EMボカシは、車で5分くらいの所で、1人でEMボカシで米を作っている人を7年ほど前に訪ね、その方から頂いていた。

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その人は、親の代から農家で、勤めの傍らに農家をやっていたが、コストがかかるので、困っていたそうだ。そこへ、接骨医の知人がEMの話をしたそうで、それから1人でやり始めたとの事。
自分のEM体験や情報交換をさせていただき、作る時に、手伝っていたので、作業の手順は理解していた。しかし、その人も、思考錯誤しながら、孤軍奮闘していた。当時も現在も、当地の周りの農家は、EMを理解し、実践する農家は、皆無だからである。周りの農家からは、変わり者と見られ蔑視されている。田舎ってそういう所が殆んどである。だから、情報も殆んどなく、ここまでEMボカシの作成に、四苦八苦してやってきたと話しておられた。

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3年ほど前、日本経済新聞の2008年2月28日の夕刊に載った、青森県のリンゴ農家の木村秋則氏の '奇跡のリンゴ’ という映画を観たが、まさに、この地も同様だと思った。

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同じように、EM開発者の比嘉教授のお気持ちも、著書(当ブログ記載の2007.2.16の写真参照)からも察しられる。
稲作をやっているので、大量にEMボカシを作らなくてはならないので、作製道具や、容器もいろいろ試したそうで、その体験談は、大変参考になった。
一番苦労したのは、攪拌機と、密閉容器だったそうだ。モルタルを作る砂とセメントを攪拌する羽根の付いた中古の機械を手に入れて、改良して使用していた。又、密閉容器としての樽は、内蓋の付いた多目的タルという名前で、近辺だと、そのホームセンターでしか売っていないものに、巡りあったと、話していた。そこにたどり着くまで、10年以上かかったそうだ。1人で65樽作っていた。
さて、自分に置き換えて、どうやってEMボカシをつくるか? EMを知った当初は、大量には必要ないので、手作業で蕎麦打ちのように、ダマを作らないようにして、かき混ぜて、密閉容器に入れてギュッと詰め込んで作成していた。
しかし、伺ったときに、頂いていたのでは、申し訳ないといつも思っていた。かといって、羽根の付いた中古のミキサーを買うつもりもない。

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3年ほど前に、次女から頼まれたオモチャの溶接がきっかけで、近所で鉄工所をやっているご夫婦と知り合いになった。自宅前の道路を挟んで、反対側に大きな畑をもっていて、殆んど奥さん1人で、世話をしていた。
キュウリやナス、ニラ、玉ねぎなどを作っている。たまにおすそ分けを頂いた。作った作物は、殆んど近所の知人にあげているとの事。
人それぞれのやり方で、畑をやっているので、素人の自分は、口を挟まないようにしている。自分でも、四季それぞれに、収穫したものを、さしあげて、親しくなっていくうちに、人を観て法を説く?ではないが、畑をやっていく費用も馬鹿にならないという話を聞き、EMボカシの話をしてみた。
話をしてみると、文頭の人を知っているということなので、ボカシの作り方を教えて実践することとなった。

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