自分に失望している人は
他人に自分を
尊敬してもらいたがる



隠された依存性
満たされない愛情欲求
心の奥底にあるのは自分への失望


依存性や欲求不満
失望感を抱えて生きる大人たち

昨今、生きにくさだとか、自己肯定感、アダルトチルドレンという概念が浸透し

ときには過剰に反応したり
乱用されがちであるとの
指摘もあるとはいうが



正しく自認する人もいるなかで


本当はそれらは

自認しない人ほど
厄介なものであるという。

自認が出来ない、そういう大人は
他者から大人として尊敬され
大人として扱われることを望みつつ

同時に

隠された依存性を満足させてもらいたいと、無意識下で要求する。



互いに依存性を隠しもつ
そういう大人同士は

表面的にはチヤホヤし合い
その関係が互いに嬉しく

もちつもたれつ

価値観や気の合う仲間同士であるかのように錯覚して、急速に近づく。

しかし

近づけば近づくほどに
迎合しあえばしあうほどに

無意識の部分を無意識に感じ合い
刺激しあい

隠していた依存心が
失望感を肥大化させて与え合う。


依存心や自分への失望を
隠しもっている人は

口先で何を言おうが
小手先でどう振る舞おうが

相手に対して
優しくなれないからである。




隠された依存心というのは、どうしても相手に感じとられてしまうので、互いにとって負担になるのだ。




大人として
扱われることを
望みながら

隠された依存性を 
満足させてもらいたいと
無意識下で要求する。




ゆえに

隠された依存性をもつ大人をあやすことは、子どもをあやすよりも難しい。


なぜなら


あやされていることに 絶対に 
気づかれないように



あやしてあげなければ
ならないのだから。






「好きになろうと努力をしたけど
どうしても好きになれない」って
言われたとです・・・