ALSを患った父が永眠して4週間たちました。

未だに、実感がなく、
今も父が病院にいるかのような
感じがします…。


父は、
足の麻痺から始まり
呂律が回らなくなり、
喉の筋力の衰えから
飲食ができなくなり、
右手、左手の麻痺
まで発症して2年ほどで一気に進行しました…

当初、呼吸器をつけなければ
3年から5年の寿命と言われ、
父は、進行が早いタイプでしたので
3年と覚悟していました。

がしかし、
手の麻痺まで進行した後は、
比較的ゆっくりなり、
発症して9年目に
呼吸筋の衰えが出始めて、
自力で痰を吐き出す事ができなくなりました。

が、しかし、
最後まで、
少しではありますが
首を動かすことはできていました。
瞬きもしっかりできていたので、

首の動きと瞬きで文字盤を使用して
会話をしていました。

呼吸器を付けずに9年も生きれたのは、
奇跡だと思います。
感謝します。

ALSを患った父が
痰による窒息によって亡くなってから
今日で3週間…

実家から
父が書いたであろう文書がでてきました。


◯◯医師へ。

内容は、、、

リハビリを積極的に日曜日以外毎日取り入れるということ。
毎日1回は車椅子に乗せてもらうということ。

延命治療はしないが
その他、体力が衰えないよう、積極的なリハビリを求めていた父は、上記の事を条件に、国立の急性期の病院から、個人の慢性期の病院へ転院を決めました。

が、しかし、
転院するや否や、
当初、条件としていたリハビリは行われず、
さらには、車椅子にも乗せてもらえず、
一日中放置されているといった、状態。

条件と違うと
父は、激怒していました。

が、しかし、

患者都合の転院希望は、
通らず、そのまま療養系病院で過ごすこと
2年が過ぎ…
父は、誤嚥性肺炎による、体力の低下
痰の吸引による窒息で命を落としました…。


今となっては、
急性期の病院から、転院したがる父を、
もっと全力で止めれば良かった。

療養系に転院直後に、
急性期の病院へ戻りたいと懇願した父の為に、
もっと、打つ手はなかったのか。。。

と、父が医師あてに当時書いた手紙を見ては、
更に後悔が募ります。。。


急性期の病院にいたら
誤嚥性肺炎を発症しても、
もっと素早い集中治療をしてもらえたのに…。





ALSを患った父の事を書いて行こうと思います。
ALS患者様の何かのお役に立てればと思います。

父のプロフィール。

1958年生まれ
2010年11月  53才 右足に痛みを生じる。
2011年02月  足が本格的に痛くなり、びっこ引くように歩く

2011年03月  大学病院にてALS確定診断
2011年07月   歩行困難が進行する
2011年08月   歩行器使用
2011年09月   車椅子使用
2011年10月   ろれつが回らなくなる
2011年11月    筆談で会話
2011年12月   咀嚼困難
2012年01月    流動食
2012年05月    胃瘻手術
2013年01月    手にも症状が出始めた 文字盤使用
2014年01月     首から下の力が完全に失われる

これまでは一気に症状が進行したが、
これ以降は比較的ゆっくり進行した。

2017年09月    国立病院から個人型 療養系病院へ
                        転院することとなる。
2017年10月    リハビリを積極的にしてくれるということで転院を決意したのにも関わらず、
全くリハビリをしてくれない。
そのせいで、身体の硬直が酷くなる。

今まで車椅子に午前と午後に必ず乗車していたが、
3日に1回にされ、
徐々に、乗せてくれなくなった。(病院の人手不足の為)