筆休めです。
ランシンさんより。
--------- 真剣だと知恵が出る。中途半端だと愚痴がでる。いい加減だと言い訳ばかり。
元 巨人の監督 川上哲治氏の言葉と言われています。
あてはまるなあ~。
僕より。
--------- これでいいのだ。
バカボンのパパ
バカボンのパパの誕生日は12月25日で、植木等と同じなんだって。
ふむ・・・ それでいいのだ。
ではまた明日。
wrote by 1961_TM
玉下は上に姉と下に弟がいたので、
高校受験の本命は学費が安い都立だった。
しかし当時住んでいた家から通学に便利な場所に某大学付属の私立高校があり、
当時の成績では無謀ともいえる背伸びをして、その高校も受験した。
そして中学の担任にも不思議がられながら、結果的にその高校に合格。
親にアルバイトをして学費を稼ぐから、ぜひ入学をさせてくれと頼んだ。
都立に入ってまた三年の時に大学受験をして、下手をしたら浪人…。
そうすれば社会人になって就職をする年齢もひとつ先になってしまう。
それなら頑張って私立の学費を払っても無駄なく就職をすれば元はとれる。
(まぁ、大学で浪人する前提で親を説得していた訳ですが…)
付属高校なので大学の入学金も半額になるというのもポイントでした。
で、高校に入って頭に浮かんだ言葉が“腐っても鯛”でした。
入学して無事に高校を卒業すれば、全員が大学に進学できる。
これが付属の最大のメリット。
従って高校三年間をどう過ごそうが、退学にさえならなければ良い。
まさに“腐っても鯛”の気分で部活に精を出し、バンドを組み、
部活がない平日と日曜、そして夏休みや冬休みもバイト三昧。
原付の免許を取ったり近所の名画座で映画を毎週のように観たり…。
それでも何とか無事に卒業して大学へ進学できたのは、成績優秀な友人がたくさんいたお陰。
この“腐っても鯛”という言葉は、
玉下にとって“明日出来る事は今日するな”と並ぶくらい好きな言葉の一つです。
それが先日、名門都立高校を卒業したという1960+世代の方から聞いた話。
この高校の先生は入学したての高校一年生に、名門都立受験を勝ち抜いて希望に満ちた新入生に、
「腐った鯛は食べられない」 と最初に言い放ったそうです。
「君たちはこの高校に合格したから、自分は鯛だと思っているかもしれない。
でも腐ってしまった鯛は食べられない。腐らないように努力をしたまえ!」
まぁ、こんな様な内容だったと思います。
そして彼らは高校三年間を猛勉強して、有名国立とか私立大学受験に臨んだわけです。
…やっぱり“腐っても鯛”が好きだなぁ。
wrote by 玉下奴郎
高校受験の本命は学費が安い都立だった。
しかし当時住んでいた家から通学に便利な場所に某大学付属の私立高校があり、
当時の成績では無謀ともいえる背伸びをして、その高校も受験した。
そして中学の担任にも不思議がられながら、結果的にその高校に合格。
親にアルバイトをして学費を稼ぐから、ぜひ入学をさせてくれと頼んだ。
都立に入ってまた三年の時に大学受験をして、下手をしたら浪人…。
そうすれば社会人になって就職をする年齢もひとつ先になってしまう。
それなら頑張って私立の学費を払っても無駄なく就職をすれば元はとれる。
(まぁ、大学で浪人する前提で親を説得していた訳ですが…)
付属高校なので大学の入学金も半額になるというのもポイントでした。
で、高校に入って頭に浮かんだ言葉が“腐っても鯛”でした。
入学して無事に高校を卒業すれば、全員が大学に進学できる。
これが付属の最大のメリット。
従って高校三年間をどう過ごそうが、退学にさえならなければ良い。
まさに“腐っても鯛”の気分で部活に精を出し、バンドを組み、
部活がない平日と日曜、そして夏休みや冬休みもバイト三昧。
原付の免許を取ったり近所の名画座で映画を毎週のように観たり…。
それでも何とか無事に卒業して大学へ進学できたのは、成績優秀な友人がたくさんいたお陰。
この“腐っても鯛”という言葉は、
玉下にとって“明日出来る事は今日するな”と並ぶくらい好きな言葉の一つです。
それが先日、名門都立高校を卒業したという1960+世代の方から聞いた話。
この高校の先生は入学したての高校一年生に、名門都立受験を勝ち抜いて希望に満ちた新入生に、
「腐った鯛は食べられない」 と最初に言い放ったそうです。
「君たちはこの高校に合格したから、自分は鯛だと思っているかもしれない。
でも腐ってしまった鯛は食べられない。腐らないように努力をしたまえ!」
まぁ、こんな様な内容だったと思います。
そして彼らは高校三年間を猛勉強して、有名国立とか私立大学受験に臨んだわけです。
…やっぱり“腐っても鯛”が好きだなぁ。
wrote by 玉下奴郎
安倍政権の誕生で円安・株高が進行して、
平均株価がバブル経済絶頂期の1989年以来の9週連続の上昇、株式市場は「アベノミクス景気」に沸いている。
そんな矢先に飛び込んできたアルジェリアの人質テロ事件…。
日本から遥かに離れたアルジェリアで、
日本人7名を含む人質が非情なテロリストによってその命を奪われた。
報道によるとアルジェリア政府は、人質やテロリストの人命よりも
テロリストによる石油プラントの破壊を阻止するために強硬な作戦に出たと言われている。
こういう話を知ると、政府もテロリストもどちらも許せない !
人命をなんだと思っているんだ !
昨年末に観たお馬鹿映画「ロックアウト」という作品は、
極悪死刑囚を収監している宇宙ステーションで人質に取られたアメリカ大統領の娘を救出するために、
大統領が数々の犠牲を払ってでも娘を救出するというSF。
もしアルジェリア政府要人の親類縁者がテロリストの人質になっていたら、
果たして彼らは強硬手段に出たのか否か。
映画やドラマや小説と違って、現実に人が死ぬということは厳しい話なんだぞ !
我々は報道を通じて、様々な“死”と接する。
そして19日に亡くなった横綱大鵬の様な一部の有名人を除くと、
その死とは大抵は数字に置き換えられる。
昨日の「朝日新聞」“天声人語”では、
15年振りに昨年は自殺者が3万人を切って27,766名だったと記している。
更には事故や病気や災害などで、人は毎日のように旅立っていく。
しかし現実にはその数字とは一人一人の人格を持った人間の事であり、
その一人一人にれっきとした人生がある。
ふと思うのだが、“天寿”とはなんだろうか?
遺された者が心の平安を求めるとき、
先に旅立っていった命に対して“天寿”という言葉が浮かぶ。
そこには年齢や境遇や理由はいらない。
すべてが天寿なのである。
玉下は特に特定の宗教観をもっているわけではないけれど、
この“天寿”という言葉を思うことで、遺された我々はこれからも生きていくことが出来る。
ランシンさんお薦めの書「別れる力」。
“人は別れる。
そして本物の大人になる。”
ん~、まだまだ本物の大人には近づけないなぁ…。
wrote by 玉下奴郎
平均株価がバブル経済絶頂期の1989年以来の9週連続の上昇、株式市場は「アベノミクス景気」に沸いている。
そんな矢先に飛び込んできたアルジェリアの人質テロ事件…。
日本から遥かに離れたアルジェリアで、
日本人7名を含む人質が非情なテロリストによってその命を奪われた。
報道によるとアルジェリア政府は、人質やテロリストの人命よりも
テロリストによる石油プラントの破壊を阻止するために強硬な作戦に出たと言われている。
こういう話を知ると、政府もテロリストもどちらも許せない !
人命をなんだと思っているんだ !
昨年末に観たお馬鹿映画「ロックアウト」という作品は、
極悪死刑囚を収監している宇宙ステーションで人質に取られたアメリカ大統領の娘を救出するために、
大統領が数々の犠牲を払ってでも娘を救出するというSF。
もしアルジェリア政府要人の親類縁者がテロリストの人質になっていたら、
果たして彼らは強硬手段に出たのか否か。
映画やドラマや小説と違って、現実に人が死ぬということは厳しい話なんだぞ !
我々は報道を通じて、様々な“死”と接する。
そして19日に亡くなった横綱大鵬の様な一部の有名人を除くと、
その死とは大抵は数字に置き換えられる。
昨日の「朝日新聞」“天声人語”では、
15年振りに昨年は自殺者が3万人を切って27,766名だったと記している。
更には事故や病気や災害などで、人は毎日のように旅立っていく。
しかし現実にはその数字とは一人一人の人格を持った人間の事であり、
その一人一人にれっきとした人生がある。
ふと思うのだが、“天寿”とはなんだろうか?
遺された者が心の平安を求めるとき、
先に旅立っていった命に対して“天寿”という言葉が浮かぶ。
そこには年齢や境遇や理由はいらない。
すべてが天寿なのである。
玉下は特に特定の宗教観をもっているわけではないけれど、
この“天寿”という言葉を思うことで、遺された我々はこれからも生きていくことが出来る。
ランシンさんお薦めの書「別れる力」。
“人は別れる。
そして本物の大人になる。”
ん~、まだまだ本物の大人には近づけないなぁ…。
wrote by 玉下奴郎
また大雪か?
天気予報を見て、1週間前の大雪を思い出した人は多いはず。
幸いにして外れてほっとした。
(用意したのに!と、気象庁に苦情が多かったらしい・・・やれやれ)
先週の大雪の際も雪に対する都市の脆弱性を嘆くようなニュアンスの報道が多かった。
でも脆弱性は当たり前だ。雪国じゃないんだから。
インフラのせいにしてはいかん!
ここに住む人の「頭」が脆弱なのだ。はっきり言えば、雪をなめてる。
なめてるから、ノーマルタイヤのまま走るし、ふつーの靴で歩く。
ひどいことに、バイクも自転車も見かけたし。
あれでは事故を起こすのも、転んで怪我をするのも当たり前。
自分だけが事故ったり、転んだりするのは自業自得だけど、
特にクルマは人に迷惑をかける、怪我をさせる、下手をすれば死なせてしまうから、ぜひともやめてほしい。
僕は昨年末に帰省したおかげでスタッドレスタイヤを履いたままだったから、ちょっとクルマで出かけた。
でも坂道でノーマルタイヤで走ってくる「きれいな奥様」のクルマと出くわしたりして、
怖いったらありゃしない。用事を早々に切り上げて帰ってきた。
ニュースを見れば、スタックしたメルセデスを救助隊が後ろから押していた。
「アクセル踏んでください!」
「踏んでます!」
でも、タイヤはほとんど動かない。
これはトラクションコントロールというタイヤをスリップさせずに安全な走行ができるようにする機構のせいで、
アクセルをいくら踏んでも無駄。
トラクションコントロールをOFFにしないと、
この状況ではただのエンジンが空回りするだけの重い箱なのだ。自業自得&人迷惑。
こういう僕は、ただ豪雪地帯出身で、たまたまクルマ関係の仕事をしているから
こんなエラソーなことを言えるんだけど(笑)
ニュースで、都市の脆弱性的なことばかり言っていないで、
少しは対処方法や走り方、クルマの機構のことも伝えてほしいなぁ。
と、ここまで書いて思い出した。
1987年に公開された『私をスキーに連れてって』。

この中で、四輪駆動のトヨタセリカが雪道を爆走するシーンがある。
おかげで、当時人気が下火だったセリカGT-FOURは、息を吹き返した。
余談だが、撮影協力は、はじめに三菱に要請された。(ギャランVR-4)
しかし当時ホイチョイはさほど有名ではなく、つまりB級映画扱いされたため、三菱は却下。
それでトヨタに要請され、セリカGT-FOURが提供されたそうだ。
僕たちクルマ関係者ではけっこう有名な話。公開後、三菱関係者はさぞや悔しがっただろうね。
映画は大ヒット。セリカGT-FOURも売れた。
そのシーズンに帰省した僕は、雪道で事故っていたり、スタックしているクルマを例年より多く見た。
セリカGT-FOURをはじめとする4WD車がとても多かったと記憶している。
四輪駆動だからって、なめてかかって、いい気になって走っちゃいけないよ、という「お手本」でした。
みなさん、次に雪が降ったらしっかり対策して、
自分の腕とクルマの性能を把握してから走ってくださいね。
wrote by 1961_TM
天気予報を見て、1週間前の大雪を思い出した人は多いはず。
幸いにして外れてほっとした。
(用意したのに!と、気象庁に苦情が多かったらしい・・・やれやれ)
先週の大雪の際も雪に対する都市の脆弱性を嘆くようなニュアンスの報道が多かった。
でも脆弱性は当たり前だ。雪国じゃないんだから。
インフラのせいにしてはいかん!
ここに住む人の「頭」が脆弱なのだ。はっきり言えば、雪をなめてる。
なめてるから、ノーマルタイヤのまま走るし、ふつーの靴で歩く。
ひどいことに、バイクも自転車も見かけたし。
あれでは事故を起こすのも、転んで怪我をするのも当たり前。
自分だけが事故ったり、転んだりするのは自業自得だけど、
特にクルマは人に迷惑をかける、怪我をさせる、下手をすれば死なせてしまうから、ぜひともやめてほしい。
僕は昨年末に帰省したおかげでスタッドレスタイヤを履いたままだったから、ちょっとクルマで出かけた。
でも坂道でノーマルタイヤで走ってくる「きれいな奥様」のクルマと出くわしたりして、
怖いったらありゃしない。用事を早々に切り上げて帰ってきた。
ニュースを見れば、スタックしたメルセデスを救助隊が後ろから押していた。
「アクセル踏んでください!」
「踏んでます!」
でも、タイヤはほとんど動かない。
これはトラクションコントロールというタイヤをスリップさせずに安全な走行ができるようにする機構のせいで、
アクセルをいくら踏んでも無駄。
トラクションコントロールをOFFにしないと、
この状況ではただのエンジンが空回りするだけの重い箱なのだ。自業自得&人迷惑。
こういう僕は、ただ豪雪地帯出身で、たまたまクルマ関係の仕事をしているから
こんなエラソーなことを言えるんだけど(笑)
ニュースで、都市の脆弱性的なことばかり言っていないで、
少しは対処方法や走り方、クルマの機構のことも伝えてほしいなぁ。
と、ここまで書いて思い出した。
1987年に公開された『私をスキーに連れてって』。
この中で、四輪駆動のトヨタセリカが雪道を爆走するシーンがある。
おかげで、当時人気が下火だったセリカGT-FOURは、息を吹き返した。
余談だが、撮影協力は、はじめに三菱に要請された。(ギャランVR-4)
しかし当時ホイチョイはさほど有名ではなく、つまりB級映画扱いされたため、三菱は却下。
それでトヨタに要請され、セリカGT-FOURが提供されたそうだ。
僕たちクルマ関係者ではけっこう有名な話。公開後、三菱関係者はさぞや悔しがっただろうね。
映画は大ヒット。セリカGT-FOURも売れた。
そのシーズンに帰省した僕は、雪道で事故っていたり、スタックしているクルマを例年より多く見た。
セリカGT-FOURをはじめとする4WD車がとても多かったと記憶している。
四輪駆動だからって、なめてかかって、いい気になって走っちゃいけないよ、という「お手本」でした。
みなさん、次に雪が降ったらしっかり対策して、
自分の腕とクルマの性能を把握してから走ってくださいね。
wrote by 1961_TM
ちょっと理由があって、今日も伊集院さんの本、記したいと思う。
昨日『贈る言葉』を紹介し、2日続きの伊集院さんの書だけれど、ご勘弁を。
でもこの書も自分自身に、そして我々1960+世代に刺さる、間違いなく。
本書は、昨年末12月10日に発行された。
表紙の帯に、
人は別れる。
そして本物の大人になる。


こんなしょーもない自分の周りでさえいろんなことが起きている。
いろんなことが起きはじめている、とも思える。
特徴的なのは、間違いなく「死」というものが身近になってきている。
それは明らかに1960+世代の特徴なのだなと実感する。
僕らが50代ということは親は80代前後。誰しもが親の介護や死に直面してもおかしくはない。
親のことばかり考えていたら、自分の身体だって明日は分らない。自分の友人も。
個人的ですが、この本を突然の別れに遭遇した友人に送るとともに、
その彼と生きている実感を共に分かち合いたいと思います。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.4kg 血圧:上159 下112
昨日『贈る言葉』を紹介し、2日続きの伊集院さんの書だけれど、ご勘弁を。
でもこの書も自分自身に、そして我々1960+世代に刺さる、間違いなく。
本書は、昨年末12月10日に発行された。
表紙の帯に、
人は別れる。
そして本物の大人になる。
こんなしょーもない自分の周りでさえいろんなことが起きている。
いろんなことが起きはじめている、とも思える。
特徴的なのは、間違いなく「死」というものが身近になってきている。
それは明らかに1960+世代の特徴なのだなと実感する。
僕らが50代ということは親は80代前後。誰しもが親の介護や死に直面してもおかしくはない。
親のことばかり考えていたら、自分の身体だって明日は分らない。自分の友人も。
個人的ですが、この本を突然の別れに遭遇した友人に送るとともに、
その彼と生きている実感を共に分かち合いたいと思います。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.4kg 血圧:上159 下112
今年の成人の日の雑感として玉下さんが、
当日のサントリーの新聞広告で
“君たちがうつむき加減のこの国を変え欲しい”と語った伊集院さんのメッセージを取り上げていた。
『贈る言葉』はその伊集院さんの2000年からの成人の日、
新社会人の入社の日に掲載されたメッセージの集大成を書籍化したもの。


君の胸の中に一本の木はあるか
ではじまるこの本は、20才になった、また新社会人になった若者への10年におよぶメッセージではあるが、
50を過ぎた我々1960+世代にも新鮮なメッセージとして受け止められる。
考えてみれば、成人も、社会人もその日からずっとあたりまえに続いていることだ。
その日から30数年が経った今も、この社会で生きている、社会人そのものだ。
例えば、2011年の成人の日に掲載されたメッセージは
風の中に立ちなさい。 と題して、
(前半省略)
まずは、ケータイをおきなさい。インターネットを閉じなさい。テレビを消しなさい。
パスポートを取得して、一番安い乗り物ですぐに日本を発ちなさい。
目的地は?どこだっていい。
この国以外の風の中に立ちなさい。
世界を自分の目から見ることをはじめなさい。
そこにはきみがインターネットやテレビで見たものとまったく違う世界がある。
目でみたすべてをどんどん身体の中に入れなさい。
そこに生きる人が何を食べ、何を見つめ、何を喜び、何のために汗をかき、なぜ泣いているかを見なさい。
ともに食べ、ともに笑い泣きなさい。それだけで十分だ。でもラクな日々ではないぞ。
苦しい中にこそ本物はあるんだ。
やがて帰る日が来た時、君は半分、大人になっている。
その時こそ、本当の大人への祝杯を挙げよう。
実はこの『贈る言葉』の本にはエピソードがあるようだ。
昨年の年の瀬に、伊集院さんは友人を亡くされている。
その友人の方は、高校からの同級生、自慢の友人で、自身の故郷で印刷会社を経営されていた。
その方が生前、余命3ヶ月との宣告を受けられた頃、
伊集院さんとの電話の会話で、思い残すことはないかの問いに、
死ぬ前に友人である伊集院さんの本を出版したいと言われたそうだ。
そんな経緯もあって、昨年この本が世に出たということらしい。
(この本の最後に企画プロデュース大村俊夫 印刷所大村印刷株式会社とある。)
伊集院さんにとって、この『贈る言葉』はまた、この友人の方への贈る言葉だったに違いない。
そんな伊集院さんが以下のメッセージもまた発してる。
人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きてる。
なんとも1960+世代とって、響く言葉だ。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.6kg 血圧:上146 下104
当日のサントリーの新聞広告で
“君たちがうつむき加減のこの国を変え欲しい”と語った伊集院さんのメッセージを取り上げていた。
『贈る言葉』はその伊集院さんの2000年からの成人の日、
新社会人の入社の日に掲載されたメッセージの集大成を書籍化したもの。
君の胸の中に一本の木はあるか
ではじまるこの本は、20才になった、また新社会人になった若者への10年におよぶメッセージではあるが、
50を過ぎた我々1960+世代にも新鮮なメッセージとして受け止められる。
考えてみれば、成人も、社会人もその日からずっとあたりまえに続いていることだ。
その日から30数年が経った今も、この社会で生きている、社会人そのものだ。
例えば、2011年の成人の日に掲載されたメッセージは
風の中に立ちなさい。 と題して、
(前半省略)
まずは、ケータイをおきなさい。インターネットを閉じなさい。テレビを消しなさい。
パスポートを取得して、一番安い乗り物ですぐに日本を発ちなさい。
目的地は?どこだっていい。
この国以外の風の中に立ちなさい。
世界を自分の目から見ることをはじめなさい。
そこにはきみがインターネットやテレビで見たものとまったく違う世界がある。
目でみたすべてをどんどん身体の中に入れなさい。
そこに生きる人が何を食べ、何を見つめ、何を喜び、何のために汗をかき、なぜ泣いているかを見なさい。
ともに食べ、ともに笑い泣きなさい。それだけで十分だ。でもラクな日々ではないぞ。
苦しい中にこそ本物はあるんだ。
やがて帰る日が来た時、君は半分、大人になっている。
その時こそ、本当の大人への祝杯を挙げよう。
実はこの『贈る言葉』の本にはエピソードがあるようだ。
昨年の年の瀬に、伊集院さんは友人を亡くされている。
その友人の方は、高校からの同級生、自慢の友人で、自身の故郷で印刷会社を経営されていた。
その方が生前、余命3ヶ月との宣告を受けられた頃、
伊集院さんとの電話の会話で、思い残すことはないかの問いに、
死ぬ前に友人である伊集院さんの本を出版したいと言われたそうだ。
そんな経緯もあって、昨年この本が世に出たということらしい。
(この本の最後に企画プロデュース大村俊夫 印刷所大村印刷株式会社とある。)
伊集院さんにとって、この『贈る言葉』はまた、この友人の方への贈る言葉だったに違いない。
そんな伊集院さんが以下のメッセージもまた発してる。
人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きてる。
なんとも1960+世代とって、響く言葉だ。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.6kg 血圧:上146 下104
1月19日・20日は、大学入試センター試験。
我が家の娘も、57万3000人を超える今年の受験者のひとり。
新聞の記事にもあったが、共通一次の時代から雪が降ることが多いらしい。
1週間前だったら、あの大雪でさぞや混乱していただろうと思うと、今年の快晴はありがたい。
共通一次は1979年から開始されたので、1960+世代の大学入試はちょうどその境目あたりかな。
僕も受験をしたが、記憶に残っているのは
周囲がマークシート式で本当の学力がわかるか!とか、大学が不当に序列化されてしまうのはイカンなど
試験そのもの良し悪し、賛否で騒がしかったこと。
1976年11月19日付読売新聞朝刊
でも受験生としてはそんなことは関係ない。
実施されるから受けるしかないもんねーというところだったのだ。
いまセンター試験として改良が重ねられてるし、
国公立だけでなく私立大学にもその試験結果の活用が拡がっているから
国を挙げての試験といってもいいかもしれないが、
センター試験のニュースに触れるたびに思い出すのが、中国で行われていた「科挙」だ。
浅田次郎『蒼穹の昴』。


初めて読んだ浅田作品が『蒼穹の昴』だった。
貧しさから自ら宦官となる春児と、その義兄の梁文秀の話。
梁文秀は「科挙」を首席で合格し、進士となって官僚制度を上りつめていく。
西太后に仕える宦官 春児と、滅びゆく清朝の皇帝派に属する高級官僚 梁文秀は、敵味方となって・・・
泣かせの次郎と言われる浅田次郎の真骨頂。僕も通勤電車の中で困ったものだった。
この本で「科挙」がまさに国を挙げての試験で、
官僚になるためには必ず通らなければならない登竜門だったことを知った。
出題範囲は学問一般だが、当時の学問は政治・社会・文化という広範囲だったらしい。
梁文秀は、主席。学識は広く文化にまでおよび、人格も秀逸。
いわゆる選良の中の選良。
『蒼穹の昴』を読むほどに、こういう人が日本の政治家や官僚だったらと・・・
受験生の皆さん、決して選良になれとは言わないが、
大学生活を楽しく、有意義に過ごすため、これから2か月ほどの試験期間、
がんばってくださいね。
・・・ここまで書いたところで、センター試験初日を終えた娘を迎えに行ってきた。(今日は19日)
結果は問うまい。なるようななるさ。
父は、もっとテキトーな受験生だったし、もちろん選良でもないから(笑)
wrote by 1961_TM
我が家の娘も、57万3000人を超える今年の受験者のひとり。
新聞の記事にもあったが、共通一次の時代から雪が降ることが多いらしい。
1週間前だったら、あの大雪でさぞや混乱していただろうと思うと、今年の快晴はありがたい。
共通一次は1979年から開始されたので、1960+世代の大学入試はちょうどその境目あたりかな。
僕も受験をしたが、記憶に残っているのは
周囲がマークシート式で本当の学力がわかるか!とか、大学が不当に序列化されてしまうのはイカンなど
試験そのもの良し悪し、賛否で騒がしかったこと。
1976年11月19日付読売新聞朝刊でも受験生としてはそんなことは関係ない。
実施されるから受けるしかないもんねーというところだったのだ。
いまセンター試験として改良が重ねられてるし、
国公立だけでなく私立大学にもその試験結果の活用が拡がっているから
国を挙げての試験といってもいいかもしれないが、
センター試験のニュースに触れるたびに思い出すのが、中国で行われていた「科挙」だ。
浅田次郎『蒼穹の昴』。
初めて読んだ浅田作品が『蒼穹の昴』だった。
貧しさから自ら宦官となる春児と、その義兄の梁文秀の話。
梁文秀は「科挙」を首席で合格し、進士となって官僚制度を上りつめていく。
西太后に仕える宦官 春児と、滅びゆく清朝の皇帝派に属する高級官僚 梁文秀は、敵味方となって・・・
泣かせの次郎と言われる浅田次郎の真骨頂。僕も通勤電車の中で困ったものだった。
この本で「科挙」がまさに国を挙げての試験で、
官僚になるためには必ず通らなければならない登竜門だったことを知った。
出題範囲は学問一般だが、当時の学問は政治・社会・文化という広範囲だったらしい。
梁文秀は、主席。学識は広く文化にまでおよび、人格も秀逸。
いわゆる選良の中の選良。
『蒼穹の昴』を読むほどに、こういう人が日本の政治家や官僚だったらと・・・
受験生の皆さん、決して選良になれとは言わないが、
大学生活を楽しく、有意義に過ごすため、これから2か月ほどの試験期間、
がんばってくださいね。
・・・ここまで書いたところで、センター試験初日を終えた娘を迎えに行ってきた。(今日は19日)
結果は問うまい。なるようななるさ。
父は、もっとテキトーな受験生だったし、もちろん選良でもないから(笑)
wrote by 1961_TM
同僚から聞いた実話。
久しぶりに取引先と会った席で…。
「あれ、足の具合がお悪いんですか?」
「え~、僕のFacebookを読んでないんですか? 先日、捻挫をしたって書いたじゃないですか!」
おいおい、FaceBookのアカウントを持っているからと言って、
アナタの友達申請を受けたからと言って、
アナタの書き込みをつぶさに読んでいると勘違いすんなよ!
でもTwitterでもmixiでも、こういうケースがあります。
SNSの普及で誰でも様々な情報を発信出来る。
自分の日常(何を食べた、何処へ行った、滑った転んだも含めて)を、
自分の好きなタイミングで好きな表現で発信できる。
でもこういう書き込みをする本来の動機は、
以前、1961_TMさんがこの1960+のブログで書いたように、
“僕は此処にいるよ”というメッセージの発信だと思う。
単に自分の備忘録なら、わざわざSocial=社会へ発信する必要はない。
手帳や日記に手書きで記すか、自分のPCのHDに記録しておけばよい。
従って書き込む内容で“自分はこういう生活をしてる”とか、
“自分はこういう人間である”というイメージ付けをしたいのだと思う。
先日、新聞の社会面に
“SNSで職場でのつきあい方に悩む人が目立っている”
という記事が掲載されていた。
先に述べたような「書いたけど、読んでくれてないの?」とか、
上司や取引先からの友達申請を求められるとか、
同席をしていた飲み会の写真を勝手にアップされたとか、
(その人はその飲み会に出るために他の予定を断っている)
まぁ、様々なケースが紹介されていた。
中にはその結果、本来は自由に投稿できる自身の“ウォール”へ、
特定の誰かが読む事を前提として本心とは違う事を書いたり、
上司や取引先の日記を “業務”と感じながら読んでいたり…。
(当然、“いいね”をクリックしなければならない!)
ソフト開発会社のジャストシステムがFacebook利用者900人に調査したところ、
上司や先輩などからの友達申請は「受けざるを得ない」という回答が31%だった。
ここまで来ると、明らかにパワーハラスメントに類すると思うが、
残念ながら上司や取引先の方にはその意識は希薄である。
SNSとは“ソーシャル・ネットワーキング・システム”。
社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスの事である。
まさに“社会”で起きている様々な事象が、デジタルの世界でも同様に起きる。
少なくとも我々1960+世代が若い頃には、
“ハラスメント”という現象はあても、言葉は一般的でなかった。
(ついでに“花粉症”も“アトピー”も言葉としては一般的でなかった)
それが“セクハラ”だの“パワハラ”だのと一般化して、
とうとうデジタルの時代にまた“ソーハラ”なる言葉が一般化されるのだろうか?
wrote by 玉下奴郎
久しぶりに取引先と会った席で…。
「あれ、足の具合がお悪いんですか?」
「え~、僕のFacebookを読んでないんですか? 先日、捻挫をしたって書いたじゃないですか!」
おいおい、FaceBookのアカウントを持っているからと言って、
アナタの友達申請を受けたからと言って、
アナタの書き込みをつぶさに読んでいると勘違いすんなよ!
でもTwitterでもmixiでも、こういうケースがあります。
SNSの普及で誰でも様々な情報を発信出来る。
自分の日常(何を食べた、何処へ行った、滑った転んだも含めて)を、
自分の好きなタイミングで好きな表現で発信できる。
でもこういう書き込みをする本来の動機は、
以前、1961_TMさんがこの1960+のブログで書いたように、
“僕は此処にいるよ”というメッセージの発信だと思う。
単に自分の備忘録なら、わざわざSocial=社会へ発信する必要はない。
手帳や日記に手書きで記すか、自分のPCのHDに記録しておけばよい。
従って書き込む内容で“自分はこういう生活をしてる”とか、
“自分はこういう人間である”というイメージ付けをしたいのだと思う。
先日、新聞の社会面に
“SNSで職場でのつきあい方に悩む人が目立っている”
という記事が掲載されていた。
先に述べたような「書いたけど、読んでくれてないの?」とか、
上司や取引先からの友達申請を求められるとか、
同席をしていた飲み会の写真を勝手にアップされたとか、
(その人はその飲み会に出るために他の予定を断っている)
まぁ、様々なケースが紹介されていた。
中にはその結果、本来は自由に投稿できる自身の“ウォール”へ、
特定の誰かが読む事を前提として本心とは違う事を書いたり、
上司や取引先の日記を “業務”と感じながら読んでいたり…。
(当然、“いいね”をクリックしなければならない!)
ソフト開発会社のジャストシステムがFacebook利用者900人に調査したところ、
上司や先輩などからの友達申請は「受けざるを得ない」という回答が31%だった。
ここまで来ると、明らかにパワーハラスメントに類すると思うが、
残念ながら上司や取引先の方にはその意識は希薄である。
SNSとは“ソーシャル・ネットワーキング・システム”。
社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスの事である。
まさに“社会”で起きている様々な事象が、デジタルの世界でも同様に起きる。
少なくとも我々1960+世代が若い頃には、
“ハラスメント”という現象はあても、言葉は一般的でなかった。
(ついでに“花粉症”も“アトピー”も言葉としては一般的でなかった)
それが“セクハラ”だの“パワハラ”だのと一般化して、
とうとうデジタルの時代にまた“ソーハラ”なる言葉が一般化されるのだろうか?
wrote by 玉下奴郎

タイトルを見て、んんんとにんまり微笑んだ人、うううと躊躇した方。
残念!どちらも違います!
アダルトグッズには間違ないですが、ものはアダルト健康グッズです。
オムロン自動血圧計HEM-6300F、まっ、手首式の血圧計。

前回、お伝えしましたが私の今年の目標は、体重改善・血圧改善。
高血圧症、目の悪化、メタボ・・・・この最悪健康状態の改善。
そのためにこのお正月に、この器具を購入しました。
実は血圧なんて今まで気にしたことがなかった。
健康診断でシャツを捲りぐいっと左腕を出して思いっきり圧力かかってきて・・・・・。
年に2回ほどのどーでもいい体験。
なので血圧計を自分が所有するなど、夢にも思わなかったわけで・・・。

手にした血圧計は想像を超えるものでした。
手に通してボタン一つで勝手に圧力がかかって測定するという優れもの。
なによりも大きさ・重量とデザイン。
SONYのウォークマンやCASIOのウォッチ、TANITAの万歩計にも近いその容姿。
いつでもどこでも手軽に測れる、その携帯性と簡易な操作性。(値段も手ごろな8000円弱。)
購入以来、周りに見せびらかして、まるでゲームのように血圧を測定させてます。
測って楽しい、診て楽しい。みんなで楽しめる、みんなで盛り上がる。
まさに1960+世代の「大人のおもちゃ」。
この商品自体は「血圧の気になる方」への毎日気軽に測れるプライベートな商品として開発されているんだろうけど、
こうしてみんなで互いの血圧を見せ合うことで、
健康改善のモチベーションが上がるような気がします。(すくなくとも自分はそうです。)
1960+世代の頭の中の
「大人のおもちゃ」=アダルトグッズが、
「大人のおもちゃ」=アダルト健康グッズとなるとよいですね。
新たなカテゴリー、新・大人のおもちゃ とか。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.3kg 血圧:上167 下123
残念!どちらも違います!
アダルトグッズには間違ないですが、ものはアダルト健康グッズです。
オムロン自動血圧計HEM-6300F、まっ、手首式の血圧計。

前回、お伝えしましたが私の今年の目標は、体重改善・血圧改善。
高血圧症、目の悪化、メタボ・・・・この最悪健康状態の改善。
そのためにこのお正月に、この器具を購入しました。
実は血圧なんて今まで気にしたことがなかった。
健康診断でシャツを捲りぐいっと左腕を出して思いっきり圧力かかってきて・・・・・。
年に2回ほどのどーでもいい体験。
なので血圧計を自分が所有するなど、夢にも思わなかったわけで・・・。

手にした血圧計は想像を超えるものでした。
手に通してボタン一つで勝手に圧力がかかって測定するという優れもの。
なによりも大きさ・重量とデザイン。
SONYのウォークマンやCASIOのウォッチ、TANITAの万歩計にも近いその容姿。
いつでもどこでも手軽に測れる、その携帯性と簡易な操作性。(値段も手ごろな8000円弱。)
購入以来、周りに見せびらかして、まるでゲームのように血圧を測定させてます。
測って楽しい、診て楽しい。みんなで楽しめる、みんなで盛り上がる。
まさに1960+世代の「大人のおもちゃ」。
この商品自体は「血圧の気になる方」への毎日気軽に測れるプライベートな商品として開発されているんだろうけど、
こうしてみんなで互いの血圧を見せ合うことで、
健康改善のモチベーションが上がるような気がします。(すくなくとも自分はそうです。)
1960+世代の頭の中の
「大人のおもちゃ」=アダルトグッズが、
「大人のおもちゃ」=アダルト健康グッズとなるとよいですね。
新たなカテゴリー、新・大人のおもちゃ とか。
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.3kg 血圧:上167 下123
日付にまつわるエントリー記事が続いた・・・
で、今日は1月17日。僕も追随する。
能天気な僕は、いすゞの117クーペをすぐさま連想する。
・・・・画像がないと思ったら、さすがYouTube。ありました。
117クーペの発売は1968年。
トヨタ 2000GTを筆頭に、マツダ コスモスポーツ、日産 フェアレディ、トヨタ セリカなどなど、
70年代を代表する2ドアクーペが続々と誕生し、日本のモータリゼーションを牽引していた。
僕たち1960+世代は小学生。
ラグジュアリークーペ、スポーツクーペなるカテゴリー名すら知らなかったが、
この117クーペの異質さはいまも強く印象に残っている。
後年、このデザインが、イタリアの名門カロッツェリア・ギアに依頼され、
かのジウジアーロが担当したことを知った。
欧米に憧れ、なかでもアメリカの影響が強かったといわれる当時のカーデザインの中、
117クーペが異彩を放っていた理由に納得したものだった。
総生産台数は決して多くはなかったが、発売から10年間、1台も廃車が出なかったという。
「少し愛して、長~く愛して」
大原麗子サントリー レッドのCMに思考が飛ぶのは僕だけ?
自動車後進国だった日本はいまや世界のトップクラス。
ハイブリッドなどのハイテクノロジーだけでは
117クーペのように長く愛され、印象に残る日本車は生まれないのかもしれない。
最後に、1月17日は、阪神・淡路大震災が発生した日。
1995年から18年間も経ったのか・・・
117は、忘れてはならない日付でもある。
wrote by 1961_TM
で、今日は1月17日。僕も追随する。
能天気な僕は、いすゞの117クーペをすぐさま連想する。
・・・・画像がないと思ったら、さすがYouTube。ありました。
117クーペの発売は1968年。
トヨタ 2000GTを筆頭に、マツダ コスモスポーツ、日産 フェアレディ、トヨタ セリカなどなど、
70年代を代表する2ドアクーペが続々と誕生し、日本のモータリゼーションを牽引していた。
僕たち1960+世代は小学生。
ラグジュアリークーペ、スポーツクーペなるカテゴリー名すら知らなかったが、
この117クーペの異質さはいまも強く印象に残っている。
後年、このデザインが、イタリアの名門カロッツェリア・ギアに依頼され、
かのジウジアーロが担当したことを知った。
欧米に憧れ、なかでもアメリカの影響が強かったといわれる当時のカーデザインの中、
117クーペが異彩を放っていた理由に納得したものだった。
総生産台数は決して多くはなかったが、発売から10年間、1台も廃車が出なかったという。
「少し愛して、長~く愛して」
大原麗子サントリー レッドのCMに思考が飛ぶのは僕だけ?
自動車後進国だった日本はいまや世界のトップクラス。
ハイブリッドなどのハイテクノロジーだけでは
117クーペのように長く愛され、印象に残る日本車は生まれないのかもしれない。
最後に、1月17日は、阪神・淡路大震災が発生した日。
1995年から18年間も経ったのか・・・
117は、忘れてはならない日付でもある。
wrote by 1961_TM