ぴろりろりん・ぴろりろりん・ぴろぴろぴんぽんぱん。

 は~~い、ちゃみだよっ。

 とっしょり蒼辰の構成と台本、わたくし、ちゃみの語りでお送りする[読むラヂオ]が、今日もはじまるよっ。

 ・・・・・。

 なるはやでオープニングが固定されることを祈っております。

 

 さて本日は、火曜日なのに、金曜日にやってる[食べるをめぐるエトセトラ]みたいな話題でございます。

 それと言うのも、昨日、4月12日が、パンの日なのでございます。

 ぬあんと、今から184年前の1842年 天保13年、日本で初めてパンが焼かれた、まさにその日なのであります。

 なんでも、西洋流兵学者の人が、伊豆は韮山の代官所で、兵隊さんが携帯するための、[兵糧パン]と呼ばれる乾パンを焼いたのが、日本で初めて焼かれたパンなんだとか。

 ふ~ん。

 乾パンだったのか。

 そのころもう、西洋流の兵学を学んでる人がいたんだね。

 だって、黒船が来たのって、1853年だよ。

 鎖国政策の中、外国のことなんかな~んも知らなかったニッポンに、いきなり黒船がやってきた・・ってゆうイメージだったけど、ちょっと違うみたいだね。

 ちょっとっつでも、情報は入ってきてたんだ。

 しっかし、パン、庶民の口に入るようになるには、やっぱし明治維新を待たなくてはいけませんでした。

 とはいうものの、瑞穂の国の、ご飯が大好きな人々は、なかなかパンを食べようとはしません。

 そんな中、1874年 明治7年に、木村屋さんが、あんパンを発売いたします。

 さらにその翌年には、アクセントに桜の花の塩漬けを用いたあんパンが、お花見に出かけた明治天皇に、山岡鉄舟さんによって献上されました。

 なので、その日、4月4日は、あんパンの日になっております。

 そしてそして、1894年 明治27年に始まった日清戦争では、全国から集まった兵隊さんに、このあんパンが支給されたんだって。

 これをきっかけに、あんパン、大ブーム。木村屋さんでは、1日に10万個以上売れ、買うのに30分も並ばなきゃいけなかったんだって。

 すんごいね。

 ってか、昔っからブームって、そういうもんだったんだね。

 行列ができ、それがなにか気になって、また話題になる。

 今とおんなしだ。

 やがて、1900年にはジャムパンが、1904年にはクリームパンが発売されたんだって。

 この手の菓子パンって、まさに日本発信、ニッポンだけのものだったんだね。

 そんなこんな、パンはまず、お菓子として日本人に認知されたのでありました。

 西洋饅頭みたいなことだよね、きっと。

 ではあるのですが、一方で、食パン、1888年 明治21年に、横浜ベーカリーというお店から売り出されました。

 食パンって名前、主食用のパンってことで、食パンって呼ぶようになったのだとか。

 それまでは、パンといえばお菓子だったわけか。

 けど、横浜で売り出されたってとこからすると、最初のうちは外国人向けだったんだろうね。

 なかなかさ、ニホンジン、パン食にはならないよね。

 だってさ、当時のおかず考えてみてよ。

 鯵の干物に里芋の煮付けと豆腐の味噌汁、あと糠漬けと納豆。

 そんなおかずで、パンは食えねぇだろ。

 ってか、ニッポンのおかずって、ご飯が進むようにできてるんだもんね。

 そうはパン食べないさ。

 結局、みんながふつうにパンを食べるようになるきっかけは、第二次大戦後まで待たなくてはいけませんでした。

 もうだいたい想像がついたでしょ。

 はい、学校給食でございます。

 これ、1945年 昭和20年に戦争が終わったものの、ニッポンは食糧危機でございました。

 要するに、食べるものがないっ。

 そこに、アメリカから救援物資として小麦がやってきます。

 これを用いて、せめて子供達に栄養をと始められたのが、学校給食だったんですね。

 こうして、子供たちから、パンをふつうに食べる習慣ができ、やがて世の中落ち着いて、高度成長に向かうあたりから、パンの消費量、急増していったんだそうです。

 昭和30年代ごろにはすでに意識があったとっしょり蒼辰によりますと、パンの発展、3段階くらいあったんじゃないかと申しております。

 最初は、パン屋さんといえばどこも自家製で、お店に入るとガラスのショウケース? みたいのがあって、調理パンとか菓子パンとかが並んでます。

 だいたい、食パンはケースの上に置いてあったりするんだよね。

 そういう、自分とこで焼いたパンを、対面で販売するパン屋さんが主流でした。

 やがて、今みたいに、棚に並んだパンを、トングでお盆に乗せるスタイルへと移行してゆきます。

 クロワッサンとか、デニッシュパンとかがふつうになるのもこの頃じゃなかったかととっしょり蒼辰が申しております。

 ほいでもって、その頃には、食パンとかは大きな工場で作ったものが、スーパーに並ぶようにもなってきてます。

 それがために、昔ながらのパン屋さんは、古臭く感じられたりもしていました。

 それが1970年代くらいから?

 変化、早いね。

 そして80年代後半のバブルころから、今に続くおしゃれなパン屋さんが、チェーン展開し始めたりするのでございます。

 おいしいね。

 けどさ、あんパンにはじまったニッポンのパン、けっこ独自に発展したわけじゃない。

 あんパンとかの菓子パンはもちろんだけど、み~んな大好きなコロッケぱんとか、焼きそばパンとかの調理パンもニッポンの発明だし。

 本場の味、みたいなのを売りにしてるとこもけっこあるけど、なんせ本場知らないからさ、どんだけ本場風なのかもわかんないしね。

 フランス人によりますと、フランスパンは、フランスよりニッポンのがおいしいらしいしね。

 ニッポン、湿気があるから、大陸ど真ん中のパリでは出せないしっとりした味わいがあるのだとか。

 そんなこんな、ニッポンのパン、世界的にみても、かなり独特で、かつおいしいみたいっすね。

 ほら、欧米から観光旅行で来る人とか、コンビニのたまごサンド、絶賛するしね。

 ハリウッドのセレブは、超塾がお好みだとかも聞くしさ。

 カレーやラーメンをニッポンのものにしたように、パンもまた、ニッポン独自のおいしいパンへと成長したようでございます。

 伝統がない分、自由な発想で新しいパンを作れたのかもね。

 カレーパンとかさ、メロンパンとかさ、カツサンドとかさ、ツイストドーナツとかさ、よその国じゃ絶対見られないパン、ニッポンにはいっぱいあるものね。

 なんにせよ、おいしいパンが食べられるのって、幸せなことでございます。

 けっこうなこった。

 そしてそして、そんなニッポンを見習ったのかどうか、アジア各地のパンが、近ごろおいしいんですよね。

 今どきギャルに人気のソウルのカフェでもおいしいパン出すしね。あっちこっち、おいしいパン屋さんあるし。

 ソウルだけじゃござんせん。

 台北でも、上海でも、香港でも、バンコックでも、おいしいパン屋さん、確実に増えてます。

 とっしょり蒼辰、実感してるそうです。

 い~ですね~。

 お米と麺の東アジアに、さらに欧米にはない新しくておいしいパンが増えてゆく。

 これまたけっこうなことでございます。

 その一方で、パンの本場、ヨーロッパあたりからは、グルテンフリーなんて風も吹いてきてるのって、なんか面白いよね。

 今更って感じしない?

 だって、小麦を栽培して、それを粉にして、パンに焼くこと覚えたからこそ、文明が始まったんじゃないの?

 それを今になって、グルテンフリーなんて、ねぇ。

 あ、ちなみに、あれ、単純にグルテンを抜いたら、健康になれるとか、そんな単純なものじゃないらしいので、いろんな理由から試してみたい方がいたら、ちゃんと、きちんと、調べてからにしたほうがよろしいかと存じます。はい。

 ちゃみは、とっしょり蒼辰同様、なんのアレルギーもないし、ことさらな体の不調もないので、思う存分、おいしいパンをいただきたいと思います。

 

 てなわけで本日はここまででっす。

 とっしょり蒼辰、明日からちょとお出かけなので、次回のupは、土曜日になります。

 多分、きっと、お出かけの速報になります。

 うふふ。

 ほいでわまたっ。

 ちゃみでしたっ。