玉下さんの【体罰。“叱る”と“怒る”…。】を受けて。
僕も1960+世代。
玉下さんが言うとおり「“体罰”的な指導を受けた経験」はある。いっぱいある。
この問題を考えるとき、やはり「言葉」・・・特に報道におれる言葉について考えてしまう。
おそらくは「体罰」は流行語のように定着していくだろうと思う。
同様な言葉としては、「フリーター」「ニート」「●●症候群(シンドローム)」「いじめ」などなど。
なかでも「いじめ」が一番わかりやすいかな?
僕らの小学生からの学生生活で「いじめる」という動詞はあったけど
「いじめ」という名詞はなかった。
「あの学校にいじめが存在した」なんて表現はなかったもの。
僕はここで「体罰」の是非をここで書くつもりはない。
ただ、その言葉が名詞として、本来の意味から少し離れた新しい意味を持ってひとり歩きをした時、
その言葉は、ある行動や現象を具現化する。良きにつけ悪しきにつけ。
いま「いじめ」と「体罰」は、「自殺」と結びつく言葉として認識されている。
指導者はもちろん、すべての人がその招くかもしれない最悪の結果に怯えながら、
その事実に向き合わなければならなくなった。
いま「自殺」や「提訴」を招くかもしれない「体罰」があったか、なかったかが追求され、
その本質たる指導や教育が論じられなくなってしまうことが怖い。
一般企業で「パワーハラスメント」という言葉に怯える役職者も似ている。
無難に部下と付き合い、自分の失点だけを防ぐことだけに汲々としている中間管理職、いませんか?
僕が育った環境には、いまの言葉で言えば「いじめ」も「体罰」もあった。
社会人になって「パワーハラスメント」もあった。
ただ、それらが「自殺」に結びついてしまったことは、
少なくとも僕の周囲にはなかった。
wrote by 1961_TM
バスケ部の主将の自殺に端を発した最近の体罰問題。
そもそも体罰とはなんなんだろう?
玉下は高校と大学の部活で空手をやっていたので、先輩が後輩を殴る蹴るは当たり前だった。
でも恐らく空手部でなくても1960+世代で運動部に所属をしていれば、
多少なりとも“体罰”的な指導を受けた経験があると思う。
【体罰】肉体に直接苦痛を与える罰。
そう。体罰とは“罰”なのである。
では何に対しての“罰”なのか?
本来は指導である。つまり“教える”という行為に端を発する。
そしてそこに“叱る”という行動が生まれる。
出来ないから叱る。正しくないから叱る。
これは親子関係でも仕事関係でも同様だと思う。
この叱る手段としていきなり殴ったり蹴ったりはないだろう。
先ずは口頭で相手に叱っているという意思を伝える。
で、問題は此処からだ。
この“叱る”という行動の過程で、人間に“怒り”という感情が芽生えてくる場合がある。
「なんで出来ないんだ!」「なんでわからないんだ!」
この“怒り”という感情が体罰の元凶ではないだろうか?
誰でも多少は経験があると思うが、怒っているうちにアドレナリンが脳内に分泌されて、
怒りがエスカレートする場合がある。
怒っているうちに、どんどん怒りが増幅されるのである。
「なんで叱っているのに出来ないんだ!」
「なんで叱っているのに反省しないんだ!」
そして次第に“叱っている”行為に“怒り”が加わって、
ロジカルな指導やロジカルな叱りから逸脱し始める。
手が出る。足が出る。竹刀が唸る。
相撲部屋ではゴルフクラブが登場した事件も記憶に新しい。
度が過ぎると体罰が原因で怪我をするわけだから、その時点で指導ではなくなってしまう。
最近では連日のように体罰の実例が報道されているのに、
それでも新たな体罰が事件として明らかになる。
(先日の新聞記事にも、教師が生徒を平手打ちしたと出ていた)
こうなると指導者の品性や知的レベルが問われても仕方がない。
でも気になるのは、一連の報道で指導者が萎縮してしまう事だ。
少なくとも我々が若い頃にも体罰とかシゴキは存在していたけど、
それを理不尽に感じたことがなかったと記憶している…。
恐らく指導者とか上級生の品性とか知的レベルの問題なんだろうなぁ。
wrote by 玉下奴郎
あれ、でも「死んじまえ!」とか「やめちまえ!」てのも、
言葉の体罰だよなぁ。
そもそも体罰とはなんなんだろう?
玉下は高校と大学の部活で空手をやっていたので、先輩が後輩を殴る蹴るは当たり前だった。
でも恐らく空手部でなくても1960+世代で運動部に所属をしていれば、
多少なりとも“体罰”的な指導を受けた経験があると思う。
【体罰】肉体に直接苦痛を与える罰。
そう。体罰とは“罰”なのである。
では何に対しての“罰”なのか?
本来は指導である。つまり“教える”という行為に端を発する。
そしてそこに“叱る”という行動が生まれる。
出来ないから叱る。正しくないから叱る。
これは親子関係でも仕事関係でも同様だと思う。
この叱る手段としていきなり殴ったり蹴ったりはないだろう。
先ずは口頭で相手に叱っているという意思を伝える。
で、問題は此処からだ。
この“叱る”という行動の過程で、人間に“怒り”という感情が芽生えてくる場合がある。
「なんで出来ないんだ!」「なんでわからないんだ!」
この“怒り”という感情が体罰の元凶ではないだろうか?
誰でも多少は経験があると思うが、怒っているうちにアドレナリンが脳内に分泌されて、
怒りがエスカレートする場合がある。
怒っているうちに、どんどん怒りが増幅されるのである。
「なんで叱っているのに出来ないんだ!」
「なんで叱っているのに反省しないんだ!」
そして次第に“叱っている”行為に“怒り”が加わって、
ロジカルな指導やロジカルな叱りから逸脱し始める。
手が出る。足が出る。竹刀が唸る。
相撲部屋ではゴルフクラブが登場した事件も記憶に新しい。
度が過ぎると体罰が原因で怪我をするわけだから、その時点で指導ではなくなってしまう。
最近では連日のように体罰の実例が報道されているのに、
それでも新たな体罰が事件として明らかになる。
(先日の新聞記事にも、教師が生徒を平手打ちしたと出ていた)
こうなると指導者の品性や知的レベルが問われても仕方がない。
でも気になるのは、一連の報道で指導者が萎縮してしまう事だ。
少なくとも我々が若い頃にも体罰とかシゴキは存在していたけど、
それを理不尽に感じたことがなかったと記憶している…。
恐らく指導者とか上級生の品性とか知的レベルの問題なんだろうなぁ。
wrote by 玉下奴郎
あれ、でも「死んじまえ!」とか「やめちまえ!」てのも、
言葉の体罰だよなぁ。
遅くなりました。
ばたばたしている中、取り急ぎの筆休め。
--------- 肩書きで勝負しない男と、色気で勝負しない女がいいね。
サントリーのCMより。
--------- 人生ほど重いパンチはない。
ロッキー・ザ・ファイナル
--------- Let it be.
The Beatles
ではまた明日。
ばたばたしている中、取り急ぎの筆休め。
--------- 肩書きで勝負しない男と、色気で勝負しない女がいいね。
サントリーのCMより。
--------- 人生ほど重いパンチはない。
ロッキー・ザ・ファイナル
--------- Let it be.
The Beatles
ではまた明日。
新年早々大々的に始まった、キリンのどごし<生>の「のどごし 夢のドリーム」キャンペーン。
あなたの夢を叶えるということで、
今はプロレスラーになりたかったというサラリーマン寺島力さんが長州力と対戦するというもの。
CFもなかなかいいし、ユーチューブで見られる
約10分のドキュメンタリータッチのコンテンツはもっと面白い。
と広告のことは横に置いておいて。
夢のドリーム???? おいおい、これちょっと変じゃねえか?
高校の時、クラスのある子が「おれ、ずつーがいたくて、がっこうやすんだよー。」
と言った奴がいて
「おまえ、あほちゃうか!ずつーっちゅうのが、あたまいたくなることや、」
確かに、「頭痛が痛い」とは言わんだろ。
「うまからおちて、らくばした。」もこれまた「馬から落ちて落馬した。」と漢字にすればすぐ判る。
で、話は戻って「夢のドリーム」。これって「夢の夢」?
なんかおかしくねえか?
とうことで、実は、キリンビールお客様相談室に電話してみた。
「あのーテレビや交通広告でみる、のどごし生の広告、夢のドリームってなんか変じゃないですか?」
「はぁっ、いかがしましたか?」とおばちゃんらしき声。
「いやー、ゆめのどりーむってへんじゃないですか?おなじいみをならべてませんか?」
「あっ、それはですね、ゆめということをきょうちょうするためのあそびごころでして・・・
ぶんしょうてきにはすこしへんでしょうが・・・」
「それがせかいになだたる、キリンさんのこたえですか?」
「はい、そうです。」
「わかりました、ありがとうございました。」
とまあ、こんなやりとりの会話で。
応対した方が悪いわけではないけど、
なんか電話の向こうに用意されたQ&Aにあわせて回答してる感じでこれ以上話をしても・・・な感じだった。
もちろん、この広告は、マーケティング担当、広告担当、
そして広告代理店の綿密なプロセスの上、こうして世の中に出ていることと思う。
だから「夢のドリーム」の変さはわかっている上での、
まあ「夢の夢というくらいすごい夢」というような意味合い世にでているんだろうけど。
それにしてはなんともチープで偏差値が低い気がする。
そのへんの存在感のない会社がなんとか面白い言い回しで埋もれないように目立つんだ!
というのなら
まだ納得もするけど、キリンは日本を代表する世界に名だたるグローバル企業なんだぜ。
顧客は世界中に人々でしょ?
せっかくコンテンツはとてもおもしろいだけに、残念!
なら、いっそもっと変に「ドリームの夢」とでも言ってほしいな。
※「夢のドリーム」と書かれているが、TVCMでは一切声(音)に出していない。
声にだして「ゆめのどりーむ」と言ってみると、その変さが倍増します。
みなさん、ぜひ声に出して試してみてください。(笑)
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上158 下108
あなたの夢を叶えるということで、
今はプロレスラーになりたかったというサラリーマン寺島力さんが長州力と対戦するというもの。
CFもなかなかいいし、ユーチューブで見られる
約10分のドキュメンタリータッチのコンテンツはもっと面白い。
と広告のことは横に置いておいて。
夢のドリーム???? おいおい、これちょっと変じゃねえか?
高校の時、クラスのある子が「おれ、ずつーがいたくて、がっこうやすんだよー。」
と言った奴がいて
「おまえ、あほちゃうか!ずつーっちゅうのが、あたまいたくなることや、」
確かに、「頭痛が痛い」とは言わんだろ。
「うまからおちて、らくばした。」もこれまた「馬から落ちて落馬した。」と漢字にすればすぐ判る。
で、話は戻って「夢のドリーム」。これって「夢の夢」?
なんかおかしくねえか?
とうことで、実は、キリンビールお客様相談室に電話してみた。
「あのーテレビや交通広告でみる、のどごし生の広告、夢のドリームってなんか変じゃないですか?」
「はぁっ、いかがしましたか?」とおばちゃんらしき声。
「いやー、ゆめのどりーむってへんじゃないですか?おなじいみをならべてませんか?」
「あっ、それはですね、ゆめということをきょうちょうするためのあそびごころでして・・・
ぶんしょうてきにはすこしへんでしょうが・・・」
「それがせかいになだたる、キリンさんのこたえですか?」
「はい、そうです。」
「わかりました、ありがとうございました。」
とまあ、こんなやりとりの会話で。
応対した方が悪いわけではないけど、
なんか電話の向こうに用意されたQ&Aにあわせて回答してる感じでこれ以上話をしても・・・な感じだった。
もちろん、この広告は、マーケティング担当、広告担当、
そして広告代理店の綿密なプロセスの上、こうして世の中に出ていることと思う。
だから「夢のドリーム」の変さはわかっている上での、
まあ「夢の夢というくらいすごい夢」というような意味合い世にでているんだろうけど。
それにしてはなんともチープで偏差値が低い気がする。
そのへんの存在感のない会社がなんとか面白い言い回しで埋もれないように目立つんだ!
というのなら
まだ納得もするけど、キリンは日本を代表する世界に名だたるグローバル企業なんだぜ。
顧客は世界中に人々でしょ?
せっかくコンテンツはとてもおもしろいだけに、残念!
なら、いっそもっと変に「ドリームの夢」とでも言ってほしいな。
※「夢のドリーム」と書かれているが、TVCMでは一切声(音)に出していない。
声にだして「ゆめのどりーむ」と言ってみると、その変さが倍増します。
みなさん、ぜひ声に出して試してみてください。(笑)
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上158 下108
この画像を観て、何かお気付きのこと、ありますか?

①マイルドセブンが名称を「メビウス」に変更。
「JTブランド 新・グローバル成長戦略」のもと、マイルドセブンをもっと売りたい!
しかし「マイルド」という表現が、煙草の有害性が低いのでは、という誤解を招くと反発され、
35年も続いたブランド名を捨てることになったのだ。
「メビウス」は2013年2月から。
待て待て、なんでいまその「メビウス」が、1961_TMのところにあるのだ? (この原稿は1月末に書いた)
もしや、JTの社員か、関係者か? TMのTはタバコのTか?
②タバコ箱の側面の「SAMPLE」シール。
「SAMPLE」シールに気が付いたあなたは、えらい! 鋭い!
実はこの「メビウス」、JTからのプレゼント、いや試供品なのだ。
僕がいま吸っているのは、マイルドセブンのDスペック。

煙が少ない、臭いが少ない。
加齢臭に怯える1960+世代愛煙家の痛いところを突く謳い文句にコロリとなって洋モクから鞍替えした際に
キャンペーンか何かで応募して、「JTスモーカーズID」というのを取得することになった。
つまり会員登録みたいなものだったのね。
以来、たまに新商品やDスペックそのものが自宅に送られてくるようになり、
「SAMPLE」シールが貼り付けられたメビウスもそれだったのだ。
僕としては、値上がり続きの折り、ありがたい。新商品は珍しいから、面白い。
しかし周囲からは、
「なんでおまえだけ」
「ポストに入れて行くだけだから子供が取ったらどうするの」
「たばこを止めさせない陰謀だ」
などと、すこぶる評判はよろしくない。
僕としては、上記の通り、ありがたいし、面白いだけなんだけどね。
「JTスモーカーズID」取得者が何人いるのかは知らないが、
JTが、相当な費用をかけて喫煙者の保護(?)、つまり禁煙阻止をしているか。その一端がわかるでしょ?
禁煙推進派の方々、このエントリーを読んで、怒っちゃだめですよ。
このエントリーのカテゴリー、「健康」にするのを躊躇ったけど、まぁいいや。
wrote by 1961_TM

①マイルドセブンが名称を「メビウス」に変更。
「JTブランド 新・グローバル成長戦略」のもと、マイルドセブンをもっと売りたい!
しかし「マイルド」という表現が、煙草の有害性が低いのでは、という誤解を招くと反発され、
35年も続いたブランド名を捨てることになったのだ。
「メビウス」は2013年2月から。
待て待て、なんでいまその「メビウス」が、1961_TMのところにあるのだ? (この原稿は1月末に書いた)
もしや、JTの社員か、関係者か? TMのTはタバコのTか?
②タバコ箱の側面の「SAMPLE」シール。
「SAMPLE」シールに気が付いたあなたは、えらい! 鋭い!
実はこの「メビウス」、JTからのプレゼント、いや試供品なのだ。
僕がいま吸っているのは、マイルドセブンのDスペック。

煙が少ない、臭いが少ない。
加齢臭に怯える1960+世代愛煙家の痛いところを突く謳い文句にコロリとなって洋モクから鞍替えした際に
キャンペーンか何かで応募して、「JTスモーカーズID」というのを取得することになった。
つまり会員登録みたいなものだったのね。
以来、たまに新商品やDスペックそのものが自宅に送られてくるようになり、
「SAMPLE」シールが貼り付けられたメビウスもそれだったのだ。
僕としては、値上がり続きの折り、ありがたい。新商品は珍しいから、面白い。
しかし周囲からは、
「なんでおまえだけ」
「ポストに入れて行くだけだから子供が取ったらどうするの」
「たばこを止めさせない陰謀だ」
などと、すこぶる評判はよろしくない。
僕としては、上記の通り、ありがたいし、面白いだけなんだけどね。
「JTスモーカーズID」取得者が何人いるのかは知らないが、
JTが、相当な費用をかけて喫煙者の保護(?)、つまり禁煙阻止をしているか。その一端がわかるでしょ?
禁煙推進派の方々、このエントリーを読んで、怒っちゃだめですよ。
このエントリーのカテゴリー、「健康」にするのを躊躇ったけど、まぁいいや。
wrote by 1961_TM
くれない。
紅?
暮れない?
いや、ズバリ“くれない”です。
(1960+世代的には「暮れない族」なんてのもありましたが…)
人と人が接していると、それが親兄弟や夫婦であっても仕事の同僚であっても、
ちょっとした感情の行き違いが生じる時がある。
関係性が濃ければ濃いほど、その頻度は必然的に高くなる。
「こっちがこう思っているのに、相手は気づいてくれない」
「理解してくれない」「感謝してくれない」
もっと即物的だと「挨拶をしてくれない」とか「指示を守ってくれない」とか、
とにかく感情の行き違いが生じた時に心の中で思うのが、様々な“くれない”という気持ち。
聖人君子ではないので、この気持ちに戸は立てられない。
そういう時にどうすれば良いか?
吐き出すことである。
我慢をしない。感情を押し殺さない。
で、次に大切なのは吐き出したあとでちょっと視点を変えることだと思う。
これは経験則なんですが…。
先日、帰宅途上の私鉄で終電間近に人身事故が起きて帰宅時間が1時間以上遅れた。
ホームには人が溢れ、何人かの酔客は駅員に詰めよっている。
中にはホームで誰にともなく文句を怒鳴っている輩もいた。
※写真はイメージです。
そりゃそうだ。
電車は時間通りに運行するのが当たり前。
それが深夜の人身事故で何時に復旧するかの目処すら駅員は乗客に伝えられない。
玉下も「嗚呼、睡眠時間が減るじゃん」とか
「明日は早い時間に起きなきゃいけないのに」とか考えちゃいました。
でも酔客を相手にしている駅員を見て思ったのが、人身事故に遭った人はどうしてるんだろう…。
現場で対応している人たちは堪らないだろう…。
なんてことだったんです。
(玉下も酩酊をしていたから呑気だったかもしれないけど)
仕事上でもこっちが相手にイラっとしている時は、
相手も同じ状況を反対側から捉えてイラっとしている時がある。
こっちが“くれない”と思っている時に、
相手も“くれない”と思っている時がある。
あれ? 原因は俺にあるの?
そう考えたときに、少しだけ“イラっ”の収まり所が変わる。
だって原因はこっちに“も”あるのだから。
冒頭に“関係性が濃ければ濃いほど”と書いたが、此処は大切なポイントだと思う。
関係性が濃くなければ視点を変えずに“イラっ”のままで構わない時もあるから。
でも自然に視点を変えて、なんで“くれない”のかを振り返ると、
なんだかより関係性が濃く出来る気がする。
mmm、まだ少し酩酊状態なのか…。
wrote by 玉下奴郎
紅?
暮れない?
いや、ズバリ“くれない”です。
(1960+世代的には「暮れない族」なんてのもありましたが…)
人と人が接していると、それが親兄弟や夫婦であっても仕事の同僚であっても、
ちょっとした感情の行き違いが生じる時がある。
関係性が濃ければ濃いほど、その頻度は必然的に高くなる。
「こっちがこう思っているのに、相手は気づいてくれない」
「理解してくれない」「感謝してくれない」
もっと即物的だと「挨拶をしてくれない」とか「指示を守ってくれない」とか、
とにかく感情の行き違いが生じた時に心の中で思うのが、様々な“くれない”という気持ち。
聖人君子ではないので、この気持ちに戸は立てられない。
そういう時にどうすれば良いか?
吐き出すことである。
我慢をしない。感情を押し殺さない。
で、次に大切なのは吐き出したあとでちょっと視点を変えることだと思う。
これは経験則なんですが…。
先日、帰宅途上の私鉄で終電間近に人身事故が起きて帰宅時間が1時間以上遅れた。
ホームには人が溢れ、何人かの酔客は駅員に詰めよっている。
中にはホームで誰にともなく文句を怒鳴っている輩もいた。
※写真はイメージです。そりゃそうだ。
電車は時間通りに運行するのが当たり前。
それが深夜の人身事故で何時に復旧するかの目処すら駅員は乗客に伝えられない。
玉下も「嗚呼、睡眠時間が減るじゃん」とか
「明日は早い時間に起きなきゃいけないのに」とか考えちゃいました。
でも酔客を相手にしている駅員を見て思ったのが、人身事故に遭った人はどうしてるんだろう…。
現場で対応している人たちは堪らないだろう…。
なんてことだったんです。
(玉下も酩酊をしていたから呑気だったかもしれないけど)
仕事上でもこっちが相手にイラっとしている時は、
相手も同じ状況を反対側から捉えてイラっとしている時がある。
こっちが“くれない”と思っている時に、
相手も“くれない”と思っている時がある。
あれ? 原因は俺にあるの?
そう考えたときに、少しだけ“イラっ”の収まり所が変わる。
だって原因はこっちに“も”あるのだから。
冒頭に“関係性が濃ければ濃いほど”と書いたが、此処は大切なポイントだと思う。
関係性が濃くなければ視点を変えずに“イラっ”のままで構わない時もあるから。
でも自然に視点を変えて、なんで“くれない”のかを振り返ると、
なんだかより関係性が濃く出来る気がする。
mmm、まだ少し酩酊状態なのか…。
wrote by 玉下奴郎
先日の「言葉の本質」の続き。
その観点で広告を眺めると、そのメーカーや商品の本質が見えてくる。
もっともわかりやすいのが、新発売の洗剤。
「輝くような白さ!」
こんな広告表現、よくあるでしょ?
ということはつまり、前の洗剤では「輝くような白さ」にはならなかった、ということ。
ほんの先日まで、「驚きの白さ!」と言っていたから買っていたのに・・・
広告をよく見れば小さく「当社比」と書いてあったりする。
自ら前の商品が白くならなったと認めているとも読めないか?
僕は広告業界にも属しているから、このカラクリ、というか
担当者と代理店、制作会社の苦労(苦悩)が、よーくわかるから、
もちろん、そういうことを責めようとしているのではない。
一般消費者としては、広告をイメージとしてとらえずに、その表現をよくみてみると
メーカーが、前の商品の弱点をいかに克服して、商品力を高めたか、
さらに新しい付加価値を付けたかがわかるのだ。
例えば「白く洗い上げるだけでなく、いい香りが長続き」という広告表現に接したとする。
つまり白くする洗剤としての働きはそのままで、
「香り」という付加価値をつけた新商品ということ。
50円安くなっている前のモデルがあって、別に香りなんかいらないと思ったら前のモデルを買えばいいのだ。
最近の広告で、僕が拍手したいのが、
クラウンだけでなく、トヨタ全体の広告として使われている表現。
「トヨタは生まれ変わるのだ」という企業メッセージが強烈に伝わってくる。
この表現は、なかなか難しい。「新しくなる」という表現は簡単。
でも、「生まれ変わる」となると、自社のこれまでを否定しかねない。
でもトヨタはやった。たっぷり広告費をかけてやりまくっている。
なぜ、それができたのか。
僕の個人的な意見だけど、それは社長が豊田章男氏になって、落ち着いてきたからではないかと思っている。
第11代社長、豊田章男氏。言わずと知れた創業家。
8~9代社長を豊田家以外が務め、2009年、その頂点に豊田家嫡男が戻ってきたことは記憶に新しい。
(世襲はどうよとか、経営者としての手腕は?などと疑問視されてはいたけど)
企業というより「帝国」と呼ぶほうがふさわしいトヨタだからこそ、
現体制以外で「ReBORN」という表現はできない。
それをトヨタ側から言い出したのか、広告代理店から提案したのかは定かではないが、
どちらにせよ、広告屋の端くれとして、その勇気に拍手したい。
本当にReBORNになるのかどうかを、楽しみに見つめていこうと思う。
・・・「自民党をぶっ壊す」「マニフェストで政権交代」「日本を、取り戻す」・・・
こういう言葉は、どう読み取ればいいんでしょうね。
wrote by 1961_TM
その観点で広告を眺めると、そのメーカーや商品の本質が見えてくる。
もっともわかりやすいのが、新発売の洗剤。
「輝くような白さ!」
こんな広告表現、よくあるでしょ?
ということはつまり、前の洗剤では「輝くような白さ」にはならなかった、ということ。
ほんの先日まで、「驚きの白さ!」と言っていたから買っていたのに・・・
広告をよく見れば小さく「当社比」と書いてあったりする。
自ら前の商品が白くならなったと認めているとも読めないか?
僕は広告業界にも属しているから、このカラクリ、というか
担当者と代理店、制作会社の苦労(苦悩)が、よーくわかるから、
もちろん、そういうことを責めようとしているのではない。
一般消費者としては、広告をイメージとしてとらえずに、その表現をよくみてみると
メーカーが、前の商品の弱点をいかに克服して、商品力を高めたか、
さらに新しい付加価値を付けたかがわかるのだ。
例えば「白く洗い上げるだけでなく、いい香りが長続き」という広告表現に接したとする。
つまり白くする洗剤としての働きはそのままで、
「香り」という付加価値をつけた新商品ということ。
50円安くなっている前のモデルがあって、別に香りなんかいらないと思ったら前のモデルを買えばいいのだ。
最近の広告で、僕が拍手したいのが、

クラウンだけでなく、トヨタ全体の広告として使われている表現。
「トヨタは生まれ変わるのだ」という企業メッセージが強烈に伝わってくる。
この表現は、なかなか難しい。「新しくなる」という表現は簡単。
でも、「生まれ変わる」となると、自社のこれまでを否定しかねない。
でもトヨタはやった。たっぷり広告費をかけてやりまくっている。
なぜ、それができたのか。
僕の個人的な意見だけど、それは社長が豊田章男氏になって、落ち着いてきたからではないかと思っている。
第11代社長、豊田章男氏。言わずと知れた創業家。
8~9代社長を豊田家以外が務め、2009年、その頂点に豊田家嫡男が戻ってきたことは記憶に新しい。
(世襲はどうよとか、経営者としての手腕は?などと疑問視されてはいたけど)
企業というより「帝国」と呼ぶほうがふさわしいトヨタだからこそ、
現体制以外で「ReBORN」という表現はできない。
それをトヨタ側から言い出したのか、広告代理店から提案したのかは定かではないが、
どちらにせよ、広告屋の端くれとして、その勇気に拍手したい。
本当にReBORNになるのかどうかを、楽しみに見つめていこうと思う。
・・・「自民党をぶっ壊す」「マニフェストで政権交代」「日本を、取り戻す」・・・
こういう言葉は、どう読み取ればいいんでしょうね。
wrote by 1961_TM
正月早々220キロのマグロを1億5000万円で競り落とさたことがニュースとなった築地中央卸売市場。
東京に住み着いて30年、そういえば
この築地市場はその場内場外、朝の食事やランチ時に幾度となく世話になった。
築地は、東京のど真ん中で深夜(早朝?)の3時ごろから活気だっている独特のエリア。
若い頃は深夜残業の帰りに身体に悪いことなど百も承知で、がっつり食事をしてから帰宅したものだった。
そんな築地市場も2016年5月に豊洲に移転することが決定している。
(移転後は規模を縮小して築地新市場になるらしいけど。)
あと3年もすれば、この築地市場が無くなるんだ!
僕の20代30代の思い出の地のひとつだった築地市場。
40代はさすがに行く機会がめっきり減ってしまったけれど。
そうか、この築地もあと3年。
ということで、僕は「さようなら、僕らの築地(カウントダウン築地市場)」と勝手に称して
自分の思い出の地を再確認再発見しながら、月一回このブログで取り上げることにした。
さて、とういうことで栄えあるその一回目は、寿司でなく、カレー。
築地でカレー?という方もいらっしゃると思うけど、カレーなのだ。
築地場内1号館に並ぶ、印度カレーの中栄。

たぶん自宅でなく外で食べたカレーの回数でいえばこの店が一番多い。
その理由は、もちろん築地の場内という特殊性にあるんだけど、
いわゆる「早い」!「美味い!」「安い!」の三拍子そろったトータルパフォーマンスの権化とでもいうか。
Uの字のカウンターで基本ひとりで食するというスタイルだけど、
オーダーしてから出てくるまで、そう、吉野家の牛丼と同じくらい早い。
カレーは、インディアン(辛口)、ビーフ(甘口)、ハヤシライス(トマト風味)の3種類があるけど、
合がけといって二種類のルーを選んで半分づつにすることも可。
僕はこの合いがけが大好きで、いつもの注文。

また味噌汁は玉(ぎょく)落としていって卵を入れることも可。
僕は味噌汁に半熟玉落としで注文。
肝心な味だが、インパクトのある特徴的な味ではないけど、なるほど!と思える安心のおいしさ。
(バランスがいいってことかな。)
お値段、合いがけ600円、玉入り味噌汁100円の700円。
築地場内の独特の雰囲気、カレーを食らう築地の仕事人の面々、
店の主(あるじ)の独特の立ち振る舞いとすべてが新鮮に映るはず。
東京都内、こんなカレー屋、どこにもない。
昨今の築地市場の混み具合は異常とも思えるくらい。
しかもみんな(たぶん築地市場一見さんだと思うけど)寿司屋に列を成している。
築地=鮮魚=寿司 というシンプルな考えで並んでいるんだろうけど、築地市場はもっともっと奥が深いんだよ。
ぜひ、中栄にどうぞ。
そうそう営業時間は築地タイムの5時-14時、早朝カレー、うまいんだなこれが!
カテゴリー
wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上148 下115
東京に住み着いて30年、そういえば
この築地市場はその場内場外、朝の食事やランチ時に幾度となく世話になった。
築地は、東京のど真ん中で深夜(早朝?)の3時ごろから活気だっている独特のエリア。
若い頃は深夜残業の帰りに身体に悪いことなど百も承知で、がっつり食事をしてから帰宅したものだった。
そんな築地市場も2016年5月に豊洲に移転することが決定している。
(移転後は規模を縮小して築地新市場になるらしいけど。)
あと3年もすれば、この築地市場が無くなるんだ!
僕の20代30代の思い出の地のひとつだった築地市場。
40代はさすがに行く機会がめっきり減ってしまったけれど。
そうか、この築地もあと3年。
ということで、僕は「さようなら、僕らの築地(カウントダウン築地市場)」と勝手に称して
自分の思い出の地を再確認再発見しながら、月一回このブログで取り上げることにした。
さて、とういうことで栄えあるその一回目は、寿司でなく、カレー。
築地でカレー?という方もいらっしゃると思うけど、カレーなのだ。
築地場内1号館に並ぶ、印度カレーの中栄。

たぶん自宅でなく外で食べたカレーの回数でいえばこの店が一番多い。
その理由は、もちろん築地の場内という特殊性にあるんだけど、
いわゆる「早い」!「美味い!」「安い!」の三拍子そろったトータルパフォーマンスの権化とでもいうか。
Uの字のカウンターで基本ひとりで食するというスタイルだけど、
オーダーしてから出てくるまで、そう、吉野家の牛丼と同じくらい早い。
カレーは、インディアン(辛口)、ビーフ(甘口)、ハヤシライス(トマト風味)の3種類があるけど、
合がけといって二種類のルーを選んで半分づつにすることも可。
僕はこの合いがけが大好きで、いつもの注文。

また味噌汁は玉(ぎょく)落としていって卵を入れることも可。
僕は味噌汁に半熟玉落としで注文。
肝心な味だが、インパクトのある特徴的な味ではないけど、なるほど!と思える安心のおいしさ。
(バランスがいいってことかな。)
お値段、合いがけ600円、玉入り味噌汁100円の700円。
築地場内の独特の雰囲気、カレーを食らう築地の仕事人の面々、
店の主(あるじ)の独特の立ち振る舞いとすべてが新鮮に映るはず。
東京都内、こんなカレー屋、どこにもない。
昨今の築地市場の混み具合は異常とも思えるくらい。
しかもみんな(たぶん築地市場一見さんだと思うけど)寿司屋に列を成している。
築地=鮮魚=寿司 というシンプルな考えで並んでいるんだろうけど、築地市場はもっともっと奥が深いんだよ。
ぜひ、中栄にどうぞ。
そうそう営業時間は築地タイムの5時-14時、早朝カレー、うまいんだなこれが!
カテゴリー
wrote by ランシン【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上148 下115
1月27日の「朝日新聞」に、
“ナポリタン人気、急上昇”なる記事が掲載されていた。
喫茶店減少や本格的パスタ台頭で影が薄かったナポリタンが、再び注目されているそうである。
どうやら最近ではあちこちに専門店が出来たり、
横浜の町おこしの看板になったり…。

そもそもナポリには“ナポリタン”なるメニューなどないのは、有名な話。
“冷やし中華”が日本で考案されたのと同じである。

ちなみにこの写真は、2012年に横浜の「日本ナポリタン学会」が
ナポリでナポリタンの試食会を行った時のもの。
食べているのはナポリのデマジストリス市長です。
そもそもナポリタンは、横浜のホテルニューグランド第2代総料理長である入江茂忠が、
第二次世界大戦後にアメリカ兵がスパゲティにケチャップを混ぜて食べていたのを見て考案したとされている。
(玉下は映画「コクリコ坂から」を観たときに初めて知ったんですが…)
そう、ここで大切なのはナポリタンは決して“パスタ”などと呼んではいけない!
あくまでも“スパゲティ”である。
アルデンテなんてダメダメ!
麺は茹で置きじゃなくちゃ!
余談だが1960+世代は“ズボン”を“パンツ”とは言わない。
“パンツ”はあくまでも下着である。
で「朝日新聞」の記事でコラムニストの泉麻人さん曰く、
“冒険せず食べ慣れた味で落ち着きたい。安くお腹を満たしたい。
そんな安定志向がある気がします。
あと10年は黄金期が続くかな”と…。
いやいや、ナポリタン自身にはに黄金期という感慨はない。
“いやぁ、俺たちはずぅっと地味にやってるのさ!
なんだか最近は「dancyu」なんてハイカラな雑誌で特集されたりもしたけど、
あくまでもパスタ特集のオマケだったし…。”
くらいに思っているのだろう。
ちなみに玉下のお薦めナポリタンBEST3は、
1位 新橋「みやざわ」
2位 四谷三丁目「こくている」
3位 神保町「さぼうる」
です。
「さぼうる」を3位にしたのは、
玉下がレコメンしなくても此処のナポリタンは既に有名だから。
当然「dancyu」でも素敵な写真付きで紹介をされています。


逆に「みやざわ」と「こくている」は滅多に雑誌やwebでも紹介をされない、老舗ながら隠れた名店。
夜な夜な1960+世代が舌鼓を打っています。
東京以外の方には馴染みがないエリアですが、食べログなどで探して訪れてみてください。
もちろん“ナポ”以外もお薦めのメニューを安価で食べられます。
wrote by 玉下奴郎
“ナポリタン人気、急上昇”なる記事が掲載されていた。
喫茶店減少や本格的パスタ台頭で影が薄かったナポリタンが、再び注目されているそうである。
どうやら最近ではあちこちに専門店が出来たり、
横浜の町おこしの看板になったり…。

そもそもナポリには“ナポリタン”なるメニューなどないのは、有名な話。
“冷やし中華”が日本で考案されたのと同じである。

ちなみにこの写真は、2012年に横浜の「日本ナポリタン学会」が
ナポリでナポリタンの試食会を行った時のもの。
食べているのはナポリのデマジストリス市長です。
そもそもナポリタンは、横浜のホテルニューグランド第2代総料理長である入江茂忠が、
第二次世界大戦後にアメリカ兵がスパゲティにケチャップを混ぜて食べていたのを見て考案したとされている。
(玉下は映画「コクリコ坂から」を観たときに初めて知ったんですが…)
そう、ここで大切なのはナポリタンは決して“パスタ”などと呼んではいけない!
あくまでも“スパゲティ”である。
アルデンテなんてダメダメ!
麺は茹で置きじゃなくちゃ!
余談だが1960+世代は“ズボン”を“パンツ”とは言わない。
“パンツ”はあくまでも下着である。
で「朝日新聞」の記事でコラムニストの泉麻人さん曰く、
“冒険せず食べ慣れた味で落ち着きたい。安くお腹を満たしたい。
そんな安定志向がある気がします。
あと10年は黄金期が続くかな”と…。
いやいや、ナポリタン自身にはに黄金期という感慨はない。
“いやぁ、俺たちはずぅっと地味にやってるのさ!
なんだか最近は「dancyu」なんてハイカラな雑誌で特集されたりもしたけど、
あくまでもパスタ特集のオマケだったし…。”
くらいに思っているのだろう。
ちなみに玉下のお薦めナポリタンBEST3は、
1位 新橋「みやざわ」
2位 四谷三丁目「こくている」
3位 神保町「さぼうる」
です。
「さぼうる」を3位にしたのは、
玉下がレコメンしなくても此処のナポリタンは既に有名だから。
当然「dancyu」でも素敵な写真付きで紹介をされています。
逆に「みやざわ」と「こくている」は滅多に雑誌やwebでも紹介をされない、老舗ながら隠れた名店。
夜な夜な1960+世代が舌鼓を打っています。
東京以外の方には馴染みがないエリアですが、食べログなどで探して訪れてみてください。
もちろん“ナポ”以外もお薦めのメニューを安価で食べられます。
wrote by 玉下奴郎
僕たち1960+世代は、もう50歳を過ぎている人が多い。
つまり不惑はとうに過ぎていることになる。
僕も40になった時、例にもれずこの言葉を思い出していた。
「四十にして惑はず」
ご存じ『論語』にある、孔子の言葉。
孔子は40の時に「狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。」と言ったそうな。
我が身を顧みてどうか。
まったくもって未熟の極み。心には迷いばかり、惑ってばかり。
周囲の同年代も「不惑」と言うにはほど遠いヤカラが多いぞ・・・
そこで思った。
この「不惑」という言葉は、40歳になった人間を表す言葉ではなく、戒める言葉ではないかと。
「40にもなったんだから、そろそろしっかりしなさいよ」というわけだ。
こういう見方で言葉を考えると、例えば、
「女らしくしなさい」「男らしくしなさい」などという言葉も、違った意味に見えてくる。
女らしく、男らしくとは何か。
つまり女の本質は「男らしい」、男の本質は「女らしい」。
だからこそ、小さい時からこの言葉をしょっちゅう聞かされ、
女の子はおしとやかにしくてはいけないし、
男はくよくよしたり、泣いてはいけないと「学習」するのではないか。
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ。」 ボーヴォワールのこの言葉に改めて納得する。


「女々しいやつ」とは、実は男の本質を指しているのかもしれない。
強く、逞しい男を演じるのって、けっこう疲れる。
だから自分にないもの=ハードボイルドな男なんかに憧れてしまったりする。・・・そうじゃない?諸兄(笑)
「人は男に生まれるのではない。男になるのだ。」
男女の別れにおいてよく言われること。
男はくよくよ・・・それこそ「女々しく」長いこと思い悩み、
女は気分転換をしっかりはかって「男らしく」きっぱり立ち直りが早い。これも納得しません?
言葉は、本質を表し、さらにそれを戒める教えをも含んでいる。
そう思っていろんな言葉を眺めると、おもしろい。
読者諸兄、思い当たる言葉があったら教えてください。みんなで考え、笑いましょう。
さて、僕たちは、不惑と還暦の間。
60年で生まれた年と同じ干支に還るから還暦。赤ちゃんに還るとも言われるらしい。
どんな「赤ちゃん」になることを目指すかな?
・・・不惑の域にすら達していないかもしれないけどね。
wrote by 1961_TM
つまり不惑はとうに過ぎていることになる。
僕も40になった時、例にもれずこの言葉を思い出していた。
「四十にして惑はず」
ご存じ『論語』にある、孔子の言葉。
孔子は40の時に「狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。」と言ったそうな。
我が身を顧みてどうか。
まったくもって未熟の極み。心には迷いばかり、惑ってばかり。
周囲の同年代も「不惑」と言うにはほど遠いヤカラが多いぞ・・・
そこで思った。
この「不惑」という言葉は、40歳になった人間を表す言葉ではなく、戒める言葉ではないかと。
「40にもなったんだから、そろそろしっかりしなさいよ」というわけだ。
こういう見方で言葉を考えると、例えば、
「女らしくしなさい」「男らしくしなさい」などという言葉も、違った意味に見えてくる。
女らしく、男らしくとは何か。
つまり女の本質は「男らしい」、男の本質は「女らしい」。
だからこそ、小さい時からこの言葉をしょっちゅう聞かされ、
女の子はおしとやかにしくてはいけないし、
男はくよくよしたり、泣いてはいけないと「学習」するのではないか。
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ。」 ボーヴォワールのこの言葉に改めて納得する。
「女々しいやつ」とは、実は男の本質を指しているのかもしれない。
強く、逞しい男を演じるのって、けっこう疲れる。
だから自分にないもの=ハードボイルドな男なんかに憧れてしまったりする。・・・そうじゃない?諸兄(笑)
「人は男に生まれるのではない。男になるのだ。」
男女の別れにおいてよく言われること。
男はくよくよ・・・それこそ「女々しく」長いこと思い悩み、
女は気分転換をしっかりはかって「男らしく」きっぱり立ち直りが早い。これも納得しません?
言葉は、本質を表し、さらにそれを戒める教えをも含んでいる。
そう思っていろんな言葉を眺めると、おもしろい。
読者諸兄、思い当たる言葉があったら教えてください。みんなで考え、笑いましょう。
さて、僕たちは、不惑と還暦の間。
60年で生まれた年と同じ干支に還るから還暦。赤ちゃんに還るとも言われるらしい。
どんな「赤ちゃん」になることを目指すかな?
・・・不惑の域にすら達していないかもしれないけどね。
wrote by 1961_TM