朝から、

少しだけ気持ちが沈んでいる日がある。


何か大きなことがあったわけではない。

誰かに強く言われたわけでもない。


ただ、

なんとなく身体が重い。

いつものことを、

いつものようにしているのに、

心だけが少し遅れてついてくる。


顔を洗う。

お湯を沸かす。

スマホを見る。


返事をしなければいけないメッセージを、

一度開いて、

また閉じる。

そんな朝がある。

外は普通に明るい。


今日もちゃんと始まっている。

それなのに、

自分の中だけ、

少し静かすぎる。


そういう時、

誰かの何気ない一言で、

ふっと息がしやすくなることがある。

「寒くない?」

たったそれだけの言葉だった。


相手は、

ただ目の前の様子を見て、

そう言っただけかもしれない。


けれど、

その一言が、

思っていたよりやさしく届く。

「寒くない?」

その声に、

急がせる感じがなかった。

何かを聞き出そうとする感じもなかった。


ただ、

こちらを少し気にかけてくれている温度があった。

その瞬間、

肩のあたりに入っていた力が、

少し抜ける。

「大丈夫」

そう返した声が、

思っていたよりやわらかかった。


さっきまでの自分なら、

もっとそっけなく答えていたかもしれない。

「平気です」

「大丈夫です」

それだけで終わらせていたかもしれない。


けれど、

その日は少し違った。

「大丈夫。ありがとう」


自然に、

ありがとうがついて出た。

その言葉を口にしたあと、

自分の中に小さな明かりがともったような感じがした。

気分が一気に晴れたわけではない。

問題が解決したわけでもない。


それでも、

さっきより少しだけ、

自分のいる場所があたたかく感じた。

「無理しないでね」

「気をつけてね」

「今日は早く休んでね」

「それ、よかったね」


どれも、

特別な言葉ではない。

何度も聞いたことがある言葉。

どこにでもある言葉。


それでも、

言い方ひとつで、

その言葉は少し違って届く。

表面だけの言葉ではなく、

本当にこちらを見てくれている感じ。


答えを急がせず、

今の自分をそのまま置いてくれる感じ。

その温度があると、

短い言葉でも、あとに残る。


相手は、

そんなつもりではなかったかもしれない。

何かをしてあげたとも思っていないかもしれない。

ただ普通に声をかけただけ。

いつもの会話の中で、

さらっと言っただけ。


それでも、

受け取ったこちらの中では、

小さく残っている。

その一言のおかげで、

返事をひとつ返せた。

温かいものを飲もうと思えた。

窓を開けて、

空気を入れ替えようと思えた。


ほんの少し、

自分のほうへ戻れた。

何気ない一言で、

心が少し戻ることがある。

大きな励ましではなくてもいい。

立派な言葉でなくてもいい。


その声に、

ほんの少し温度があれば、

それだけで救われる朝がある。

「寒くない?」

その短い一言を、

あとから何度も思い出す。


あの時、

少しだけ息がしやすくなった。


あの時、

自分の声も少しやわらかくなった。

たったそれだけのことなのに、

その日を進める力になることがある