何もしていないわけじゃないのに、
やった気がしない日がある。
一日はちゃんと過ぎている。
その場その場で考えて、
返したり、合わせたり、気を使ったり、
見えないところでずっと何かに反応している。
なのに夜になると、
残るのは「今日も足りなかった」だったりする。
あれは、けっこうきつい。
さぼったわけじゃない。
投げたわけでもない。
何も考えていなかったわけでもない。
それでも、
自分の中では“やったこと”にならない。
形になっていない。
終わっていない。
はっきり進んだ感じがしない。
そうやって見ていくと、
一日の中にあったはずの小さな動きが、
どんどん薄くなっていく。
気を張ったこと。
飲み込んだこと。
持ちこたえたこと。
ちゃんと向き合おうとしたこと。
本当は、
そういうのにも体力は使っている。
でも、目に見える結果じゃないと、
自分では数に入れにくい。
だから、何もしていないわけじゃないのに、
やった気がしない。
そしてその感じが続くと、
自分がずっと止まっているように見えてくる。
たぶん苦しいのは、
できていないことより、
自分がやってきたことを
自分で受け取れていないことなんだと思う。
もっとできた。
それは本音かもしれない。
足りなかった。
それも本音かもしれない。
ただ、
足りなかったことと、
何もしていないことは違う。
そこまで同じにしてしまうと、
今日の自分は、
いつも実際より低く見積もられてしまう。
何もしていないわけじゃないのに、
やった気がしない。
その感覚がある日は、
自分に厳しすぎる日なのかもしれない。
だからせめて今日は、
足りなかったことを数える前に、
自分が一日ちゃんと反応してきたことを
少しだけ思い出して終わってもいい。
それだけで、
夜の自分は少し静かになる。
今日の問い
「何もしていないわけじゃないのに、やった気がしない」
これ、ある?
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①ある
②かなりある