日本の原点を振り返り…
新たな時代の幕を開ける
世の中には、国の誇りを語る人は数多くいる。自国を誇る方々が数多くいて当然なのだが…、日本人の礼節の良さや優秀な点を他国との比較に於いて語ることは、他の皆様にお任せしようと思う。
本連載「永遠の忠臣蔵ブログ版」と題して、若干、他国との比較に於ける日本人の優秀さを語った。これは、山鹿素行も異国との比較によって日本人や国の素晴らしさがよく分かると「中朝事実」で示している通りで、本当に日本人の素晴らしさはよく分かります。
いつだったか知人と日本の誇りについて話している時に…
「他国との比較で日本の優れた点はよく分かる。日本人の誇りですね。また次回、この世に生まれて来るとしたら、やはり日本人がいいですか」という趣旨のことを知人に聞かれたことがある。
この時に、わたしは…
「いや、そうは思わない」と答えた。
すると友人は不思議そうな顔をして…
「違うのですか。どういうことですか」と再びわたしに聞いた。やはり、「次も、日本人として生まれたい」と回答することが自然だったのかもしれない。
確かに次回、生まれてくるなら日本人として生まれたい気持ちはある。だが、この時の会話は他国との比較によって日本の国は優れているという話しの流れだったから、敢えて否定したことが本音である。
この時に、わたしが知人に答えた内容は…
「他国と比較すれば確かに日本人は優れていると思う。それを日本人として誇りに思う。ところが、そのことを深く突き詰めれば空しくなる。現在の世界は支配によって成り立つ。その中で、異国と比較したところで世界全体があまりにもレベルが低い。その低い中で日本が優れていると言っても元々のレベルが低次過ぎないか。だから、次に生まれるなら違う星に生まれたいと思う」と、わたしは笑って答えた。
これは、心許せる友人との会話として、半分は冗談で受け取ってもらえればよいのだが…。他国との比較論のみで、わたし自身は「日本の誇り」を語ろうとは思っていない。
他国と比較すれば日本人は確かに優秀な民族である。自国の誇りを失いかけた日本人に対する入門としての比較を否定もしない。だが、比較だけであれば辿り着く場所がない。
つまり…
他国との比較で自国が優れていると、それが日本の誇りだと言うなら、
その極論は…
他国を害して自国の誇りとは言えない。自国を誇るとは他国の誇りをも受け入れることではないか。と思えて仕方ない。
他国との比較による自国の誇りを幾ら推し進めても世界の平和は訪れない。
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他国との比較で日本の優れた点を列挙することは簡単です。だが、わたしは余り推奨していない。自国の誇りを失っている方々に対して有効ですが限界があります。それを知った上で比較論を用いることが大切だと感じています。
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「内匠(頭)家来口上」の解読が、「忠臣蔵」の本質を明確にします。
「忠臣蔵」は、日本人の心の反映と言われ…
何故、三百年以上も称賛され続けたのかをここに記す。
ただいま連載中!
(目次ページ を設けています)
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