寒波到来の朝 & バスガイドの時の思い出 | 60からの一歩

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60歳から時間にゆとりができ、始めたことにオカリナ・読書・ブログ・カメラ・車中泊の旅などあります。
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カメラを持って出かけ、身近にあるちいさな感動を写真と日記で書き留めます。

  

今年一番の寒波が到来し、24日の未明から振りだした雪が一気に積もりました。

 

勤務日はいつも6時に家を出ますが、この朝はいつものように走れないことがわかるので、10分早く出ました。

 

会社に着いても横なぐりの雪が降り続き、お昼休みに見てみたらこんな状態でした。

 

46歳まで住んでいた高山では当たり前の景色でしたが、岐阜へ来てからは珍しい光景です。

 

翌日の新聞には名神高速道路や国道21号線で大渋滞で、結局19時間の足止めがあったようです。

この記事を見て、これに近いことをにっこりは53年前に経験したことを昨日の事の様に思い出しました。

 

それもこの国道21号線で・・。

 

バスガイドをしている花の独身の21歳の時でした。

 

飛騨高山の団体さんを乗せたバスは1泊2日のコースで京都市内観光に行き、観光を終えて帰路に就きました。

 

予定では名神高速を小牧ICまで走り、下りた後は国道41号線を北へ向かって走り、下呂の北の萩原のドライブインで夕食をとって、午後7時には高山へ到着する予定でした。

 

ところが途中で名神高速道路が雪のため通行止めになり、下道の国道8号線や21号線を走ることになりましたが大型トラックなどで大渋滞でした。車電車トラックトラック車

 

少しずつ動き出しても進まないので前のトラックを見に行くと運転手さんが寝てしまっていて、それを起こして歩いたりしました。

 

米原の醒ヶ井養鱒場の食事処へ電話をして、夕食の準備はできるかと聞いたら、「この雪でキャンセルになった食事があるからそれで良ければ」というとでしたが、そこまでさえ行けないうちに時間が経ってしまい、結局夕食はとれませんでした。

 

お客様がお土産に買ったまんじゅうやおせんべいをみんなで出し合って分け合って食べたんです。

 

困ったのはお手洗いです。男性トイレ女性トイレ

 

男の人は外の雪の中で済ませられるんですが、女のお客様やにっこりは雪の中を歩いて100m先まで歩いて済ませた記憶があります。

 

一番つらかったのは、予想外の時間がかかったため高山に着くまでにガソリンがもたないかもしれないということで、暖房を時々切らざるを得なかったのです。目

 

今でこそヒートテックのババシャツを着ていますが、当時はブラウスに長袖のシャツが見えては‥と言うことでスリップ一枚にブラウスとベストにジャケットという格好でした。(あの時は若かった)

 

ドライバーさんとにっこりガイドは徹夜でしたが、お客様も座ったままではぐっすり眠れなかったでしょうね。

 

エコノミー症候群になる人もいなく、無事高山に着いたのが朝の6時でした。

 

結局予定より11時間の遅れだったんです。時計

 

着いた高山も路線バスや鉄道はストップしてて、マイカーも雪で動けないということで、家が遠いお客様は駅前の簡易旅館で仮眠したりして、交通機関が動くまで待ってたそうです。雪雪

 

にっこりは下宿していた姉の家まで1キロ半歩きました。

 

今ではいい思い出です。

 

 

乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

 

市立図書館から借りてきて最近観たDVDです。

 

 

 

 

 

飛騨の駄菓子やお茶朴葉みそ等々、高山のお土産を頂きました。

 

お隣さんから苺大福を頂き、写真撮る前にパクリ唇の後パチリカメラ

明日も美味しい物がいただけますようにニコニコ