You Were On My Mind」をビルボード・チャートで確認したことはありません。つまりノン・ヒットです。ウィキペディアでは確かに36位と記されていたはずです。ウィキペディアが信用ならないのは全世界共通ということでしょうか。しかしウィキペディアの記述は必ずしも間違いではありません。この真相は後ほど。
大ヒットした「You Were On My Mind」に次ぐシングル「The Pied Piper」は、前作のフォロー・アップ、言ってしまえば二匹目のドジョウです。この二曲のアレンジはよく似ています。しかしやはり魅力あるアレンジですし、そもそも「The Pied Piper」自体が良い曲なのですから、これもイギリスで5位のヒットとなります。私がクリスピアン・セント・ピーターズの名を知ったのは「The Pied Piper」で、この曲がビルボード・チャートを上昇したためでした。「The Pied Piper」は、イギリス人にとっては(悪く言えば)二番煎じですが、アメリカでは初の感触です。その新鮮さが、ビルボード最高4位という快挙を得たのでしょう。先ほど、ウィー・ファイヴとクリスピアン・セント・ピーターズの歌う「You Were On My Mind」を同時に聴いたなら、きっとクリスピアンのヴァージョンを好むだろうと書きました。しかし、「The Pied Piper」の方を先に知った私にとっては、「You Were On My Mind」の方が二番煎じに思えるため、自然とウィー・ファイヴの方を選んでしまうのでした。
「The Pied Piper」は、前作「You Were On My Mind」に追随するどころか、勝っていると思います。より洗練されている感触があります。比較すると前作の方が輪郭がはっきりしていないところがあるのです。元々「The Pied Piper」はThe Changin' Timesというアメリカのグループによって1965年に歌われた曲で、最高87位を記録しています。私はビルボード・チャートを毎週40位までしか確認しませんので、87位という結果に終わった原曲を知るのは後の話でした。聴いてみると、いかにも1965年といった風のフォーク・ロックで、ヴォーカルもきっとディランに影響されているのだろうと微笑ましくなる曲です。
クリスピアンのヴァージョンは、「You Were On My Mind」のアレンジを模倣しているのは確かです。しかし、それに加えて、チェンジン・タイムズによる原曲で用いられた笛の音にも影響を受けています。タイトルがそのまま、伝承で有名なハーメルンの笛吹のことを指しているのですから、笛の音が聞こえるのは当然でしょう。歌詞の内容は伝承のように怖くなく、「僕についてきて」と大変ロマンあるものに転じています。こういうアイデアがヒットを招くのでしょう。クリスピアンのヴァージョンは、ヒット性のある「You Were On My Mind」のアレンジと、原曲に秘められた魅力を最大限引き出して、見事に融合したものだったのです。静的なヴァースと動的なコーラス、ここがこの曲の美点です。何度も聴くと、後半がやや繰り返しすぎているようにも思えますが、気分を高揚させてくれるのは確かです。最後に潔く終わってくれるところも好ましいです。
「The Pied Piper」がアメリカでヒットしていた時期は、1966年の7月から8月にかけてです。この頃チャートの上位には、トロッグスの「Wild Thing」、トミー・ジェイムズ&ザ・ションデルズの「Hanky Panky」、サム・ザ・シャム&ザ・ファラオーズの「Lil' Red Riding Hood」といった馬鹿げた曲が占めていました。一曲だけなら、こういう曲も面白いよね、くらいで済ますこともできますが、三つも揃われるといい加減嫌気が差します。そんな中で「The Pied Piper」は良い清涼剤になってくれました。
大変すばらしい曲を歌ってくれたクリスピアンでしたが、次の「Changes」は先述の通りさほどヒットしていません。良いような気もするのですが、手放して褒められないところがあります。クリスピアンの裏声が気色悪く聴こえるとかそういう原因でもあるのでしょうか。いえ、決して悪いというものではないのです。ただ「The Pied Piper」のような決定的な、フックとなるものがなかった。ヒットのポテンシャルが低いようです。三番煎じをやらなかったところは評価できるかもしれません。
イギリスでも大して変わりませんが、アメリカにおけるクリスピアンの人気は一瞬でした。「The Pied Piper」がヒットしたときは、今後もヒット・チャートを賑わしてほしいという微かな望みもあったのですが、その気持ちも時が経つにつれて忘れていきました。そして完全に忘れ去っていた1967年7月22日付のチャートに、再びクリスピアン・セント・ピーターズの名が現れたのです。ヒットした曲は、なんと一年以上前に発売されていた「You Were On My Mind」なのです。なぜ今更?と思いました。確かにウィー・ファイヴは、あれ以降ヒットが続かなかったため、グループもヒット曲も忘れられていておかしくはないです。だからといってクリスピアンが過去に歌ったヴァージョンがヒットする理由になるのでしょうか。きっと何か事情があったはずです。クリスピアンの歌う「You Were On My Mind」は、ビルボード・チャートの36位に二週いただけで、すぐにトップ40から消えました。クリスピアンに興味のない人にとっては、また有象無象の曲が出てきた程度にしか思わなかったでしょう。しかし少しばかり彼のことを知っていた私にとっては、ひどく奇妙な現象に見えたのでした。忘れられた頃に突然やってきたクリスピアンでしたが、その後ビルボード・チャートに顔を出すことは二度となく、アメリカン・ポップは何事もなかったかのように動いていくのでした。
ウィキペディアの記述が必ずしも間違っていないと書いたのはこういうことです。イギリスでは順番通り発売され、順番通りヒットした。アメリカでは順番通り発売されたけれど、ヒットした順番は逆だった。これが真相です。しかし無機質な表で表すと、この順序が伝わらないのです。そういうわけで、もしこの事情を御存じない方がいらっしゃいましたら、是非記憶に留めておいてください。得もしませんが損もしないでしょう。
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私が所持しているクリスピアン・セント・ピーターズのCDは、これ一枚です。The Complete Recordingsと書いてあるように、二枚組の大容量です。ちゃんと通して聴いたことはないです。私にとってこの人は、やはり「The Pied Piper」一曲に尽きます。
2019年10月時点、YouTubeでこの曲を検索すると、クリスピアンのライヴ映像が見られます。これはイギリスで毎年行われていたNMEのショーです。NME Poll-Winners' Showで検索すると、主にビートルズに関する情報が出てきます。映像は66年のものです。ビートルズは64年から66年まで出演していました。それはともかく、クリスピアンの歌唱ですが、恐ろしい音痴です。最初別人がふざけた歌っているのではないかと思ったほどでした。この曲のライヴ・ヴァージョンが見られることに喜んだ自分が滑稽に思えてきます。こんなに音を外せるものなのでしょうか。英米でヒットしていたのですから、間違えることの方が難しいほど歌っていそうなものです。ちゃんと聴いてみると、コーラスの「hey, come on babe」のところはある程度音程がとれています。この曲のヴァースは低い声で囁くのでして、そこがこの曲の魅力でもあるのですが、ひょっとするとクリスピアンは低音になると不安定になるのかもしれません。それにしても不自然な音程ですが。改めてレコーディングされた方を聴いてみると、とりあえずピッチのいい歌手ではないのでしょう。レコードではそういう不安定さも、歌詞の純真さを表していたのかなと、好意的に書いておきたいです。どんなにライヴでの歌唱が不安定だろうと、私はクリスピアン・セント・ピーターズが歌った「The Pied Piper」が好きなのですから。



