顔のない絵には すべての戦死者への無言の追悼の念があふれていました。 


国にこのような悲惨な戦禍を
もたらしてしまったのは


「ひ弱なエリート」と

特権に
胡坐をかき

決断しなかった
その親たちが、

自ら招いてしまった
結果といえます。



彼の大学の受験結果が

どうあったとしても、


結果に対する


彼自身の決断(後期試験または私大進学、もしくは浪人、場合よっては高卒)の先には、 


『エリート』に近似するものがあるのではないかと、


ただ漠然と思っていた。


その漠然が

いずれ、見えるときが

くるのだろうか。



国の舵を取る人
つまり、


エリート層だけが

実際に戦争を防ぐための

駆け引きをすることができるのです。







「私もそう思っていましたよ」と錯覚するほどの説得力をもちながら


「ほんとは、そんなふうに考えたこともなかったです」とあっさり口に出てしまうような


不思議な感覚にとらわれた。



ハンマーを振り下ろされた衝撃と

同時に感じた

「わたしもそう思っていましたよ」


その感覚には

単なるおばさんのあつかましさ

以前の歴史がある。




E.H.カー(『歴史とは何か』岩波新書 40頁)



https://www.otani.ac.jp/yomu_page/kotoba/nab3mq000000z4gr.html


 

現代の日本の歴史教育の場では、私たちはしばしば、「こんな、今の私とは関係がなさそうな過去の出来事の羅列を学んで、何の意味があるんだろう?」という思いを抱いてしまいます。



それは、歴史というものは「特定の主観」を排した客観的なものであるべきだと


考えられ

ていたのだそうだ。



 

一つ一つの歴史上の出来事に明確な意味が付されて語られることがほとんどないからです。 



確かに、「特定の主観」にもとづいて組み立てられ語られる歴史は、大変わかりやすいものの、



「特定の主観」に都合の良い意味だけが付され、それ以外の評価を拒否するものになりがちです。


しかし、

というほどでもないとは思うが



 


イギリスの歴史学者E.H.カー(1892~1982)は、


彼以前の多くの歴史家たちが、主観的な歴史理解に陥(おちい)ることをおそれて、客観的な実証に徹しようとしたのに対し、



「歴史上の事実」とされるもの自体が

 すでにそれを記録した人の


を通して表現された

主観的なものだとしました。




 

彼は人間の主観の根深さを指摘し、

完全に「客観的」な姿勢などはない従来の考え方を


厳しく批判したのです。


それでは、歴史というものは、結局のところ、人間の身勝手な主観どうしがぶつかり合うものでしかないのでしょうか。


この問いに対してカーは、歴史上の事実として記録された人々の心や思想を、


「想像的に理解」することの大切さを述べています。


「すでに主観的である」歴史上の事実と私たちが対話してゆく道は、


自らの主観を相対化し

問い直す存在として接しようとする

ところにこそ開けるといいます。


そして、カーのこの姿勢は、

「現在の眼を通して歴史を見ることの大切さ」という、


彼のもうひとつの主張と

密接にかかわっていると思われます。


ここでの「現在の眼」とは、

自らと自らを含む社会のあり方に問題や課題を感じて生きている


私たちの意識を指している言葉

と言えるでしょう。


現在の自己と社会のあり方に

問いを持ちつつ歴史を学ぶ時、


私たちは、はじめて、自らに語りかけてくる存在として、過去と対話することができるのではないでしょうか。


冒頭の言葉は、こうしたことを私たちに教えてくれているのです。




「そりゃそうだろ」

「厳しく批判されないとわからんもんかね?」


と思わされるのは


今このときが

2024年だからなのだろうか。



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21世紀に入って数年がたった頃


結婚して4年がたち

二人の幼児の母親になっていた私は、

いつものように実家に電話をかけて簡単な近況報告をした。



報告内容は、

「熱性痙攣を起こした後の長男が、元気になったよ。」という話の


ついでのように


痙攣を起こした深夜に、

ちょうど元夫が


「いつもの短期(短気?)の家出に車を持っていってしまったから義母に電話をしたら、りくを見ていてくれるといったから義母の車を借りて長男と2人で病院に行った」という話もした。


そのとき実父が



「本当は、

離婚したいんじゃないのか?」


「俺は  べつに構わんよ」


「ひとの家のことなんて

親であっても   なにがあったかなんて

わからんけど。」と話し始め


続けて


子どもの世話ができるとか

ふだんはかわいがるだの

多少稼ぎがいいだとかよ



そんなことは

離婚を

踏みとどまるほどの理由

になんてならんよ。


小さな子どもなんて

誰の子だって


なんなら

そこいらへんの  犬や猫だって

それなりにかわいいもんだよ。


ライオンだって

熊だって


小さいうちは  かわいいんだよ。



元夫と家族でいる意味って  

       まこと子どもたちにとって

なにか あるのか? 



とここまでは

過去記事にも書いたが


本当は、後出しの続きがある。


実父は、私に



「ライオンだって

熊だって小さいうちは  かわいいんだよ。」


「だけど

 

デカくなれば、

人を襲うんだ。」




「普通のガキ

じゃないんだぞ。


バカな男に

弄くり回させるな。」


と言ったのだ。


無論、どんな子どもであっても

バカな男に弄くり回させていいことなど、一つもないと思うが


父は、どこかで長男のことを

エリート(とは何かはとりあえず別として)的な要素を持つガキだということがわかっていて




エリート的要素をもつヒトが

「教育の影響」を受けやすいことを知っていて、



ここではまず


元夫の傍で育った場合に受ける影響を危惧していたのではないかと思うのである。






サムネイル
 

我々は歴史的に

教育イコール善

という刷り込みに

毒されています。


教育という単語の定義の中に

善という意味をいれて考えてしまうこともしばしばです。


しかし教育の定義の中に善という意味を入れてしまっては、「教育は施した方が良い」

という文言は「善は善」というトートロジーになるので意味をなしません。


 「最悪のケースが起こる確率を意図的に小さくする」ことは大切です。


具体的にいえば、

親が子に虐待しないようにする、などです。


親が子育てを金で雇った他人任せにするというネグレクトも含みます。







 

子どもたちが、まだ幼かった頃

私に、離婚の理由を聞いたことがあった。


子どもからのこういった質問には、なんらかの返事をしたほうがよいものと思いながら


私の中にも「本当の答え」は、ないのだということがわかった。



元夫の離婚前の振る舞いについては、過去記事に書いたことがあったのだけれど、


その記事には、

元夫と長男の関係性については

ほとんど触れていない。


それはブログ上だけではなく

離婚後の実生活においても同様である。


長男が元夫から受けた「躾のようなもの」は、長男自身の記憶には残らないほうがいいだろうし


できることなら、私自身も忘れてしまったほうがいい。



長男の実母である私が、実父である元夫のことを「毒になる父親」と認識していたことを、知られてはならないような気がしていた。



その出来事が記憶から消え去ったとき、それは本当に「なかったこと」になり、


長男にとって、「毒」になるかもしれないものはなくなるのだと望みをもっていた。




同時に、私達のもとに生まれて以降の長い歳月、母子家庭で過ごしたという彼の生育歴が



毒や傷になることがあるのだとしたら


それは



長男自身が、

「自分と父親との関係が、両親の離婚の一因になった。」


そう解釈してしまったときなのだろうと、思ってもいた。




毒 傷 愛情 憎悪 感謝




それらが、どういった割合で調合されて長男の心に届くのか。




母親である私にも

母親であるからこそなのか


予測も推察も判断も

できるとは、思えなかった。



「答え」があるのだとしたら、それは長男の中にしか存在せず



答えを操作するようなことは、絶対に

してはならない。


そう思っていたから


「親に感謝を」

まるで、人類すべてにとっての正しい心のあり方でもあるかのように


唱えられるそのフレーズを

疎ましく感じていた。


生きる力とは、

自由に生きるための力のことで


「人とともに生きる」ことを支える「感謝の心」の行き先を、自分で決める自由が保証されたなかで、育っていくものなのだと私は思っている。




親がどんな人間であろうと

親への気持ちがどうであろうと


自由な心で、幸せを創造しながら生きられる大人にはなれるのだと、私は思うし


「感謝できる親」「感謝したくなる親」の存否が、人の成熟や生き方の限界を決めるものと、思いたくはない。




大切なのは

生まれてきたという事実と

生きようとする意思であり


生きる力の源には、感謝の心が存在する。


だからこそ、その過程で

誰に感謝すべきかという


きわめて重要なことを


子どもであるからこそ

大人から言われて従ったり

教えられて覚えるようなことではないと思う。



「親への感謝」

「ごめんなさい。」

それらの言葉は、教えれば覚えるし

教えなくても、覚える。


家の布団で眠ること

しっかりご飯を食べられること

存在を受け入れられ

居場所が確保されること


子どもとしての人権を、感謝と謝罪によって、手に入れなければならないのだとするならば…。