「踊る阿呆に見る阿呆、
同じ阿保なら踊らにゃ損々」
「踊るアホウに見るアホウ、
同じアホなら踊らにゃソンソン」
このとても有名なフレーズ。
このフレーズの意味を深く深く詳しく
知っている方もいらっしゃると思います。
しかし今日は私なりにこの解釈をしたいと思います。
これは徳島県の阿波おどりで
歌われているものです。
実は私はこの歌のフレーズに
とても共感をもっているのです。
どういう意味かと言いますと・・・
私は自分の人生の時間を
限りあるものといつも思っている。ですから
「100年後どうする?」
「50年後何する?」などと聞かれても困るわけです。
仮に自分の人生の残り時間がわかるとすれば、
それは「自分の中で限りなく人生の終わりに
近づいた時なのではないか」と思うのです。
そんなふうに時間の大切さが身にしみてわかっている私は
「今の自分の時間」
「自分ができる体験」
「自分が行う行動」
「自分が挑戦したいこと」
この思考や行動がとてもとても大切に
思って毎日を生きています。
ですから、こんな生き方をしている私は
絶対に「後悔」をしたくはないのです。
それは・・・私は「後悔」と言う言葉に
様々な意味を連想してしまうからです。