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AREA73 MY NEXT THIRTY YEARS

1973年出現、船長、だけど今は陸での仕事。
海に戻りたい坊主おやじの出来事、気になる事。

船から下りたのはシンガポールですが、その前に日本の港を幾つかめぐり、中国の港にも寄って。

その後台湾付近で台風に遭遇したのですが。


日本へ向かう途中はイイ天気でした。

穏やかな海に青い空。

雲は沢山ありますが、スコールさえ避けたらモンダイなく航海ができて。

でも、こんな日は長くは続かない…。

日本巡りも割と穏やかな時を過ごして。

日本の最後の港は瀬戸内海。

関崎を抜け、豊後水道へ。

更に九州の南側、種子島との間の大隅海峡を通り、東シナ海へ。


その頃には台風が発生していて、遭遇しなければイイのに、と思っていたのですが。

その中国の港にアプローチをしている時の予想進路はフィリピンのルソン島を横断し、南シナ海で偏向、台湾の北側をかすめるくらいの余程でした。

そう、11月半ばの台風26号。

この頃に中国の港を出港、どう行くべきか迷ってました。

元々計画している航海計画では与那国島の西側と台湾の東側の間を南下して、台湾の南側のバシー海峡を抜け南シナ海に入りシンガポールへ向かう予定でした。

でも、この時の予報進路では台風にマトモに遭遇してしまう。

なので沖縄の南西側を抜けて。

太平洋側に出て、大廻りではあるものの台風からキョリをとって。

でも予報が徐々に変わっていき、バシー海峡の西側で偏向して台湾を横断、東に向かう進路に。

確かにこの時期の台風は偏向の傾向が強く注意しなければならないのですが、ここまで急な偏向となるとは。

仕方がないので西表島の南側、ルソン島の北西側で待機。

そう待機とはいえ、すでに台風の影響でうねりが高い為、走り回りながら待機。

台風の動向を見ながら。

台風は進行方向の右側の方が風が強く、出来る限り避けたいトコ。

でも、こんなに急に偏向されるとかなり困る…。

結局2日待機し、台風が台湾の南側に上陸したタイミングでバシー海峡を抜けました。

追い風になるタイミング、上陸後は多少勢力を弱めるコトを見込み、危険と言われる台風の右側を。

バシー海峡も当初予定していた航路を変更してフィリピンのルソン島に近づく航路を新たに検討、計画変更して。


無事抜けられたのでヨカッタのですが、あくまでも予報進路を見て。

予報進路も気象庁、米軍の気象予報、民間の気象予報会社の情報などを見比べて。

ただ、どれも予報、実際に台風がどう動くかは分からない。

大体は予報通りではあるものの20㎞進路が違えばボクら船にとっては大きな差。

結果的には台湾の南側を横切る予報が台湾の南端の岬をかすめるくらいのトコを進んでいたみたい。


だから予報より南よりを台風が進んでいき、ボクら船にとってはよくない方に進んでいたコトだったようで。

もちろん更に待つという選択も出来たのですが、一応ビジネスの末端を担っているワケで、ただただ待つワケにはいかない。

だからリスクがどの程度あるか、これ以上進むコトは出来ないと判断するポイント(風速、風向、波、うねりの高さ、周期とかとか)を決めて。

常に気圧計を見ながら気圧の下がり具合を確認。

で、大体こういう状況って夜なんですよね。

何もなかったからヨカッタですが、最後はある意味「掛け」です。

自分の経験、今あるデータであぁでもない、こうでもないとアタマを悩ませますが、最後は「行こう‼︎」と決める時は。


抜けたら静かで、正に台風一過でした。


「Stormy」CLASSICS IV

1968年にリリース、『mama and papas/soul train』に収録されています。

ボクはリアルタイムでは聴いていない(生まれていない)ですが、聴くと懐かしく思う曲。

柔らかなメロディにスウィングするようなアレンジ。

エレキギターって感じのサウンドがイイ感じです。



残念なくらい今回の乗船中はブログにアクセス出来ず、更新が出来なかったですが、実際かなり忙しくって。

色々とアクセス方法を検討したら、抜け道がありアクセス、更新が出来たかも…とも思いますが、なんだかあまり楽しいコトも書けなかったかも。

なにせトラブルが多かった、機械の。

船はなんとか動いていましたが、常にいつ止まるか?と不安要素を抱えながらの航海。

燃料も足りるのか?いや、足りるには足りるのですが、オーダーした補油量を補給するコトができるのか⁇とか。

そうこうしていたら台風で足止め。

燃料をあまり使いたくないのに、台風によるうねりが高く船を止めて漂流するコトも出来ず、走り回りながら待機。

タイミングを見計らって台風の横を航行。

その時は全速力で。

でも、この時ホントに使いたい燃料の機器の調子が悪く、使いたくない燃料で…。

だから無駄に燃料を消費しなければならず、でも台風の横を走り抜ける為少しでも早く通り抜けたい‼︎

そんな感じでした。

そんな船、航海士達は新人ばかり。

いやもちろんボクにも新人時代があり、かつ昇進したばかりの時代がありました。

だから温かく指導しなければならないのですが、そんなメンバーばかり集まっていると、眠れないんですよ。

昇進したばかり、つまり三等航海士から二等航海士に昇ったばかりの航海士や初めて三等航海士になった航海士たち。

となると、当直一つとっても、三等航海士に毛が生えたヤツとやっと船に慣れたヤツなワケで…。

彼らがイイ、ワルイではなく、単純に仕事のレベルが求められる役職に達していないんですよ。

そうなると、ベテラン(?ある程度その役職で乗船歴のある)の航海士なら任せておける当直も任せられない。

いや、任せなければいけないのですが、やはりレベルに達していない航海士ひとりを荒天時や船が多い海域で立たせて置くワケにもいかず、結局後ろで控えている状況。


そんな感じでしたから、なかなか厳しい航海が後半は続いていたんですよね。


まぁ、無事に港に着いたからヨカッタんですけど。


なんだか気持ち的に余裕もなく、写真を撮る機会もあまりなくて…。


なので?

時々、航海日誌と同じように曲も紹介しようかと。

Tim McGraw『You’re hard to stay mad at』2020年リリース。

タイトルを直訳したら「あなたは怒りに留まることは難しい」ですね。

「怒り続けることなんてできないよ」ってトコでしょうか。

逆接的なタイトルで…まぁラブソングなんですよ。

『HERE ON EARTH』に収録されてます。

まぁ、なかなか怒り続けるのは難しいですが、余裕がないとイライラしちゃいますね。

さて、シンガポールで初めての下船。

って、シンガポール自体陸地に足を着けるのがホントに久しぶり。

数年前、シンガポールのドックに入渠しましたが、コロナ禍の為外出禁止。

なんなら渠底にも行くコトさえ禁止されていた状況でしたから。

そんな状況だった為、シンガポールにいても街に出るコトも出来ず船の中にいた記憶が。

と、なるとシンガポールの街を歩いたのはいつ?ってくらい前。

マーライオンも今の場所に移る前。

マリーナベイ・サンズが出来る前。

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイが出来る前。

っていつなんだ、ボクがシンガポールの街を歩いたのは?ってくらい前。

オーチャード通りのGUCCIに夕方入店したら、閉店間際だったみたいで、入ったら入り口の鍵が掛けられ貸し切り状態となり、買わずに店を後にするのは…って感じになった覚えが。

バックを買って帰ったかなぁ、多分20年くらい前。

なので、下船してマリーナベイ・サンズの展望台に行ってきました。

船から降りたのは夜1930頃。

フライトは良く朝で一旦ホテルへ。

入国管理局が2200までなんですよね。

なのでフライトは翌朝でも、入国審査の為に先に下りなけれさならないんです。

因みに入国管理局は朝0700から。

フライトは0800頃なので。


荷物をホテルの部屋に置いて、タクシーに乗り込みマリーナベイ・サンズに。

ワンドリンクのチケットを購入して。

あっ、下船したのはボク1人ではなく、他2人。

彼らと共にマリーナベイ・サンズのバーに。

久々の茶色いお酒を。

コレはワンドリンクチケットでは飲むコトが出来なかったので、2杯目に。

1杯目はハウスワインを

2杯目にGLENMORANGIEを。

結局4杯程飲み、閉店の2400までいましたね。

翌朝のピックアップは0530だというのに。

まぁ、下船した開放感を楽しまなきゃってコトで。

シンガポールの夜景を見ながら、乗船中には飲めないアルコール度の高いお酒を楽しんできました。

あっ、ちゃんとピックアップの時間には起きて予定通り飛行機に乗れましたよ。

すっかり外観の写真撮るの忘れてましたが。

因みにマリーナベイ・サンズってこのホテルです。

(マリーナベイ・サンズ公式instagramから。)