山の民と海の民の物々交換ーー経済はこの営みから始まったと言われています。
フランス文学者の内田樹さんの著作『疲れすぎて眠れない夜のために』によると、山の民と海の民は物が余ったから交換したのではなくて、交換したかったからたくさん収穫したのだと書かれています。交換への欲求、これが経済を生んだのです。
また、ある先輩に教えてもらったのですが、経済学者の岩井克人さんは雑誌のインタビュー記事で、「これからは“顔”を見せることが価値を生む時代になる」と指摘しています(「ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー」2014年7月号)。
ここではまず、そのインタビューの要約を紹介します。
人間とサルを分けたもの
人間は交換する動物です。フランスの文化人類学者、マルセル・モースが『贈与論』で指摘したように、人間とは他人と交換しなければ生きていけない社会的な存在です。交換活動が人間とサルを分けたと言ってもいい、と岩井さんは言います。
ただし、20万年以上続いた人類の歴史における大部分の「交換」は、貨幣によるものではなく「贈与交換」と呼ばれる部族間の物々交換でした。
一方の部族が他方に贈与すると、他方は返礼の義務を負います。他方が返礼すると、一方が返礼の義務を負い、その返礼に返礼が繰り返されるという形で交換が行われていました。
返礼するためには、誰の贈与であったのかを知らなければなりません。それは「顔」の見える交換であったのです。
貨幣経済とインターネット
貨幣経済になって以降、「交換」はお金と引き換えにモノやサービスを単に受け取るだけの、他人とのつながりを排除した無機的な作業になりました。貨幣、これが経済を育てたのです。
こうして「顔」は意味を持たなくなり、生産する者と消費する者のつながりは分断され、安さや便利さが交換相手に“選ばれる理由”となりました。安くて便利ならば、相手は「誰」でもいいということです。
「安売りがなくなるなどと言うつもりはありません」と岩井さんは続けます。
しかし、インターネットで簡単に安い価格のものが手に入るからこそ、人々は本能的に、贈与交換だった頃の「顔」が見える安心や信頼を求めていると指摘しています。
モノやサービスを提供する企業にとっても、会社やブランドとして、そうした安心や信頼をあえて築くことが「戦略」として重要になっています。
たとえば、インターネット時代の主役の一つ、フェイスブックは名称自体に「顔(フェイス)」と付けるほどです。
これからの4P理論
人は情報の足し算のみでモノを買うわけではありません。社会が複雑になって不安定さが増し、情報も複雑化している中では、専門的知識を持った人や会社など「目利き」が提供する信頼が意味を持ってきます。
だが、目利きを探すのは難しいもの。誰を信頼すればよいのか、みんなが求めはじめたがゆえに、会社や店が「顔」をあえて見せる必要が増してきているのです。
たとえば、2003年に愛知・岡崎で生まれ、いまや全国約400地域、2万3000超の事業者が取り組む「得する街のゼミナール(まちゼミ)」も、こうした文脈の中にあります。
では、「顔」さえ見せればいいのでしょうか? 否、そんなはずはありません。
これまでマーケティングにおいては、次の4つの「P」が重要とされてきました。これを「従来の4P理論」とします。
product(製品)
price(価格)
place(流通・立地)
promotion(広告宣伝)
しかし、インターネット時代の今日、これまでの成功法則が大きく変わろうとしています。「これからの4P理論」はこうなると私は考えています。
in-house product(自社製品)
promise(契り)
philosophy(哲学)
personality(個性・人柄)
product(商品)はin-house(自社製)が重要性を増し、price(価格)はpromise(契り)へ、place(流通・立地)はphilosophy(哲学) へ、promotion(広告宣伝)はpersonality(個性・人柄)へと更新されていきます。
お客様は信頼でき、顔の見える「個性・人柄」と「契り」を結びたいのです。このとき、個性・人柄に対する信頼の根本には、おのれの商いに対する「哲学」と、それを具現した「製品」がなければなりません。
そして、それらを何よりも雄弁かつ効果的に伝えるのが「顔」なのです。
時代は繰り返すと言われます。といっても同じ階層ではなく、螺旋状に登りながら上の階層で繰り返します。
かつて人類の経済活動で重要な役割を担っていた「顔」がものをいう、そんな時代に私たちはいるのです。
あなたはお客様に「顔」を見せていますか?
そして、そこには見せるに足る「哲学」という裏付けがありますか?