4月22日(水)

 

今朝、スマホが壊れました。

ネットに繋がらない。

電話が使えるのですが、それ以外はニュースも見られずLINEもつながらず、もちろんゲームもできません。

 

気づいたのは、お散歩しながらピクミンブルームのミッションをこなそうとアプリを立ち上げた時です。

「インターネットに接続していません」

いや、常時接続しているわ。

その後、再起動しても設定をいろいろ確認してみてもネット接続ができません。

 

というわけで、スマホショップに行ってきました。

結果としてはSIMカードを無償で交換してもらって解決しました。

そのショップで対応してくれたのが、「研修」の札のついた若い店員。

 

多分マニュアル通りだとは思うのですが、「電話は繋がるけどネットが繋がらない」と言っているのに、いろいろいじって「電話は繋がりますね」って…。

で、いろいろいじって「はい。もう繋がるようになったと思います」と返されたスマホを私が操作しても、繋がってはいません。

「繋がりませんが…」とお返しして、「繋がりました」と渡されて…を3ターン。

まず、自分で確認してから私に渡せばいいのでは。

 

心の中で「まゆりかの中谷」くんと名付けました。

髪のくるくる具合とメガネが。

「まゆりかの中谷」くんの頑張りは評価しますが、もう少し先輩たちが様子を見ていてくれると良かったのになあ。

だって私を含めて2人しか客はいないのに、店員さんたちは3~4人いたんだから。

 

メールのやり取りとかはほとんどないので、デジタルデトックスなんて楽勝と思っていましたが、こうやってブログを書いたり、ゲームをしたりと、毎日何らかのデジタル関係にかかわっている事に気付きました。

こういうドタバタした日に限って、長男からゴールデンウィークの帰省についてのLINEがあったりするしね。

スマホ、大事にしなくちゃなあ。

 

 

 

 

本日の読書:一瞬の夏 下 沢木耕太郎

 

カバー裏より
『偶然によって出会ったいくつかの情熱が、一つの目的に向かって疾走する。東洋タイトル戦の実現に奔走する”私”。だが、生活のためにはトレーニングを犠牲にしなければならないボクサー、対立する老トレーナー。絶望と亀裂を乗り越えて、最後に彼らの見たものは……。ひとつの夢をともにした男たちの情熱と苦闘のドラマを”私ノンフィクション”の手法で描く第一回新田次郎文学賞受賞作。』

評判の高い作品ですが、わたしには苦行でした。
一瞬の夏に辿り着くまでが長い長い。
永遠に終わらないかとまで思いました。

才能がありつつも若くしてリングを降りたカシアス内藤が、4年間のブランクのあと、再びボクシングに戻ってきた。
才能がありながら、いや、才能があったからこそ、練習嫌いで、なかなか結果を出せないままボクシングをやめてしまった彼を、再び栄光の座に送り出そうと思った著者の気持ちがどうにも解せない。

だって一度も自分とボクシングについて、きちんと対峙したことがない男が、まじめにやっていてもピークを越えたくらいの年齢で4年ぶりに戻ってきて、だからどうなの?

確かに所属ジムも内藤に親身ではなかったし、ボクサーである前にまず生活を考えなければならないし、自分の都合だけでボクシングの試合などできるわけがないけれど。
でも、私が読んでいるだけでも、彼には覚悟が全く足りないような気がした。
全力を出し切る前に、不満を言って言い訳をして、逃げ道を作っているように見えた。
そんな男に肩入れして、私費と時間を投入して、素人のくせに試合をマッチメイクさせようなんて、著者もどうかしていると思った。

帝拳ジムのマネージャー、長野ハルの言ったことが、一番親身でいちばん的を射ていたのではないか。
「あるボクサーがいて、とても素質があり、才能があるとするわね。そうしたら、ジムでほっとくはずがないのよ。きっとまわりが何とかすると思うわ。それがうまくいかないのは、まわりのせいじゃなくて、やはり本人のせいだと思うの」

「あなたは一年もトレーニングをしたといって感動しているけれど、四年もブランクがあって、一年くらいで元に戻ると思うのはボクシングを甘く見ている証拠よ」

「あなたは、たぶん、人間を買おうとしているんじゃなくて、夢を買おうとしているんだろうな。(中略)でもね、同じ夢を買うなら、もっと別のボクサーが……。あなたの夢に、内藤君はふさわしくないと思うの」

上下巻通して、引用したいと思うのが長野ハルのセリフだけ。

最後の試合の最後の最後に、カシアス内藤はやっぱり才能あるボクサーだったんだなあと思わせたけど、本気でボクサーとしてやっていこうと思うなら、なぜ生活のためとはいえ水商売を選んだの?
なぜ子どもを作ったの?
結局、覚悟の足りない男に全部つぎ込んだ著者の見識をも疑ってしまうよ。