「整っている人」って、どんな人だろう。
部屋がきれいで、生活が丁寧で、時間の使い方も上手で。
世の中では、そんなイメージが強い気がします。
でも僕は、そこにずっと違和感がありました。
きれいにできない日もある。
気持ちが乱れて、行動が止まって、何も進まない日もある。
むしろ、そういう日のほうが多い時期だってある。
そのたびに「自分は整えられない」と思ってしまう人がいるなら、
その“整い”の定義自体が、
僕が大事にしたい整いは、別のものです。
整うって、完璧にすることじゃなくて、
「現実が回る状態に戻す」こと。
「崩れたあとに戻れる」こと。
「感情と行動の摩擦を減らしていく」こと。
きれいにできるかどうかより、
戻れる型があるかどうか。
そのほうが、ずっと実用的で、ずっと優しい。
だから今年は、(抱負というほど大げさじゃないけれど)
“整い”を、もっと使える形に戻していきたいと思っています。
整ってない日のための整え方。
ぐちゃぐちゃの日でも、1ミリだけ前に進める選び方。
そういうものを、自分の生活でも、言葉でも、
もし今、整えること自体がしんどくなっている人がいたら、
まずは「整ってなきゃいけない」という前提を、
整いは、きれいさじゃなくて、回復力。
今日のあなたが戻れるなら、それはもう整いが始まっています。
もし今、「どこを整えればいいか」