6月20日(土)
 
読書力がめっきり落ちて、読んでも読んでも図書館の返却日に追われています。
「借り過ぎだ!」と10さんには言われますが、いや、それほどのことは…。
 
今日も「お散歩行ってきま~す」と元気に出かけましたが、向かった先は足湯。
一時間ほど温泉に足を浸しながら本を読み、いちごスムージーを飲んで帰りました。
足が汚いわけじゃないよ。
お湯の影が足に映っているだけだよ。
 
家に帰ったら、ベランダに掛かっていた覆いが外されていました!
やった~!
これでA(暑い)、K(暗い)、K(臭い)とはさよならだ~!
 
と思ったけれど、匂いは風向き次第だな。
とりあえず明るくて風が通る家の中は、爽やかでよい。
 
 
 
 
 
本日の読書:三十の反撃 ソン・ウォンピョン

 

Amazonより

『1988年ソウルオリンピックの年に生まれ、三十歳になった非正規社員のキム・ジヘ。88年生まれに一番多い名前「ジヘ」と名付けられた彼女はその名の通り、平凡を絵に描いたような大人になっていく。大企業の正社員を目指すジヘの前に現れたのは、同じ年の同僚ギュオク。彼の提案する社会への小さな反撃を始めることになったジヘは、自身を見つめなおし、本当にしたかったことを考えるように。そして、ついに「本当の自分」としての一歩を踏み出すことになる――。』

『三十の反撃』って、反撃の手段が三十ある話だと思ったら、三十歳の主人公たちの反撃の話だった。
何に対する反撃かというと、格差の固定化やそれに伴う様々な搾取、そして日常を覆う閉塞感などに対する反撃。

正直言って、反撃というほど大きなものではない。
ちょっとしたうっぷん晴らしを、正義感というお題目付きで行う。
そんなことで世の中は変わらないけれど、一人一人が小さな不満を腹の中で発酵させて膨らませていくのではなく、きちんと言葉や態度で表明していけば、そういう人が増えたら、世の中少しは変わるかも。
少なくとも、自分のことを卑下して小さくなっていることはなくなるかも。

という話なんだと思う。
が、「世の中少しは変わるかも」の部分があまり書かれていないので、物語の大半を占める重苦しい気分が、突然反転することに違和感を禁じ得ない。

大学を出て、正規雇用の社員になれないまま三十歳を迎えた主人公のキム・ジヘ。
チャンスを与えられることなく、努力が報いられることもなく、ウクレレ講習で知り合ったムインやナムンおじさんのように、自分の成果を横取りした人たちが社会で成功者となっているなんてこともざらなのだろう。

その講習を一緒に受けていたギュオクは、「そういう人たちに一泡吹かせよう」と言い、それが世の中に知られることはなくても、スッキリして笑って流せる話だったが…。
最終的に彼らは留置場に入れられ、SNSで素性は公開され、彼らが加害者のように報道され、世の中は変わらない。

一度どん底に落ちた彼らは、すべてを失った後、再び歩き出す。
少し違った自分になって。

でも、作者が書きたかったのは、「どん底に落ちなきゃ変わらない」ってことではなかったはず。
もう少し、ささやかな反撃を多くの人たちにつなげていく話だったら、感動できたかも。

でも、世界的にニュースになるほどの受験戦争国家である韓国で、正社員になることがそんなにハードルが高いのなら。
真面目に働いていても、社会の階層から滑り落ちていくばかりで、主人公などは住居も半地下の部屋にまで落ちている状況で。
幸せになる道筋が見えない社会なら、それはしんどい。

主人公の弟は成功者側なのだが、だからこそ結婚はしたくないという。
自分のために時間もお金も使いたい、と。

それでも私は、韓国の方が日本よりも希望があると思っている。
国が政策的に力を入れてきた産業が実を結び、少なくともその成功は社会を明るくしているのではないかな。
日本は、人材も資源もないのに、過去の栄光にすがっているうちに技術も教育も各国に抜かされてしまっている。
日本にはまだ、希望は見えていない。