疲れた。
それは同じでも、
疲れ方までいつも同じとは限らない。
体を使った日の疲れ。
人に気をつかった日の疲れ。
考えすぎて重くなる疲れ。
動いたぶんだけ、静かに眠れそうな疲れ。
同じ「疲れた」でも、
中身はけっこう違う。
ここって、案外見落としやすい。
今日は疲れた。
で終わらせると、
一日が全部同じ顔に見えてしまう。
実際は、
空っぽになる日もある。
妙にざわつく日もある。
静かに使い切った感じの日もあれば、
何もしていない気がするのに
なぜかすり減る日もある。
この違いは、
その日どんなふうに自分を使っていたかの違いでもある。
前へ出ることが多かったのか。
受け止めることが多かったのか。
整えることに力を使ったのか。
言葉に気を配っていたのか。
そういうことは、
一日の終わりの疲れ方に少し出る。
ここが見えてくると、
「今日は疲れた」で終わらずに、
「今日はこういう使い方をしていたんだな」と
自分を少し細かく見られるようになる。
だめだったから、ではない。
弱いから、でもない。
今日は、こういうふうに力を使った一日だった。
そう見えるようになる。
ソールカラーは、
まずその人の土台の色を見るもの。
だから毎日の気分を細かく判定するためというより、
自分はどんな使い方をすると無理が少ないのか
どんな方向へ力を出しやすいのか
を知るヒントとして役立つのだと思う。
そういう土台が見えていると、
日々の疲れ方の違いも
前より少し読みやすくなる。
同じ疲れでも、
今日は少し種類が違う。
そう思って一日を振り返るだけでも、
自分の扱い方は少し変わる。
今日の問い
今日の疲れは、
どんな一日の使い方から来ている感じがしますか。