2017/01/15 | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。

もうやめよ、と思ってきたんだよね、久しぶりのココ。

色々思うことがあり、というよりは日々に追われすぎてネットに手が回らない、ってのが本当のところ…思うこともそりゃ色々あるけど…ってグジグジなところはもう一生このままだな。

けどこんだけ放置してたのにおや?別にやってた明るいノーテンキブログよりよほどアクセスがあるよ…


手前味噌で申し訳ないが…

自意識過剰で申し訳ないが…


もしかして救いを求めてる人がいるのでは…って宗教家みたいな言い方だな、オイ


ふと思い出しちまったのよ…


あの辛い辛い1年間を。

狂ったようにネットで仄暗い人の本音を探し回っていた日々を。
でも直接的なものは見つからず、行間から滲む悲しみや悔しさや苦しさを垣間見るしかなく、なんでなんでと、自分ばかりが醜い感情を持っているのかと、心底叩きのめされていたあの頃。
私は剥き出しの感情に触れたかった。
でもそんなものは見つからなかった。
じゃあ私が書こう、残そうと思いました。
時が経ち、忘れてしまう前に、あの辛い気持ちを。


結果、それが私を救いました。

あの感じ、あの感情を溜め込んだまま生きていくことは弱い私にはできなかったと思う。
今でも。


意外に共感もあったという手応えを感じている。

同時に異色であるのには間違いなく、前向きに頑張っている人には煙たいムカつく内容なのも理解している。

色んな人、考え方、批判に寛容、非難に共感。



ただ一つ。

どうしてもガッカリが止まらないこと。

このブログは私の一面であって全てじゃない。

これが大前提。

このことへの無理解。



今、とても救われているのは、私を多面的に捉えてくれる人の存在。

そういう視点持てる人って貴重なんだなと感じる。

何話しても、その時その場の言葉が全てではないと理解してくれる。

更に大切なこと。

それをちゃんと伝えてくれること。

信頼とか安心とか、ようやく理解しつつあるさみしい私。



取り留めない支離滅裂な事書いてるけど、このアクセス数。
もし子供のことで苦しい思いをしている人がこれを読んでいるとしたら、あの頃の辛いだけの気持ちが続くのだと思うよね、って感じた。
それって地獄。
いや…確かに地獄なんだけどさ。
どっちやねん笑
ただ地獄じゃない時も確かに存在するんだよね…慰めにも励ましにもならんかもだけど。


今だって苦しい。
というか、今が本当苦しい。
丁度今、マジ苦しい。

けど、生きてる。

不安いっぱいの中、途方に暮れてる。

けど、ユキをちゃんと世話しながら、一緒に泣いて泣いて時々笑って、ちゃんと生きいます。

あれだけあの頃、自分の、ユキの死を願ったのに、今は自分の、そしてユキの死を恐れながら今を生きている。


ユキは確実に悪化中。
それに伴い生活の負担は増し増し、私の心身の状態も悪化。

けど色々やることは増え…というより色々始めてしまった私…人間、忙しいほど色々やりたくなるものなんだと、昔から何となく感じていた説は真実だと実感の日々だわ。
こんな生活、吉とでるか凶とでるか。
健康上は間違いなく凶だけど。


ユキとの毎日は首都高を運転してる気分。

嫌なヒリヒリ感満載で少しも気が休まらない…今は。
因みに約一年前は穏やか〜な気持ちで過ごしてたんよ。
ユキが可愛くて可愛くて仕方なくて、こう思う自分が不思議で仕方なかった時期が確かにあった。

状況は日々変化するものなんだよねー。

けど大切なこと。

私が伝えたいこと。

あんだけのこと書いてたけど、ユキが純粋に可愛いいと思う時期があったということ。
状態が落ち着けばきっとまた、穏やかに過ごせる時が来ると、私が思っているということ。



現状は…

しんどいわー

逃げたいわー

誰か変わってくれー

ホンマに嫌やわ。


けど、生きてる。

明日はアレしてこれして。

あれもやんなきゃ。
けど、あれもやりたい!

…つまってるわ。

めんどくせー笑


私ごとき、誰も救えんわ。


障害児、ユキ。

いなかったらどんなに楽なことか。

どんなに穏やかだったことか。


けど、実は理解している。

ユキがいなかったら私はどんな生活をして何を考えていたか。

その先にあるのは空虚だってことも。

私、怠け者だから、穏やかなだけの日が続くとしたら、なーんにもしない人間だもん。


そう思って1日1日、踏ん張って生きている。