1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -68ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

“ドラゴンクエスト”。なんという魅惑的で退廃的な響き…。

玉下が最初にはまったのは、1988年の「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」から。
当時のゲーム機はファミコン。当然、自宅にいなければプレイ出来なかった。
夜遅く、仕事を終えて帰宅してから電源を入れ、
ひたすら朝まで“失われた世界”を救うためにゲームをしていた。

まだインターネットもなければ、攻略本も出回っていない時代。
行き詰まった時の解決方法は、自力での試行錯誤か周囲の同胞との情報交換のみ。
「えっ、そんな場所に鍵があったの?」
「えっ、あいつにもう一度話しかければよかったの?」
攻略方法が解った途端、仕事を放り出して帰宅したい衝動に駆られた。

大学の頃の“スペース・インベーダー”の様にお金が掛からない。
1985年に発売された“スーパー・マリオ”の様に反射神経もいらない。
とにかく、玉下はIIIからドラクエの虜になってしまいました。
それから幾年月…。
1990年 「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち 」(ファミコン)
1992年 「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」(スーファミ)
1995年 「ドラゴンクエストVI 幻の大地」(スーファミ)
2000年 「ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち」(プレステ)
2004年 「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」(プレステ2)
2009年 「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(ニンテンドーDS)
此処までは全て攻略してきた。

ちなみに確かプレステになったVIIからだと思うが、腹が立つことにプレイ時間が表示され始め、
最後に攻略し終わるまでに100時間以上を費やした現実を突きつけられる。
これは上級者が如何に早くゲームを終わらせるかの目安になる一方で、
玉下の様な中途半端なオッサンは
“これだけの時間があれば、あんな事やこんな事も出来たかも…”
と、つい余計な事を考えてしまう。

そして昨年、遂にゲーム機がwiiに移ってしまった。
「ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族」が発売された時、
つまりDSの様に持ち歩けずに自宅でしかプレイ出来なくなった時、
勇気をもってドラクエ・シリーズから撤退した。要は買わずに見送ったんです。
なんて平和な日々。なんて生産的な日々。

昨年の秋、2013年に「ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち」が
3D(立体)のDSで発売されると発表された時も、
“いやぁ、俺はDSしか持っていないから今回も見送りだなぁ”と思っていたら…。

先日の三連休に、長男が3DSとDQ VIIのソフトをプレゼントしてくれました…。
(別に誕生日でもなんでもないんですが…)
DQ VII 3D

そう、DQシリーズをやっていると、
子供達や仕事の若い同僚や様々な人たちとのコミュニケーションが出来る。
そういう思わぬメリットもあるんですよね。
ネットや攻略本の普及で単独でもある程度は進められるけど、
周囲の人たちとの情報交換も大きな魅力のひとつなんです。

でもまだ怖くて電源を入れられません。
戦地で活躍した兵士が一度休暇で家に帰ると、再び戦地へ戻れなくなってしまう。
そんな心境です。
だって電源を入れた途端に、玉下の生活から100時間以上をDQに捧げなければならない。
捧げたいけど、そんな時間はない…。
あったら眠りたい。あったら本を読みたい。映画を観たい。

でも、そろそろ我慢の限界です。
週末辺りに始めちゃう気がします。

  wrote by 玉下奴郎
【編集人より】
わたぬきさん(通称ぬっきー)は僕(1961_TM)のねーさん的存在。
その2月13日の記事を、ここに「ゲスト寄稿」としてアップします。(もちろん本人からは快諾いただきました)


----------わたぬきさんより----------------------------------------------

ときどき無性に食べたくなるのが老舗の味。
ということで上野風月堂のビーフカレー。
上野風月堂のビーフカレー

ビーフごろごろ入っていて、ソースは辛すぎずフルーティー。
ウィークデーだから、私以外は年配のお客さんが多いのだけど、私は年配のお客さんが多いお店が好き。

テーブルが広い、椅子が座りやすい、そういう昔ながらのお店の気配りが好き。

このカレー、面白かったのはご飯が左によせて盛ってあるところ。上からじゃぼんとかけるのではなく、
右側にソースをかけて上品に食べられるようになっております。
きっとそういう引き継ぎが行われていたのだろうな、とおもう一品。

これで1050円です。

御徒町はどうしても観光客相手のような店が多くなってしまうので「上野風月堂」を抑えておくのはいいと思います。

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ぬっきー、ありがとう。
俺たちゃ、年配の客じゃないのかい?ってツッコミはよしとして、
ああ、ハラへった~ カレー食いてぇ~

ぬっきーのブログは、こういう「ライト」なものから、けっこう「深い」ものまでいろいろ。
それを1記事、ほぼ10分くらいで書くという。はやっ!
第1回のゲスト投稿ということで「ライト」系を掲載させていただきました。

ぬっきー、今度はオリジナル記事を待ってます~
三連休の中日、新宿のディスクユニオンで行われた、
ビートルズ最新アナログ盤視聴会』へ行ってきました。
Beatles_アナログ視聴会ポスター

このイベントに気づいた時は既に定員の25名が埋まっていたのですが、
立ち見(立ち聴き?)も大丈夫とのことで参加。
これは去年の11月に発売されたThe Beatlesのオリジナル・レコードを、
ディスクユニオンのオーディオ館が誇る高級システムで試聴するイベント。

無類のBeatles好きな玉下にとっては、自宅では味わえない環境でレコードを聴けるということで、
開場の1時半から始まる2時までの間は、まるでBeatlesのライブの開演を待つ心境でワクワクしてしまいました。
ちなみにオーディオ・システムは…、
  コントロールアンプ   Accuphase C-3800  定価 1,785,000円
  パワーアンプ      Accuphase A-200   定価 2,625,000円
  フォノイコライザー    Accuphase C-27    定価 525,000円
  カートリッジ       Accuphase AC-5    定価 241,500円
  アナログプレーヤー   Luxman PD-171     定価 414,750円
  スピーカーシステム   B&W 802 Diamond PB 定価 2,100,000円
…締めて7,691,250円とのこと。楽に外車が購入できる。

Beatlesのオリジナル・アルバムは全部で13枚。
これにシングルだけで発売された曲の集めたアルバムを加えて計14枚が発売された。


全部まとめて聴くと約12時間を要する。
それを2時間のイベントで行うので、割愛するアルバムや割愛する楽曲の方が多い。
でも集まったオッサン達はそこに不満は全くない。
  (あっ、女性も3名いらっしゃいました…)
要はBeatlesの作品をレコードで聴けるだけで至福なのです。
デジタルに圧縮されていない音を、ヘッドフォンではなくスピーカーから全身で聴ける。
それだけで至福なんです。

で、2時間を立ちっぱなしで聴いている時に、小学6年生で初めてBeatlesのレコードを買った時から、
少しずつ小遣いを貯めて1枚1枚買い足していったことや、
友達から借りたレコードをカセットにマイクで録音したことや、
中学の時に日劇で上映されていた「LET IT BE」の映画を、密かにカセットで録音して繰り返し聴いたことや、
音質の悪い海賊版でライブ音源を初めて聴いた時の事など、まぁ色々と思い出しました。

本当に大切な事は800万円するシステムで聴くことではなく、
“音楽そのもの”なんですよね。
だって昔はノイズの中のモノラルなAMラジオで聴いた曲に、
ドキドキしたりワクワクしたり涙を流したりしていた訳で…。

でもイイ音で聴けるに越したこたぁ、、、、ないなぁ。


  wrote by 玉下奴郎
--------- 答えはきっと奥のほう、心のずっと奥のほう
               THE BLUE HEARTS『情熱の薔薇』より




--------- 愛と勇気だけが、ともだちさ
               それいけ! アンパンマン『アンパンマンのマーチ』より




--------- 僕は風に向かって立つライオンでありたい
               さだまさし『風に立つライオン』より




ではまた明日。

  selected by ランシン
僕はめんくいである。
正真正銘、誰はばかることなく、筋金入りのめんくいである。
漢字にすると「麺喰い」。

子供のころからこの歳にいたるまで好き嫌いが多い僕なのだが、麺類だけは別。なんでもOK。
麺類を食べていれば上機嫌である。
そんなところに玉下さんが、『ナポリタン万歳!』なんて記事を書くものだから、もうたまらない。
頭の中はナポリタン一色。しかも昭和なナポリタン。

そこで行ったのが渋谷のパンチョ。
昭和のナポリタンをウリに、都内に何軒か展開しているらしいが、そんなことはどうでもいい。
僕が渋谷にいたから、そこにナポリタンがあるから、一直線なのだ。
パンチョ_看板

もっともシンプルなナポリタンを注文。(by 券売機)
連れにたしなめられて(ビビッて?)普通盛り。(400g)
連れは「白ナポ」と呼ばれる白ナポリタン。にんにくが効いているカルボナーラ。小盛り。(それでも300g)
パンチョ_ナポリタン

味は、ナポリタンである。正真正銘、昭和のナポリタンである。
学生の時に喫茶店で食べたあのナポリタンである。
トマトは嫌いなのに、トマトケチャップは大好きという僕の嗜好をしっかりと満たしてくれる。
違うのは麺。
注文してからすぐに出てくることからもわかる茹で置きの麺は、太く、もちもち。
これは、あの喫茶店にはなかった太さと食感だね。
僕としては、ぜひとも食べ比べるために、また新橋のポンヌフにも行きたいところだ。

量は普通盛りでは、もの足りないくらいだった。
「普通盛りなら、もう一皿いけるかも」
普段の僕の食量からは信じられないと、連れを驚かせてしまったが、
本当に麺類だと、食量が倍増する。
一風堂に行くと、替え玉2つは最低レベルなのだ。
  (ここのとんこつは僕のラーメンカテゴリーでトップクラス。あ、行きたくなった・・・)

麺の誕生には諸説あるらしいが、最古の遺物は中国で発見され、4000年以上も前のもの。
いま中国とは微妙な関係にあるけど、麺類に関しては無条件感謝、多謝である。


ちなみに『餃子100個、食べられるか?』。
餃子も中国では麺類に分類される。
ふふふ、麺喰いの名に懸けて、その大食い祭、受けて立ちます。

  wrote by 1961_TM
カメラマンのレスリー・キーが、わいせつ図画頒布の容疑で逮捕された。
真っ先に思ったのが、“何故?今更?”である。

あっ、間違っても警視庁の対応が遅きに失したというのではなく、
むしろ逆に“彼の表現は昔から変わってないじゃん!”
“どこかからの圧力でもあったのか?”
という気持ちだった。

中国系のシンガポール人であるレスリーは、
Yumingに憧れて二十歳を過ぎてから日本に来て、東京ビジュアルアーツ写真学科を卒業。
ファッション・広告・CDジャケットなどを中心に日本・ニューヨーク・アジア圏で活躍しているカメラマン。

日本ではYumingや浜崎あゆみ、倖田來未、黒木メイサなどのCDジャケットや
写真集とか雑誌グラビアを手掛けていて、
レディー・ガガやビヨンセなどの海外セレブも撮影をしている。
 (レスリー・キー公式HP)

2008年には宝塚歌劇団のポスターを担当したり、
2011年には東北大震災の被害者へのチャリティを目的として、
TIFFANYとコラボして世界の美女達を集めた写真集『LOVE & HOPE』を出版。
2012年には日本広告写真家協会アワードで経済産業大臣賞を受賞している。


それが突然の逮捕…。

彼の作風は今も昔も変わっていないし、
露骨に男性性器が写っているから猥褻性が高いと判断するなら、ダビデ像は猥褻になってしまう。

そもそも猥褻と芸術の境目は、昔から論争になっている。

我々1960+世代も野坂昭如の「四畳半襖の下張事件」や、
先ごろ亡くなった大島渚監督の「愛のコリーダ裁判」などなど、
昭和の時代には論争が繰り返されてきた記憶がある。

レスリーの芸術性は世界的に評価されているし、経済産業大臣賞受賞で国のお墨付きだって貰っているのに、
それが今更「芸術ではなく猥褻」と判断されて逮捕とは、全く解せない。

取りあえずは釈放されたみたいだけど…。

猥褻と思うか芸術と感じるかなんて、個人個人で判断基準が違うじゃん!
レスリーの作品を、そこらの下世話な表現と一緒にするな!

玉下はレスリーの“芸術性”を支持します。


  wrote by 玉下奴郎
ここ数年の経済停滞でサラリーマンの給与は上がるどころか減るいっぽうで、
朝食昼食、そして夜の飲み会に出費する費用が減っているという調査データがでてたり、
実際自分も1000円のランチなんてそう滅多に行くこともなくなった。

そもそもファーストフードで300円出せば、腹の足しになるような商品もあったりして。
コーヒーなんか30年も前、500円くらいで当たり前のように飲んでたけど、マックに行けば、100円。
これをデフレというのか自分の生活水準が下がったのか、なんともいえないけど。

で、こんなニッポンの外食状況の中、僕がダントツにお勧めするのが、
「すき家」の朝の限定品「たまごかけごはん朝食」 200円 。
すき屋_たまごかけごはん朝食(10時30分までの朝限定)

どんぶりに盛られた、約1.5人前のごはん、アゲの具もしっかり入った味噌汁、一品のひじき、名前のごとしのなま卵。
これで200円。
僕は、朝から1.5人前はちょっとキツいのでごはんを少なくして(ミニ)、代わりに海苔を注文する。
ミニで-30円、海苔で+30円の±0、200円。
もちろんデニーズやホテルの朝定食とは比べちゃいけないけど、200円で何買えます?
おにぎり一個135円、お茶135円、菓子パン100円・・・・。
みんなそれなりに安いけど、「〇〇〇定食」っぽくするなら、あと数100円は必要となるんじゃない?
  (それでも十分安いけどね。)

でも、すき家の「たまごかけごはん朝食」はちゃんとした「定食」。
実はごはんもそこそこ上手い。(美味いではないけど。)
味噌汁は、インスタントにしちゃ具も味もしっかりしている。ひじきも悪くない。

ちゃんと新しい朝を迎え、「今日一日がんばるぞぉ!」という気に、多少はなる。(笑)
  (コンビニおにぎりじゃならんでしょう?)
思わず手を合わせて今日の朝に感謝したくなる。(苦笑)
  (マックじゃならんでしょう?)


昨年夏に欧米に行ったとき、超円高といわれながら朝食昼食は軽く1000円を超えて、すごい高い!と驚いた。
もしかして東京が一番安いかもしれないとその時思った。
  (もちろん、なにをどこで食べるかによって一概には言えないけれど。)
こうして立派な200円定食があることも今のニッポンだと思う。

と思っていたら、
別途4日に発表された、英経済誌エコノミストの調査によると世界生活費ランキングで東京が1位らしい。
世界でもっとも生活費がかかる都市ということだ。

んんんんん、何がほんとうかわらなくなってきた。
どう思います? 皆様!


  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重74.2kg 血圧:上151 下107
NHKのドラマ『メイドインジャパン』。
全3回。明日、9日が最終回となる。
MadeInJapan.jpg

僕は仕事で、電機業界の会社との付き合いが多いこともあって、とてもドキドキして観ている。
仲良くしていただいている人が多いことはもちろんだが、主要クライアントだから「何か」あっては困るのだ。

ストーリー的には「?」がつくことが多いし、
キャスティングも國村 隼さんと高橋 克己さん以外は、あまり思い入れもない。
  (國村 隼さんと高橋 克己さんは何をやってもいいね。)

中国で現地の人が古いラジカセを使っているシーンがあるんだけど、
強かったメイドインジャパンの象徴として胸に迫る。

僕もアジアで同様の風景を目にしたこともある。
古くなっても大事に使われているラジカセなどの電化製品、クルマ・・・
1960+世代としては、父や兄の世代がつくり上げたその製品に、ブランドに、憧れた世代だからね。
誇らしく、うれしかった。
いまの若い人たちは、こういう経験はできるのだろうか・・・
ユニクロのフリースを海外で目にして感無量・・・なんてないよな、たぶん。

舞台となる巨大電機メーカーのもうひとつの象徴がテレビなのだが、
部品は台湾製と韓国製、組み立ては中国で、「それがメイドインジャパンなのか?」と問うシーンがある。
明日、ドラマの中でその答えが提示されるはずだが、
僕には答えられない。わからない。

日本の電機メーカーのロゴが入ったテレビとして市場に出てきて、
その販売利益が、「いちおう」日本国籍の企業に入るからメイドインジャパン?

日本国籍の企業が繁栄するために、安い人件費の海外に資材や人材を求め、
陰りが見えたら、企業の存続のために日本人をリストラして、
さらに安い海外部品や人材(組み立て工員)を求めていく。
それが「グローバル化」という言葉のもと、とても偉くて賢い企業経営手法だと正当化されているように見える。

日本には何が残るんだろう?
本当のメイドインジャパンってなんだろう?
僕たちが憧れたブランドって、何だったんだろう?


・・・先日、打ち合わせで某電気メーカーに行った。
  さぞやこの『メイドインジャパン』を観ているだろうと話をしたら、誰一人として観ていなかった・・・(笑)


  wrote by 1961_TM
以前に、といってもほんの1年前のことですが、仕事の同僚たちと賭けをしました。
「60分で炒飯を1升、完食できるか?」

事の発端は新宿区飯田橋にある「神楽坂飯店」

このお店は普通の中華料理を出すところなんですが、
下記のメニューをそれぞれ60分以内で完食すると料金が無料になる、という企画を予約制で行っています。
  ◎ジャンボラーメン=1,890円
  ◎一升炒飯=5,840円
  ◎餃子(100個)=9,600円
  ◎ジャンボ餃子=9,600円

どうですか? 若い頃ならなんとかなりそうな気がしませんか?
そして選んだコースが一升炒飯だった訳です。

同僚4名+玉下で、とある土曜日の夕方にお店に集合して挑戦。
ちなみに4名とは、20代が2名と30代が2名。
30代の2名は共に身長180cmを越える大男。(ちなみに玉下は181cmで当時は50歳…)

周囲に同じく同僚連中がビデオカメラやデジカメを構えて、このおバカな挑戦の記録をしてくれました。

更に言うと、この野次馬同僚のアイディアで、挑戦者がエントリー代としてそれぞれ5,840円を出し、
1位の人間は5位のお金を巻き上げる。
  (つまり5位の人間は倍のお金が消えて1位は5,840円の儲け)
2位の人間は4位のお金の半額を徴収し、3位は金額の移動はなし。
これくらいしないと、モチベーションが高まらない。
これはなかなかナイスなアイディア。

当然、参加した5名は自信満々で横長の食卓につきました。
その姿は、まるであの名画「最後の晩餐」の様です。
  (写真をお見せできないのが残念ですが…)

予約した17時丁度に次々と大皿に乗った炒飯が我々の前に並びました。
そうそう、スープもラーメン丼に1杯!これも完食の対象です。
そしてお店の方の合図をきっかけに60分のチャレンジが始まりました。

ここから先の詳細は、余りにも5名の個性的なキャラクターが噴出した食べ方だったので少々割愛します。
途中から「俺は最初からこんな企画に乗り気でなかった」と文句を言いだしたり、
壊れた幼稚園生の様に炒飯にスープをかけて遊び始めたり、
玉下も含めて自我が崩壊していく様が映像に残されました。

そして60分が経過。
残念ながら完食者はいませんでしたが、取りあえず食べた量で順位を決めます。
  (お店としては代金をとっているので、残した炒飯はお土産で渡されました)

結果発表。
1位が玉下! 2位以下は省略しますが、とにかく20代や30代の同僚を退け、
50歳の玉下が全体の約7割を食べて優勝しました。


閑話休題。ブログのタイトルに戻ります。
最近になってこの時の事を思い出してしまいました。
そして改めて“餃子100個ならいける!”無謀にもそんな野望が浮かんでしまいました。

今回は少し学習をしています。
この神楽坂飯店の場合、餃子100個のエントリーは約10,000円。
クリア出来れば無料ですが、かなりリスクがあります。
例えば「餃子の王将」なら6個入り220円。
100個を食べようと思うと、17皿で3,740円。
圧倒的に安くなります。
更に最近では“食べ放題+呑み放題で3,000円”なんて中華料理のお店が、新宿や赤坂にアチコチあります。

ん~、という事で近々チャレンジをします。

ランシンさんが血圧とか体重を計測しているにも関わらず、
玉下も十分にメタボなのにも関わらず、
そこに山があるから登る。そこに餃子があるから食べる。
1960+世代にあるまじき愚行に挑戦します。

結果報告をご期待ください(^_^)

  wrote by 玉下奴郎

ちなみに神楽坂飯店の方に聞いたところ、一升炒飯の最短完食時間は約10分。
若い女性だそうです。ほとんど呑んでいたんじゃないだろうか…?
【編集人より】
玉下さんと僕のエントリーを受けて、メールをいただきました。
本人の承諾を得ましたので、ここに「ゲスト寄稿」としてアップします。


----------匿名さんより----------------------------------------------

今回のこの体罰問題、他人事のようで他人事ではなく、受け止めています。
実際に、体罰もいじめも、セクハラもパワハラも受けた身としては、
なんでそれを乗り越えてなのかやり過ごしてなのか、
いま一人前に生きているのか、改めて考えているところです。

実際にあたしが我慢すれば・・・・、こんなことに負けない・・・・
と思ったのは確かですが、
その反面、体罰をした教師については会いたいとも思わないし、尊敬の念もない、
いじめを受けていたころのことは思い出したくもないし、おかげで幼馴染も含めその頃の友達はいない。

セクハラ、パワハラをした上司、同僚には、全てを否定するわけではないし、
仕事上さすがというところはあっても、人としてやはり尊敬という言葉は浮かばない。

その頃は、今のように情報社会ではなかったのもあって、
社会がとか世界がとか知る余地もなく、自分の周りの世界のことだけでなんとかくぐりぬけた、
という感じなのかなと。
情報の世界が狭かったから、そこまでの考えに至らなかったのかなと。

もしかしたら、あの当時も同年代で自分の命を引き換えにした人もいたのかもしれない、でも報道されなかった。
知らなかった。
もし、あの時、今と同じように連日報道をされていたれら、私はどうだったのか・・・

結局は、自分の命を・・・とまではならなかったけど、
自分のその後の性格、生き方にそれらのことが大きく影響したことは間違いはないのです。


体罰をいじめをした側はどうなのかとも考えます。
実際、私に体罰をした先生をなんとか受け止めて、好きになろうと先生に話しかけたり、試みました、実際。
でも、その先生はあたしを受け入れようとはしてくれませんでした。

いじめをした同級生は、卒業して10年以上経って、同窓会で私に謝りました。謝罪の手紙をくれました。
それには卒業後10年間の後悔の念がずっとつづられていました。

同じくいじめをした同期はやはり10年以上経って私に謝りました。
された側は、もちろん傷つき辛い思いをします。
した側も、自分のしたことがどうだったのか気付いたときに、とてつもない後悔をする。


私には、体罰もいじめも、セクハラもパワハラも、
気付かない、気付けない、知識のなさというか、
まだその点においては、未熟さがなせるものなのかなといま思っています。
未熟という言葉が、全てを言い尽くせていない気はしますが。

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匿名さん、ありがとうございました。
今後とも1960+をよろしくお願いします。