2017/05/19 | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。

ここ数日のモヤモヤ。

なんだろうと思ってたんだけど、アレだ。

学校だな。

久しぶりの講義の雰囲気、講師と学生というピッチリ上下の関係で嫌な記憶が蘇ってもうたわ…

学校自体は疲れ切ったけど、地獄の発表だったけど、それでもそこそこ楽しかったのに、何だかケチがついた気分( ´△`)




ユキに確定診断がつく前。

1才4ヶ月の頃にした検査入院でのこと。
詳細は随分前に記事にしたっけなぁ。

あの頃の医師の高笑いの呪縛から未だ抜けきれない私。
何かの拍子にすぐ蘇るわ…



何かの拍子。

ノブコブ吉村に激似だったのあの医者💧

吉村、消えないかな…あの人見るたび思い出すんだわ…とか酷いことを考えてみる^^;

ま、それは冗談として。




1才3ヶ月時点でレットを疑い、検査依頼をしたにも関わらずスルー、1才4ヶ月で二泊三日の発達遅滞を探る検査入院を提案されたもののその際レット検査はなし、という。
入院中、ユキはレットではないかとしつこくいう私に、素人は黙っとけばりに苛立ちを隠さずぶつけた挙句、シカトした某子ども病院の医者。

退院前、検査結果の報告が小さな小部屋であった。

そこには主治医と、入院中の主治医の吉村もどき、それから私達夫婦。

髄液とったり色々やったけど、この入院ででた異常は、脳梁低形成のみ。
ただこれに関しても、発達障害の人に脳梁低形成の人がいます、程度の説明。
めっちゃモヤモヤしたわ。

説明は主治医がし、なんちゃって吉村は私達を見ることなく、つまらなさそうにしてたのをよーく覚えてる。


ショッキングだったのは、説明を受け、部屋を出た直後。

大きな、大きな、大きな笑い声が扉を閉めた直後に、私達を追いかけてきた。

我々は笑い者ですか…

そんなに愚かですか…

ネット情報に振り回されるアホな母親に見えましたか…

血液が沸騰するとはこういうこと。


忘れらんないよ。
…私ごとき、何の力もないのが悔しい。



その後、検査結果を受けて、主治医が改めてレットの検査を提案、1才6ヶ月で確定診断となりました。

主治医はその時小さな声で謝った。



吉村もどきとはその後数回すれ違った。

気がついたかついていないか、そんなことは知らないけれど、相変わらずで。
その時の態度、私が本当は気付いているけれど気付かないふりをしている時の態度と同じに見えて、ゾワゾワした。

忙しくせわせわとしたオーラを出しつつ伏せた目線。

ええ、多分に私の妄想が入っていることでしょうよ。


前にも書いたな。


書き出すと色々蘇って中々最近の記録まで辿り着かない笑





何であの人は笑ったんだろう。


きっとこの人は何も覚えていない。