モラトリアムな日々 -11ページ目

モラトリアムな日々

隙あらば壁に張りつき、酒あらば飲んでしまう。そんな日常です。

衝撃的に美味い海鮮丼を食べた後僕は、大事な事を思い出した。


「輪行」


についてである。

輪行とは、自転車を分解して小さくまとめ、輪行袋にしまいそれ

を持って電車で移動する技術である。これを覚えることによって

サイクリストの行動範囲は一気に広がることになる。

しかし僕は、正直北海道まで来れるとは思ってもみなかったし、

水戸あたりで引き返して走って買えればいいやと思っていたの

でこの輪行の技術を覚えないままに出発してしまったのである・

・・・・。ああ、行き当たりばったり。

宅急便で送れば2万円以上かかると言うから、何としても輪行せ

ねばならない。まあ函館ほどの都会なら何とかなるだろう・・・、

そう思い再び観光案内所を訪れた。


「この辺に自転車屋はありますか?」


と聞くと、伊達君子似さんは僕を覚えてくれていたらしくニコッと

い、また親切に教えてくれた。

僕は早速最寄の自転車やに向かった。おじいさんが一人でやっ

ているような小さな自転車屋である。


「あの、輪行袋って売ってます?」


と聞くと、


「あ~、輪行袋はないね」


と寂しい答えが返ってくる。さらに


「函館で売ってるところありますかね」


と聞くと


「いや~、函館には売ってないんじゃないかな」


と絶望的な事を言い出した。夢もチボーもないとはまさにこの事

である。それじゃ困るんだ、何とかして見つけないと・・・・・。

その後観光案内で聞いた3軒をあたったが、やはりないとの事。

こうなったら自分で探すしかない。携帯で検索していると、かなり

遠くに大手のスポーツショップがあることが分かった。藁にも縋る

気持ちで電話をかけると、何とひとつ置いてあるという。


助かった!!


30分ほど離れた場所にあるスポーツショップに置いてあった「そ

れ」はしかし、折りたたみ自転車専用の輪行袋であった。


少しちっちゃいなぁ・・・・・・。


まあ仕方ない。少しはみ出たって・・・・・・。

一応これで何とかなるな、という思いで町の自転車屋へ向かっ

。自転車分解を手伝ってもらう為である(情けない)。

だが、一安心していた僕は再びどん底へつき返された。自転車

おやじ、僕の自転車を見て一言、


「これは輪行できないよ~」


と言い放ったのだ。そ、そんな・・・・根本的な問題じゃないですか

僕はダイクマで買ったこの16500円のマウンテンバイクに、深

愛着が湧いていた。共に1000キロを超える道のりを走ってき

たのだ。雨の日も風の日も・・・・・・・・・。


函館に置いて帰るのかと思うと、涙がこぼれそうになった。(まあ

画性のない俺が悪いんだけど)

絶望感の中僕は函館の町をふらふらと走った。



どうしたものか・・・・・・。


こんな結末は哀しすぎるな・・・・・・。


のんのんの熊さんにもらってもらうか・・・・・・・。



いつしか最初に入った自転車屋の前に来ていた。駄目もとで頼

でみよう・・・・、最後の望みだ。

僕が熱心に頼み込むと熱意が伝わったのか、おじいさんは


「じゃあやってみようか」


と言ってくれた。

ここから僕とおじいさんは力を合わせ、自転車を分解し始めた。

物珍しいのか、中からおばあさんが出てきてじっと見守っていた。

おじいさんの技術は確かなもので、とても頼もしかった。僕は殆ど

自転車を押さえる事くらいしか出来なかったのだが、その前でお

じいさんはどんどん自転車を分解していく。ギアなどデリケートな

器具には、ビニールを巻いて保護する。



へ~っ、そうなってるんだ・・・。


しかし確かな腕前だなぁ、頼もしい。


この人は、この技術で今人の役に立っている。


それは、単純だけどとても素晴らしいことだ・・・・・・。



ハンドルもタイヤも全て外しバラバラになった自転車は、輪行袋に詰め

込まれた。案の定少しはみだしていたが、そこは紐で縛りつけ固定した。



よかった・・・・・。



僕は深く感動していた。これで自転車と一緒に帰ることが出来るのだ・・・。

おじいさんは2000円以上受け取ろうとはしなかった。僕は何度も

礼を言うと、ずっしりした輪行袋を持って外へでた。


僕には、感謝すべき人がまた一人増えたのだった。

店を冷やかしながら歩いていると、あることに気づいた。

それは


どの店も売っている内容、値段が大して変わらない。


ということであった。どこも、カニ、ウニ、イクラ、ホタテなんかをセッ

トにして1万円前後で売っている。となると、売り子さんの力量に店

の外装が大きく売り上げに影響すると言えるだろう。

どこも威勢のいいおっちゃんやお兄さんが呼び込みを頑張っている

。おそらく地元の人なんてあまり来ないんだろうから、一発勝負の観

光客をいかに獲得するかの話術が物を言って来るんだろう。


7時近くにもなると観光客が増え始めた。女の子二人組みなんてい

うのがよく目に付く。異様に高いテンションの子も。売り子のお兄さん

に捕まってしまい、困った顔をしている子も。男の若い観光客も、な

んとなく目線が定まらない。そんな光景を見ていると、


初々しいなぁ・・・・・・。


と思う。きっと僕も、昨日東京から飛行機で飛んできてこの朝市を見

て歩くなら、キョロキョロして売り子のお兄さんに捕まるクチである。


すると俺もだいぶ図太くなったよなぁ・・・・・。


人見知りだから旅に出れないんじゃない、旅に出たら人見知りではい

られないのだ。人見知りを治す一番の治療法は、自転車旅(でなくて

もいいが、普通の観光ツアーの旅ではあまり意味がない)に出ること

であると僕は提言したい。


腹が減ってきたので、いよいよ本日のメインイベントである「海鮮丼」を

食べに行くことにした。食堂が集まるエリアがあるが、どこも同じようで

違いが分からない。かといって適当に入り失敗するのは避けたい。

そんな時は地元の人に聞くのが一番である。さっきカニを買った店の

前に行くと、おばちゃんが


「もうご飯食べたの?」


と聞いてくれた。さすが分かってる!!

おばちゃんが紹介してくれたのは「天狗食堂」という店であった。

天狗食堂は朝市の真ん中辺にある、簡素で地味な店だった。大きな

看板など宣伝になるようなものがあまり見られない。店内に飾られた

大量のサイン色紙が浮いて感じられた。

おばさんが注文を取りに来ると、僕はおススメの天狗丼1600円とイ

カ刺し600円を頼んだ。なるほど確かに他の店より安い様に思える。

待つこと数分・・・・・



で、でた~~!!




      kisw

              うわ~~~!!


そうそう、これこれ!!僕が函館に抱いていたイメージが実物とな

り、僕の目の前に置かれている。ではおしょう油をたらして早速・・・



う、美味い!!



もひとつおまけに



美味いっっ!!




あまりの美味さに言葉も出ない。間違いなく今僕の脳は興奮物質

を分泌している!!

美味いものだろうとは思っていたが、まさかここまで美味いとは・・・。

少し冷静に解説すると、まずイクラがプチプチとして味もよく、ウニ

は新鮮でまったく臭みがない。旨味の塊とても言おうか。そしてボタ

ンえび(?)は新鮮さと甘みが程よく、ベストの状態であった。

殻を外すとついてくるミソも絶品。

何より僕が感激したのは、酢飯の美味さであった。米の硬さも酢の

具合も完璧。そしてまだ仄かに温かく、口に入れるとほっこりとする。

決して海鮮を邪魔しない適度に温かい酢飯と、宝石のような北海道

の海の幸を一緒に口に放り込むと、次の瞬間エクスタシーが体を駆

け抜け、気づいた時にはもう胃袋に落ちているのだ。


ああ、何か書いていて興奮してきた。


大げさなようだが、これ海鮮丼を初めて食べた僕の感想である

だから興奮の余りか僕は食べている最中の記憶が殆どない。

中で食べていた証拠である。ただその時間がとてつもなく幸

福なものであったことは確かだ・・・・・・・。

続きましてイカ刺し。



       6767b

         ガラス細工みたいだよおっかさん


ご覧頂けるだろうか、透き通るイカの身。まだ捌きたての為身

が硬く、箸で摘まんでもクニャッとはしない。そのままお醤油に

漬け、パクリ。



な、なんじゃこりゃ~!!



これはイカなのか!?本当にイカなのか!!?

いつまで噛んでいてもドロッとず、コリコリのままである。そして甘い。

すると俺が今までイカだと思っていたのは何だったのだろう・・・・。

(この夜僕はイカ刺しの真実を知ることになる)

人生に影響を与えかねない衝撃的な体験をし(俺の人生ってなんな

んだ)僕は天狗食堂を出た。そして虚ろな目をし


函館は、旅の終わりにふさわしい・・・・・。


と呟いた。

午前5時半、僕は怪しげな民宿「のんのん」のベッドの上で目を覚

ました。


今日は1日函館観光である。まずは函館朝市に行って、美味しい

物を食べ、土産を探そう。午後の予定は後で考えればいいや。


6時頃、宿の一階に下りていくと、熊さん(オーナーさん)が熱いコー

ヒーを渡してくれた。朝からコーヒーなんて優雅な話である。頑張っ

て北海道まで来た甲斐があったというものだ。

コーヒーを飲み終えると僕は熊さんに挨拶し、函館朝市の方へ歩い

ていった。



      7879879



まだ朝も早いためか観光客はそこまで多くないが、店の人たちは

元気いっぱいである。ぶらぶら歩いていると、通りの入り口にある

店のお兄さんと目が合った。お兄さんは大きくうなずきながら手招

きをしてくる。


最初だから勝手も分からないし、とりあえず行ってみるかな・・・。


店には大きな水槽があり、中には大きなタラバガニがうようよしてい

る。お兄さんのほかにも数人売り子さんがいて、結構しっかりした店

のような印象を持った。店に着くなりお兄さん(この人クライマーの

小山田大にそっくりだった・・・・・)は、


「まあちょっと食べてみてよ」


と言って茹でたタラバガニの足をポキンと折り、はさみで殻を開ける

と僕に渡してくれた。殻には身がぎっしり詰まっている。つまんで食

べると、とても美味い。ほのかな甘みを持つ肉厚のカニの身は、か

なり上等のものに思われた。ここで買ってもいいかな、と思った。

この店では、タラバガニや毛ガニ、ホタテ、ウニなど北海道の海の

幸を詰め合わせで幾ら、という売り方が基本らしい。僕は1万円くら

いの予算で、家に送ることにした。

ここで買おうと決めたら、お互い気を許し腹を割って話せると言うも

のである。僕は送る品の内容について吟味し始めた。お兄さんはア

ブラガニとタラバガニの見分け方や、雄と雌の違いについてなど教

えてながら、その都度チビチビと試食させてくれた。ウニや毛ガニも

食べさせてもらった。結局僕は


タラバガニ、毛ガニ、ホタテ、塩水漬けのウニ


という4点セットを1万円で購入した。明日には家に送ってもらえると

いう。とりあえず家族への義理を果たし一安心した。

デパ地下の魚売り場をぶらつくのが趣味の僕にとって、北の幸で溢

れ返ったこの函館朝市はまるで天国であった。ブラブラしているだけ

でこの上なく幸せな時間だったのである。

二階へあがる急な階段を上ると、短い廊下に部屋が4~5つあった。

どの部屋にも2段ベッドが置いてある。狭いが、小ぎれいにされている

感じである。意外に思いつつ、僕が泊まる熊さんの部屋(部屋には動

物の名前が付けられている)に入った。

小さいながらもテレビまである。これで一泊2500円なんだから、やは

り僕の宿運はかなりのものだ。

一日の汗を流すべく風呂に入ることにした。しかし、これが曲者。

ユニットバスより狭く、ひざを折りたたまないと湯船に漬かる事が出来

ないのだ。足を伸ばしてゆっくり入りたかったが・・・・贅沢は言うまい。

明日また自転車で走らなければいけない訳でもないんだし・・・。


風呂からあがると、僕は必要なものを買い揃えるために函館の街へ出

た。必要なもの・・・・、ジーンズのベルト、自転車の盗難防止チェーン、

水。これらが一度にそろう場所、それは100円ショップである。

(函館に着いてからは僕はスポーツパンツと速乾Tシャツにバンダナと

言う格好を止め、ジーンズに普通のTシャツを着ていた)

100円ショップの場所はもちろん観光案内には載っていないので、観

光案内所で聞くことにした(それだって怪しいが・・・)。

大きく綺麗な函館駅に入ると、伊達公子似の美人が案内所に座ってい

た。


「あのー、この辺に100円ショップはありますか?」


と聞くと、伊達公子似のその人はクスリと笑い、地図を広げ親切に教え

てくれた。きっと旅人丸出しの僕の風貌と、100円ショップという倹約的

な店のイメージがピタリとはまったのだろう。しかしその笑顔はとても感

じのいいものであった。


駅から7キロほど離れた(意外と遠かった・・・)100円ショップに行き、

必要なものを買い揃えると、晩御飯を食べに吉野家に寄った。

(美味しいものは明日食べるのだ)

店を出る頃には日が暮れかかっていた。薄暗くなってきた道を、のんの

んへ向かって走る。走りながら、僕は何か違和感を感じた。



街燈がない。



これだけ都会で人通りも多いのに、街燈が殆どないのだ。地元の人は

慣れているのか、暗い中ビュンビュン飛ばして走っている。危険な街だ

ぜ・・・・。


部屋に帰ると散らかった荷物をまとめ、テレビをつけると二段ベッドの下

のほうに寝転がった。布団はよく干されていてとても気持ちが良かった。


天気予報によると、明日も晴れるらしい。観光するにはバッチリだ。

明日は早起きして朝市巡りをしよう・・・・・楽しみだな・・・・・・。


疲れもあって、夜の八時には就寝した。

今日泊まるはずの民宿「のんのん」は果たして、怪しげな外見をし

たアイヌ民族土産屋(?)であった。


店先では熊のような男が、電動やすりを使って何か作っている。

僕が自転車を降りると、彼は手を止め


「あ、電話の」


と言ってニヤッと笑った。

いいえ違います、と言おうか一瞬迷ったが仕方ない。熊さん(こう呼

ばせてもらおう)は


「コーヒー飲むか?」


と言って店の奥からカップに入ったコーヒーを持ってきてくれた。

店先の木の椅子にその熊さんと一緒に座って、ぬるいコーヒーを飲

む。


「朝入れた奴だからぬるいけど、美味いだろ?」


と僕に聞いたかと思うと彼は、店の前を通り過ぎていく女性の観光

客に向かって


「お姉さん、これ婚約指輪!僕と離婚しよう!」


と言ってアクセサリーを見せ、かなり難解なナンパをはじめた。




うわぁ・・・・・。


怪しさ特Aクラスだよ・・・・・。




しかし、この怪しさはどちらかと言うと、いや、どちらかと言

ないでも僕には好奇心をくすぐる心地のいいものであった。

熊さんは僕の旅の話などを聞きながら、仕事の手の空いた

にはナンパをしていた。いや正確には、ナンパの合間に仕

事をしていた。

そんな彼が、この宿の怪しさに相応しい、怪しげな提案をして

きた。


「二泊したら5000円にしてやるよ」


と。と言うことは一泊2500円か。驚異的な安さだな。

せっかく函館に来たんだし、明日すぐに帰ってしまうのも惜し

い気がするな。それにこれは何かの縁だ。もう一泊して帰ろ

。そう思い


「いいんですか本当に?」


と聞くと彼は


「ああ、その方がこっちも助かるからな」


と言った。「助かる」という言葉に生活への微妙な切迫感を、

してそれを隠そうともしない彼の態度に、僕はますます興

味が湧いてきた。

契約成立の後、僕は5000円を支払うべく、1万円札を渡し

た。すると今手持ちがないらしく、先に、と3000円だけ返し

てきた。残りは崩して後で渡すといって、どこかに行ってしま

った。何となく嫌な予感がした。お金は帰ってこないんじゃな

いか・・・?

しかし30分も経つと彼は戻ってきて僕にお釣りを渡した。それ

も5000円も。




そりゃ切迫するわけだよ。




僕はさっき3000円貰ったから、残りは2000円ですよ、と言

と彼は驚き、おおそうだったと2000円渡してきた。

この一件のおかげか、僕は熊さんから妙に好意的に接される

うになった。

コーヒーを飲み終えると僕は鍵を受け取り、荷物を持って2階

の部屋へ向かった。