
それが必要だと言うのなら
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毒親育ちでコミュ障
自己肯定感ゼロ人間のブログです。
いつか自分を好きになれる日までの記録。
双子(3年生)で年子(2年生)の3児の母。
共働き。ほぼワンオペです。
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続きです↓
分厚い壁の中に籠城していれば
少しばかり孤独なだけで
何の不便もなかった私が
どういうわけか
結婚して妻になり
母になったら
もう壁の中で自分だけを守るわけには
いかなかったし
子供を道連れにする事もできなかった。
仕方なく外に出てはみたものの
私には
家族が家族として生きて行くというのは
どういう事なのかわからなかった。
先日の次男の話にも通じるけど↓
「家族だから」何なんだろう。
そして私は親に
「優しくされたい」とか
「心配して欲しい」とか
思わない子供だったので
(記憶のないくらいの幼少期は知らないけど)
そう思う(であろう)子供の気持ちもまた
察して理解する事ができなかった。
私自身は、もう要らない。本当に。
私は私。
親を切り捨てる自分を冷たいとも思わない。
だけど私が優しく生きる為に
親から愛された記憶が必要だと言うのなら
私は
今私のそばで生きてくれる人たちの為に
父にも母にも愛されたかった。
私に家族の意味を教えて欲しかった。
父に復讐する事だけを糧にして
子供時代を過ごしてきた。
いつか父を傷つける日の事を妄想しては
心の中で何度も死なせた。
「優しさ」の正反対を生きてきた欠陥人間が
温かい家庭を築く事などできるのか。
大丈夫、できるよ。と言う私と
お前なんか。と言う私。
私を行かせまいとしてくるのは
もう、父じゃない。
