永遠ではもちろんないが

延々と続くスクロール画面を前にして


「効率が云々」

「時間がホニャラン」

分担を提案したヒト性染色体XY


共有できない者との分担


時間というものが

限られているからこそ


重要な職務であればあるほど

それほどまでに無益な選択は

ないであろう。



彼は、最後のタブを閉じ



「複数の人間が情報を共有する場合の記録ルールも曖昧なのでしょうが、システム的にも改善の余地がありますね」と首を傾げ


「まぁ、それでもだいたいの事情は。。。わかりましたよ」と言った。



続けて


大変知性が高そうな90歳を目前にした女性が、『自宅』で暮らすことへの強い希望をもっているにもかかわらず、


骨折手術以降

ガン手術を待つこれまでの半年余り


『自宅』で過ごしたのはわずか1週間


今現在、過ごしているのは仮自宅のようなこのシニアマンション


ベッドでゆったり過ごしたいと願う女性の『意欲』や『認知・理解』を疑うような記述が続き


車椅子で過ごすようにと

日々働きかけるスタッフ達



そう読み取った彼が


「高齢だからといって闘病意欲や認知・理解が低いものと決めつけてしまっているのではないか。それゆえに、本人の意思がなおざりにされている印象がある。」


と言うので、私は


「記録者と当事者の心のうちまでは、ここからはわかりませんが」と一応前置きをしてから


「骨接合術直後、一時的とはいえ不安定さは実際に見られたわけで。

そこから速やかに回復したにしろ、

それがそう珍しくはないものであるからこそ、


入・転・退院、ガン告知、これからの手術、といった目まぐるしさの中にあって、うつ傾向や不穏、認知や理解の様子を気にかける『必要がない』とはいえないと思いますよ。」


と一意見を述べたあと、彼に


「熱心に自宅退院にむけての調整がなされたあとに実際に息子さんが帰省され、短期間でも自宅で過ごした実績があるのに、


今はなぜ、不本意ながらここで過ごしているのか?というところが気にかかったということですね。」


と彼の真意らしきところを

付け加えたら

 


「それは、もちろん。」と肯定し

「これだけ大量の文書のやりとりが方方でなされているのを見れば、誰でもそう思いますよ」と頷いたので



「息子さんが、『時間が欲しい』と医師に伝えている記事は読みましたか?」と聞いたら


「え?今の話ですか?」

「このPCデータの記事ですか?」


と思い当たらない表情で聞き返したので


「『妻が、ガンになったので』と息子さんが言っているんですよ。」

と今読んだままを伝えたら


「そんな記録、ありましたか?」と訝しがりながら


「あったとしても、これだけの文章のなかではねぇ。。。」と言うので

 



「わずか2行の、医師記録です。」と単刀直入に言い


「息子さんの言葉をそのまま書いているのは、その2行だけで」


「医師によって書かれた記録もその2行だけです」


と見たままを伝えてから


「この女性の骨折以降、息子さんは、田舎にいる母を支えながら都会で仕事をするという二重生活をするつもりだった。

けれど、そのさなかに『妻もガンになった』ということなのだと思いますよ」と私なりの解釈を話したあと


彼が一応の納得をする様子を見届けて



「ご本人であるこの女性、すなわちお母さんは、そのことを御存知ではないかもしれませんので、私たちの方からはその事情に触れるのはやめましょう。」


と一人で勝手に決めつけてから、彼とともに彼女の待つ部屋へと向かうことにした。



ベッドの中からにこやかに出迎えてくれた女性は、元敏腕営業マンを自称する文系国立大学卒である彼と、これまでに読んだ本の話に花を咲かせて 


彼の誘いに応じる形で

車椅子に座り


暖かく柔らかい日の射し込んだ

気持ちの良いテラスに出た。


そんな彼女の様子に「手術の日まで、本でも読んで過ごしませんか?」と彼が言ったら「目がつかれるので」と彼女は答え


「最近では、テレビを見ることもめっきり少なくなりましたねぇ。テレビ体操の時間くらいかしら。」


と笑ったりしながら


『自宅』にいた頃は

俳句の会やコーラスサークルなど、いくつかの趣味にいそしみ


ご友人とお茶をしながら語らうことも多かったと言い


たくさんの御縁に恵まれて過ごしてきたと、穏やかに話し


「若い頃はバスや電車で、年をとってからはタクシーを使ってね」と思い起こしながら


輝いた過去に遡っていった。


「車の運転はもっぱら夫が。私はね鈍いから。」と可愛らしく幸せそうに微笑んで


「主人がそう言っていたのよ。私は鈍いから、車を運転してはいけないって」

と呼び水をさして


「結婚してすぐに、主人と二人でこの地に来たの」と語りはじめた。



高度経済成長期に入った頃に息子が生まれ、起業した夫を支えて20年ほどがたった昭和53年に夫が急逝した。


彼女がそう言ったとき


そんなに早くに夫を亡くしていたとは思っていなかった私が


「昭和53年って?おいくつですか?」と思わず聞いたら


「主人は40代で、息子は大学生だったの」と答え


「会社を整理したお金を、息子の学費や仕送りにあてて、私はほそぼそ暮らしていこうと思ったら。。。」


そうは問屋が卸さなかったのよ、

と言ってから少し間をおき



「社員達が、

みんな揃って私に言ったの。」


「まぁ、みんなって言っても

全社員20〜30人の、吹けば飛ぶような小さな会社なんですけどね。


『絶対に支え抜くから

会社経営を続けてほしい』って。


そんな事言われたら

やめられないでしょ?


困っていたのは

私だけじゃないのよ。


生きていかなきゃならないのは   

大学生の息子を抱えて

主人を亡くした私だけではないの。


社員にだって、それぞれに

家族があって生活があるのよね。


主人が人生をかけて遺したものって、これだったんだって気付いたの。

そうよ。


会社を清算して手にする

お金なんかじゃないの。


支え合う人と責任と信頼。


息子は、大学は東京だったんだけど

大学院は地元旧帝大なの。


主人が亡くなったことが

関係するかどうかはわからないわねぇ。


でもね、

高校時代の同級生だった女性を連れて東京に就職して、結婚してからしばらくは海外勤務。


こんな田舎から、都会に出て海外まで、しっかりついていってくれたのよ。高校時代の同級生が妻としてね。


だから、孫もひ孫も、都会にいるの。

次から次へと生まれるから、寂しいなんて思う隙はなかったわよ。」


90年にわずかに満たない歴史を

少しずつ語る彼女と聞き入る私の


隙間に入り込もうとするのは


一人暮らしの子ども部屋に住む

Air Boxer ヒト性染色体XY



「まぁ、最近では、三分の一は添い遂げられずに離婚していますし」

「どちらかが先には逝くんですよ」

「そもそも、結婚も家庭も永遠ではないですからね」


無意識らしき無神経なage35による

風刺を笑顔で躱しながら


「子どもってね、育てば

遠くに行けるものなのよ。」


と言い、頷く私に


「あなたにも息子さんがいるの?

そうよね。親業って、手放す業よね。」


そう言って


「結局、子どもは 

離れていくものなんですよね」


と明後日の風を吹かせる

性染色体XYの35年の人生になど

興味もなかったはずであろうが




 

隠された依存性
満たされない愛情欲求
心の奥底にあるのは自分への失望

依存性や欲求不満
失望感を抱えて生きる大人たちは

大人として
扱われることを
望みながら
 隠された依存性を 
 満足させてもらいたいと
 無意識下で要求する。

 ゆえに 

 隠された依存性をもつ大人をあやすことは、子どもをあやすよりもずっと難しい。

 なぜなら 

 あやされていることに

絶対に
気づかれぬように 

あやしてあげなければ 
ならないのだから



気づかれぬように

あやしてあげようとしたのだろうか。



「あなたは、独身なの?」と仕方なく話を向けたら



「あぁ〜言われちゃったぁ。」 

とでも言いたげな表情をわざわざ作り

戯けた風にのけぞってから



車椅子の彼女の顔を

覗き込むように腰をかがめて

こう言った。




「ぼくだってねぇ

〇〇さんみたいな

いい人がいれば、


そりゃあ

結婚しますよ。」