言葉が通じたらどんなに良かったか | 私は家族と生きる。~毒親育ちが母になった~

言葉が通じたらどんなに良かったか

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毒親育ちでコミュ障

自己肯定感ゼロ人間のブログです。

いつか自分を好きになれる日までの記録。

双子(2年生)で年子(1年生)の3児の母。

共働き。ほぼワンオペです。


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↓続きです。





父には言葉が通じなかった。


心がないから

私がどんなに自分の気持ちを訴えようが

何も伝わらなかった。


もし話が通じたら、心が通じたら

私は今頃

もっと柔らかく生きていたのだろうか。




一方、父が私に心を求める事もまた、ない。


事実、父が大病してから

実家には一度も帰っていないどころか

話してもいないし

連絡もしていないけど


父は私の事を

親不孝な娘だとも多分思っていない。


生きるか死ぬかの大事件にさえ

なぜ娘は姿を現さないのか


その理由を考える事もない。


私が実家に行っても行かなくても

父にとっての結果は同じ。


何も動かない。




強いて言うなら

お見舞金でも送れば

幼稚で非常識だった娘も

親孝行できるようになったのかと思うだろう。


父の感覚は

その他大勢のそれとはかけ離れている。




私は子供の頃に

必死で訴えても無駄だと学び

通じないものは通じないのだと学び


自分のまわりにはいつの間にか

高くて分厚い壁がぐるっと立っていた。




絶対に傷つかない人間が

家の中に常にいたから


私は他人を傷つける言葉にも無頓着で


それが生育歴のせいなのか

元々の気質なのか

その両方なのか


いずれにしても

そんなふうに育ってしまった過去を

塗り替える事もできず


自分の人間性を垣間見る度に

すっと急激に温度が下がるのを感じる。



どんなに取り繕っても

普通の中に擬態できた気になっていても

結局私は私でしかないという

諦めと絶望と、ほんの少しの安堵。



自分を取り囲むこの壁の中に居れば

こっちからもあっちからも見えなくて


何もないのがちょうど良かった。





続きます。