遠方の伯父の死と、すぐ悩んでしまうわたしの心の癖 | やさいのほとり

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40代後半に離婚しました。
元主婦がなんとか再就職して自活。(現在は50代)
涙あり笑いありの再出発日記です^^

ブログはゆる~い駄文かな。(短歌は力入れてます)
多くの方に読んでいただけたら嬉しいです。

伯父(亡き父の兄)が亡くなって。
 
遠方でごくたまにしか会うことがなかったとはいえ、幼少期から見知った伯父がこの世を去ってしまったことへの純粋な寂しさと。
 
伯父を語る時、伯母、長男(従兄)長女(従姉)次女(従妹)、それぞれのつれ合いさん。
全員をセットで語るのが自然なほど、結束力の強い一族です。
 
訃報の少し前から、わたしは公私ともにちょっぴり気の重い出来事を抱えていて、それらが一つ解消されるたび、胸をなでおろしていました。
 
50代の半ばまでクヨクヨ悩みがちだった性格も、年の功と、人生の味方が出来たこと、心理学コースの成果と、仕事を通じて得た世間知、息子や娘家庭の幸せのおすそ分け・・・
 
これらの見事な相乗効果で、悩みを「ちょっぴり気の重い出来事」くらいに捉えることが出来るようになりました。
 
ところが伯父の訃報後、いろんな思いが押し寄せて、夢でうなされるほど気持ちが追い立てられました。
 
遠方なこと、仕事があること以外に、ある理由から、サッとお弔いに駆け付けられなかったことへの不甲斐なさにクヨクヨしていました。
 

父の危篤~お通夜~葬儀には
遠路はるばる、一族総出で2度も駆け付けていただいたというのに。
従兄のSくんは仕事があったため、とんぼ返りですぐまた戻ってまで、家族を車で送り届けてくれたというのに。
 
この時、一緒に長距離移動して来てくださった伯父は90歳でした。
余力があって、翌日は観光も楽しんでいかれたそうです。
いつも穏やかな微笑みを絶やさない伯父でした。
 
 
 こうした一連を彼に聞いてもらい、少し心が軽くなりました。
 
不祝儀袋と便せん、簡易書留封筒の購入にそれぞれ付き合ってもらって、その夜親戚に送るための準備をしました。
 
わたしはこの年齢になっても、常識を問われるセレモニー的な出来事に弱く、異様に心が疲弊してしまいます。
 
お香典の書き方や包み方、送り方については、ネットで調べつつ淡々と行うと決め、
そこに添える手紙は、思い切り気持ちをこめて書きました。
 
書き上げたら朝方になっていて、その日は2時間半の睡眠で出勤しました。

1枚に収めるのが常識らしいので、そこは常識に則りました。

 

常識とか世間体を気にし過ぎて心が疲弊するのは、現在学んでる心理学とは対極の行動です。

 

それでもなんとか自分の気持ちに誠実な行動が取れたので、伯父さん許してください、親族の皆さんも許してくださいね。

雪の影響で数日遅れると聞いていた書留郵便が一日遅れで届いたようで、
思いもよらず従兄のSくんが電話をくれました。
本当はわたしからすべきなのに。
 
本当にもう何年生きていると思っているのか。仕事では無敵に思えるほど強気でいられることもあるし、コミュ力も無問題なはずなのに、別の一面ではいまだに臆病でヘタレになってしまうわたしです。
 
Sくんの声は明るく、(秀才で、しごできで、コミュ力のオバケのような人物ですから)
逆にわたしが励まされる結果になりました。
 
わたしの心の片隅の憂いは、いただいた電話で晴れていきました。
 
明日は彼とまたお出かけです。
 
伯父さんにあらためて穏やかな気持ちでお線香を上げることが出来ました。