地元下町の小学校のクラス会(2006.8.20~22記載)には、幹事の人から誘われる時は、いつも出席するようにしている。4年生までいたが、級友たちは、みんな家も近く、自分の家もそうだったが、ほとんどの者が自宅で商売をしていた。自分の町会にも級友が3人いた。
また、学校から帰ると友達を呼んで、家の中で遊ぶほど大きな家に住んでいる者は、少なかった。彼らは、炭屋の、魚屋の、電気屋の、真鍮屋の、お菓子屋の、時計屋の、自転車屋の...という具合に、名前と家業が結びついている。家で遊ぶと商売の邪魔になるから、外で遊んだ。
そこで、級友の家に行くと、誘い合わせて広場や空き地に行き、遊んだものだ。
遠出は、自転車で不忍池や上野の山によく出歩いた。
以前、台東区で「小僧のいたころ」と言う本が1994年に出版されて、今でも区で貸し出しをしているが、まさにその時代だった。
だから、世の中には、いろいろな商売があって、みんな頑張って生きているんだと子供心に思っていた。世の中の人は、みんな商売をして暮らしているとさえ思っていた。
外で遊ぶといっても、物がない時代だから、ルールをお互いに決め、話し合いながら、遊んだ。遊ぶ道具といったら、蝋石やボール、バットぐらいなものだった。地面に蝋石で描いたり、壁にボールをぶつけて交代で取り合うなど。だから、家にもよく遊びに行ったり、二人で遊んだりしただけに、その友との思い出は、彼との二人だけの思い出として、今でも心に残っている。
さらに、その当時の日記がある。この日記は、今では故人となった、当時の担任の先生に、全員が毎日書かされ、毎日チェックされたものだ。適当に書いていくと、罰当番として掃除をやらされたことも書いてある。
読めば当時の自分と対面することとなる。あの友とどこで遊んだ、どこへ一緒にいった。彼のそばにはあいつがいて、あいつはこいつと遊んでいてと、当時のことが浮かんでくる。途中転校しただけに、その思いは強い。それだけに、友へのひとりひとりに対する思いは格別なものがある。
だから、地元のクラス会には、みんな元気でいるか?あの顔、この顔を思い浮かべながら、再会するのを楽しみに出席するのである。いつも世話をしてくれる幹事たちには、感謝している。
自分は転校してしまった身で、卒業はしていない。卒業生ではないが、混ぜてくれている。それが次回、幹事をやることとなった。日にちは、2016.4.16(土)である。もちろん卒業した級友たちと4人の幹事である。
たまたま、幹事となるみんなのイニシャルをとって、ATM's=オールタイムメイツ=いつも友達と名付けた。
彼らも、同じ思いで幹事となった。だから、一人でも多くの友の所在を知ろう、声が聞きたいという思いが強い。まず、電話で各人が親しかった友と話そうということになった。
今までの幹事の人たちが作った名簿には、既に故人となった友もいる。また、不明となっている友、連絡のつかない友が記載されている。さて、どうしよう?
また、学校から帰ると友達を呼んで、家の中で遊ぶほど大きな家に住んでいる者は、少なかった。彼らは、炭屋の、魚屋の、電気屋の、真鍮屋の、お菓子屋の、時計屋の、自転車屋の...という具合に、名前と家業が結びついている。家で遊ぶと商売の邪魔になるから、外で遊んだ。
そこで、級友の家に行くと、誘い合わせて広場や空き地に行き、遊んだものだ。
遠出は、自転車で不忍池や上野の山によく出歩いた。
以前、台東区で「小僧のいたころ」と言う本が1994年に出版されて、今でも区で貸し出しをしているが、まさにその時代だった。
だから、世の中には、いろいろな商売があって、みんな頑張って生きているんだと子供心に思っていた。世の中の人は、みんな商売をして暮らしているとさえ思っていた。
外で遊ぶといっても、物がない時代だから、ルールをお互いに決め、話し合いながら、遊んだ。遊ぶ道具といったら、蝋石やボール、バットぐらいなものだった。地面に蝋石で描いたり、壁にボールをぶつけて交代で取り合うなど。だから、家にもよく遊びに行ったり、二人で遊んだりしただけに、その友との思い出は、彼との二人だけの思い出として、今でも心に残っている。
さらに、その当時の日記がある。この日記は、今では故人となった、当時の担任の先生に、全員が毎日書かされ、毎日チェックされたものだ。適当に書いていくと、罰当番として掃除をやらされたことも書いてある。
読めば当時の自分と対面することとなる。あの友とどこで遊んだ、どこへ一緒にいった。彼のそばにはあいつがいて、あいつはこいつと遊んでいてと、当時のことが浮かんでくる。途中転校しただけに、その思いは強い。それだけに、友へのひとりひとりに対する思いは格別なものがある。
だから、地元のクラス会には、みんな元気でいるか?あの顔、この顔を思い浮かべながら、再会するのを楽しみに出席するのである。いつも世話をしてくれる幹事たちには、感謝している。
自分は転校してしまった身で、卒業はしていない。卒業生ではないが、混ぜてくれている。それが次回、幹事をやることとなった。日にちは、2016.4.16(土)である。もちろん卒業した級友たちと4人の幹事である。
たまたま、幹事となるみんなのイニシャルをとって、ATM's=オールタイムメイツ=いつも友達と名付けた。
彼らも、同じ思いで幹事となった。だから、一人でも多くの友の所在を知ろう、声が聞きたいという思いが強い。まず、電話で各人が親しかった友と話そうということになった。
今までの幹事の人たちが作った名簿には、既に故人となった友もいる。また、不明となっている友、連絡のつかない友が記載されている。さて、どうしよう?