遊びと学び | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。


連日報道されているニュース見ていたら何故か思い出した。

読む人によっては…気持ち悪いかも。







イトが小さい時のこと。

3か4才程度の時だと思う。
もっと小さかったかも?


同じ年頃の男の子の間でおかしな遊びがあった。

アリを踏んづけて動けなくしてから水の入ったペットボトルへ入れるという…なんとも…


間違いなく遊びでみんな楽しそうで夢中でした。


こうした遊びは必要だと聞いていました。
残酷に見えるが命を学ぶ上で殺生はつきもの、幼い頃にこんな形で命を学ぶのだ、とか。
止めてはいけない行為。




そんなことを思い出しながら、止めたい気持ちを堪えていた。

他のお母さん達もいい顔はしていなかったけれど、止める人はいなかった。



数回そんな遊びを目撃したけれど、しばらくしてピタッとなくなった。




命を学ぶ。

学ぶ、は弄ぶこととは違うはず。




ただ幼い子供に弄ぶという感覚があるとかどうかは分からないけれど、あの時あれは止やさせるべきだったのだろうか。







その後イトは…

アリの行列見るとわざわざ砂糖を置くような人間に今はなっている。


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…かく言う私も子供の頃、アリの巣を掘り起こして白い卵にうひゃあとたまげていた記憶がある。
翌日には何事もなかったようになっていたので、また掘り起こして…そして数日で飽きた。


アリの巣を掘り起こしていた私は後ろめたい気持ちがあった。



女の子同士、薄気味悪い遊びだってやっていた。

隠れてコソコソやっていたような…


イトよりももっともっと年齢はいってた頃でしたから。
見つかったら白い目で見られるだろうとは予測がついた。




何が言いたいかというと。

誰にでもある気持ちだということ。

特別扱いしちゃいけない。

誰だってそう変わらない。



人間社会でやっちゃいけないことを実際やってしまうことと、そんな気持ちがあるのは別問題。


猟奇的、って言葉。

見たくない真実をこの一言で封印しているみたい。




とはいっても…公開すべきじゃないかな…迷。