今日の阪神大賞典はヒヤヒヤした…。いやそれだけではない、こいつは化物かと…。


 こんな競馬は初めて見た。オルフェ-ヴルの事である。


 結論から言うと「故障でなくてよかった」と思う。

 パトロ-ルビデオを見たがあれは勢いがつきすぎで曲がりきれなかったのだろう。

しかし誰がどう見てもあの瞬間は故障だろうと思ったと思う。そのあとしばらくして体勢を整え外から一気に追ってきた。普通の馬ならあそこからあんな脚は使えないのが妥当だが、4角曲がった直後「もう先頭か!?」と思わせるほどであった。

 結果的にはロスなく競馬したギュスタ-ヴクライに半馬身差及ばなかったものの、「負けて強し」とはこのような事かと痛感した(上がりタイムもメンバ-最速であった…笑)。


 しかし、ジョッキ-・陣営からしてみれば最悪の結果であろう。

鞍上の池添騎手はヘタに乗った(言葉は悪いが…)。「あんな競馬アリかよ」と思った。人の力は馬力には敵わないと言ってしまえばそれまでだが(この馬の場合気性の事もあるし)、池添騎手はおそらくオ-ナ-サイドからお説教をくらうであろう…。

 その気性面の話だが、血統的に言えば父がステイゴ-ルドだから悪いのは当然であるがここまで悪いのもどうかと…。新馬戦でゴ-ルした後騎手を振り落とし、菊花賞で三冠達成直後また騎手を振り落としたほどのヤンチャ馬であるのは皆さんもご存じだろう。有馬記念であんな競馬を見せられたのでもう気性も落ち着いて大丈夫かと思ったが、そんな簡単な事でもないんだなと思った。


 それにしても強い馬である。気性面さえ良くなってくれれば今年の最大目標である凱旋門賞制覇も夢ではないだろう。厩舎があの池江師だから大丈夫だと思うがさらに良いトレ-ニングをしていかなければならない事は今日のレ-スを見れば自明である。

 今日3月11日。あの未曾有の大震災から1年。

あっという間だった。いや、「ようやく1年か」という人もいるかもしれないが、兎にも角にも1年たったのである。


 昨日(10日)現在、この震災による死者:1万5854人、行方不明者:3155人、避難者:34万3935人

死者に関しては自然災害で戦後最悪であるという。

 亡くなられた方々にお悔やみ申し上げるとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。


 さて、本題に入るとしよう。

 我々日本人はこの震災を通して変わったのだろうか?それとも変わらなかったのだろうか?

意見は五分五分であろう。変わったものもあればいまだ変わっていないものもあると思う。

 そもそも「変わる」と一言で言っても一体何が変わったのだろう?

メディアなどの報道を見ていると、人の痛みを自ら引き受けようとする「絆」や災害に関する防災意識。他にはエネルギ-問題への意識などという事が多かった。

 その中でも大変注目なのがエネルギ-問題である。

 今日私は地元で行われた反原発集会に参加した。はっきり言えば私は原発反対といえば反対なのだが、そんじょそこらの反対派とは違う。この事に関しては後日ブログで詳しく書くが、簡単に言えば代替エネルギ-の方を深く視野に入れて考えている。ただ単に今すぐ原発をなくせと言っているわけでわない。

 私自身の考えはここまでとして…。

まぁその集会に参加したのだが私はこんな地方のデモにどのくらの人々が集まるのだろうかと興味を示していたが会場に着いてビックリした。溢れんばかりの人だかりであったのだ。後からわかったのだが約2500人ぐらいの方々が参加したということだった。

 私は「日本も捨てたもんじゃない」と思った。それまで私は「日本人は消極的で自身の意見をあまり口に出さない」とか小心者という風に捉えてきた(現に外国からはそう思われているだろう)。しかしこの福島第一原子力発電所の事故をきっかけにこんなにもの日本国民が原発問題に興味を示しているの今日この肌で感じてまことに素晴らしい事だと思った。

 そのような観点から見れば日本人は変わったと言えるだろう。


 しかし私は変わらない事の方が多いと思う。

 代表例は政治的な事だろう。この1年間政治がうまく機能していなかったのは自明のことであろう。対策本部などはいくつも設置されたが、政治家が責任を持って決断し官僚がその専門的能力をフルに出し切る、という政治主導を実現することには至らなかった。このようなことは、戦後と同様何ら変わっちゃいない。大変遺憾であると同時にさらにこんなことまで…。4兆円の第一次補正予算が成立したのは昨年の5月20日。復興の方針などをまとめた「復興基本方針」策定は震災から4か月半後の7月29日までずれこんだ。帝都復興院が関東大震災後の4週間で設置されたのにたいして、復興庁の発足は発生11か月後の2月10日であったのだ。

 過去にあった事よりも遅れをとっている。事実を言えばもっと書きたい事もあるのだが多すぎて書ききらない。もう政府の行動には言葉も出ない…。


 震災から1年経って称賛することや非難することがいろいろあったが(まぁ非難の方が多いと思うが)、とにかく少しずつでいいから一歩一歩確実に前進していきましょう。

 先週は忙しくて回顧ができなかった。

今頃だが、弥生賞を振り返ろう。

 

 今回も重たい馬場だった。正確には稍重だが。

前週同様かなりの内伸び馬場だった。日曜の最終レ-スはこんな馬場なら内の3頭で決まるだろうとテキト-な予想をしたら本当に①②③で決まった。異常なぐらいの内側有利の馬場だった。

 今回は先行馬が結構いたからペ-スはMかちょっとHぐらいになるかと思ったが、見事に裏切られた…。前半の1000メ-トルが63.1の超スロ-。今年の共同通信杯もスロ-だったから3歳牡馬戦線はペ-スやラップなどにも注目して予想していかないとダメかもしれない。


 優勝したのはコスモオオゾラは父:ロ-ジズインメイン、サンデ-系だ。

母型がリファ-ルの血を持っていたため印をつけたが△までだった。リファ-ルはこの時期(春)によく走る。早速春の重賞を勝った(汗)もう少し評価を上げるべきだったか…。

 2着はトリップ。この馬も△だった…。父はクロフネこの産駒は重い馬場が得意だ。しかし中山では1200~1600メ-トルぐらいまでしかあまり走らないので軽視していたが2着まで来た。母父がサンデ-サイレンスだたからそこを補えたのだろう。鞍上の田辺騎手も今年はかなりノッているから注意だ。

 3着に入ったア-デントは父ディ-プインパクト。とりあえずそれは置いといて…。

もちろん父型はサンデ-系だ。そして母型はナスルラ-系だ。この組み合わせは中山の場合1800メ-トル以上でよく走る。もちろん(?)この馬も△であった…。


 本命にしていたのはフェノ-メノ。そして父は中山2000メ-トル大得意のステイゴ-ルド産駒だ。

敗因は位置取りだろう。こんな馬場で後ろの中途半端な所から競馬をしたら甚だダメだろう。岩田がヘタクソに乗ったのだ。馬もかわいそうである。馬自体は伸びの悪い外に持ち出してあれだけの脚を使えるのだから全く悪くない。


 置いておいた問題のディ-プインパクト産駒だが…

前にも言ったがいまいちわからない。前日のチュ-リップ賞でも人気を裏切った。休み明けは走らないのだろうか?