60からの一歩

60からの一歩

時間にゆとりができたので、新しい事に挑戦しようと思い、始めました。 

これからはカメラを持って出かけ、身近にあるちいさな感動を写真と日記で書き留めます。


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車中泊の旅をし始めてから13回目ですが、4日間というのは初めてです。

4日目の朝はあいにくの雨でしたが、晴れ女を自称するにっこりが車中泊で雨にあったのは2回目なんです。

9時頃まで小雨程度でしたので、傘が必要だったのは、若一王子神社だけでした。

朝の支度をしている時に虹が出ていたので、慌てて写真を撮りました。

13回のうち1回目の雨に見舞われたのは、富士山ぐるりの旅の時の台風のまっただ中へ向かって行った時です。

 

泊まった道の駅(朝霧高原)で、車の中から電光掲示板を撮影したものです。

その朝も台風が過ぎ去ったあとに虹が出ていました。(2013年10月)

白糸の滝の水量が増えていたり、富士山の裾野のスギ林がメチャメチャに倒れていたっけ。

  

アメブロさんのおかげで、日記として残しておけるから、いつでも当時の事を引っぱり出すことが出来ます。

 

3日目の夜泊まったのは道の駅ではない所でしたが、きれいなトイレが完備されていました。

80台ぐらいの駐車スペースがあるけど、朝になったらにっこりの車1台でした。

雨の切れ間からまだ雪を抱いている北アルプスの山なみを見る事が出来ました。

 

鹿島槍ヶ岳や五竜岳、唐松岳あたりかしら?

 

   

天気が良かったら、まだまだきれいに見えたのでしょうね。残念!

 

朝食のおにぎりを2個食べて、出発したのが7時半でした。

途中、小雨に煙る山の綾線が見えただけで満足としましょう。

国道148号線沿いにある、仁科三湖(青木湖・中綱湖・木崎湖)を一通り写真に収めてみました。 

 

   

    

一番南にある木崎湖から10分ほどで、若一王子神社へ到着しました。

  

三重塔(県宝)

バスガイドをしていた時に富山方面の立山駅でお客様は立山黒部アルペンルートを越え、空のバスは糸魚川経由で回送して、信州側の扇沢駅でお迎えして松本駅までお送りするいうコースが沢山ありました。

 

その時にこの神社と後から行く仁科神明宮を車中よりご案内していたんです。

どちらもバスの駐車場は無いので私も行った事はなく、いつか機会があったら行きたいと思っていた所です。

 

今回の旅の最後になったのが仁科神明宮 (国宝)です。

 

根元で癒着した三本杉の真ん中がS54年の台風で倒れたので、株が腐らないように屋根を作って保存しているようです。

 

拝殿の側にある元御神木

 

拝殿

御本殿 (国宝)

「工事が始まるから、ここまで入って撮影はもう少しで出来なくなる」と、いろいろ建物の事を説明してくれた工事関係の人が言っていました。ラッキー!

 

   御本殿と中門釣屋(国宝)

ネットよりお借りしました

 

神明造りでは日本最古(1636年)の建物という事で、国宝に指定されています。

信州の小さな集落にある社が国宝になっているなんて、不思議な世界に入り込んだような気がしました。

ちなみに伊勢神宮も神明造りで、屋根が切妻になっていて入口が平入りになっているのも共通です。

 

さあ、あとは家へ向かって帰るだけです。車

 

帰り路も木曽川沿いに木曽街道(19号線)を走り、途中道の駅で昼食を。

4日目は277キロ走り、17時に無事家に着きました。

 

翌日は早出の勤務なので、早めにベッドに入りましたが、テレビなど観てて寝不足になりました。

車中泊の方が何もする事が無い(出来ない)ので、充分に睡眠とれます(笑)

 

次回は決算報告や総集編を・・・にっこりの備忘録にあと1回だけお付き合いくださいね。

 

明日もいい日でありますように 

 

 

 

 


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3日目の夜も泊まるという事でたっぷり時間があったので、昼食後は松代市の名所旧跡を周りました

 

松代城跡へ最初行きました。

国の史跡に指定されたことにより、資料に基づき内堀や城門や石垣など、平成の復元により整備されています。

 

      

武田信玄が上杉謙信と戦うための拠点として築かせた城(海津城)が最初で、その後城主の交代がありましたが、1622年(元和8年)真田信之(幸村の兄)が上田から移封されて以来、真田氏10代が城主として続きました。

NHK大河ドラマのオープニングで毎回見かけた扉(閉めた状態)です。

本丸跡

本丸の北西角に有る二層櫓の石垣は城内では最も古い石垣。

城跡から南に位置する所にある真田邸へ行ってみました。

 

江戸時代の大名家の御殿としてその姿をよくとどめている真田邸(新御殿)です。

江戸時代の末期に、松代藩九代藩主・幸教(ゆきのり)が母・貞松院の隠居所として建てたもので、明治維新以降は真田家の私邸として使われていました。

35の主要な部屋があり、外部の人が出入りする「表」の部分と生活のための私的な「裏」の部分が用途によってつくりや大きさ唐紙や装飾などの違いがあります。

映画「殿、利息でござる」のクライマックスシーンが撮影されました。

日本庭園が四季折々の景色を見せてくれるのでしょうね。

近くには文武学校があります。

藩士の子弟の学問・武芸を奨励するため、8代藩主(幸貫)が松代藩士佐久間象山らの意見を入れて学問と武道の文武併修の学校として1855年に開校。

「蝉しぐれ」「蜩ノ記」「殿、利息でござる』 などのロケも行われたようです。

文学所

槍術所

剣術所や弓術所などは、修復工事が行われていて見る事は出来ませんでした。

真田宝物館も駆け足で見てから、車で移動して3日目最後の長国寺へ参拝しました。

 

長国寺(真田家菩提寺)本堂

本堂上の箱棟のしゃちほこ瓦は、廃藩後に取り壊された松代城から移設したもの。

本堂の裏に続いて建っているのは三代・真田幸道公御霊屋。

初代・真田信之公御霊屋(重要文化財)

信之の正室小松姫は本田忠勝の娘、家康の養女となり信州へ嫁入りしてきたので、その威厳を保つためにも日光東照宮の造りの様な御霊屋を造ったとか・・。

 

破風には左甚五郎作といわれる鶴、中は見えませんが格天井の絵は狩野探幽筆と伝えられています。

南隣りは3代藩主・真田信弘御霊屋

御霊屋の裏手に、真田家12代の藩主の墓所があり、歴代の墓石が1ヶ所に全部揃っています。

代々の墓が一同に集まっているのは国内でも真田家だけだろうという事で、大変珍しい事だそうです。

 

最後には親子兄弟が敵味方に分かれて戦ったのも、「どちらかが生き残って真田家を絶やさないようにする」という願いが叶った証が、ここに見られるような気がします。

御霊屋に近い一番奥には初代信之の墓ですが、墓の前に鳥居があるのも珍しい事です。

民からすれば信之は神に近い存在だった事がうかがえます。

 

 

今回の旅で、上田市や松代市で真田一族にかかわる史跡を沢山見て刺激を受け、旅から帰って今一度「真田太平記」12巻を引っぱり出して来ました。

3巻目の上田城攻めは、見てきた上田城跡の土塁や堀などを思い出しながら再び読んでみました。

改めて池波正太郎の歴史物は、わかりやすく読み易いなと実感しました。

4時過ぎまで松代市内に居たので、今夜泊まる予定の白馬方面まで走りました。

夕飯は途中の道の駅のレストランでしょうが焼き定食をいただきました。

旅に出てると間食をしないので、ご飯が待ち遠しく美味しいです。

 

3日目の夕方給油して、泊まったのが「さんさんパーク白馬」というPです。

3日目の走行距離は141キロで少なめですが、沢山歩いたので疲れ、早めに寝ました。

 

車内はこんな風になっていて、枕元から足の方を写しています。

トヨタウイッシュになって、布団の上に座っても、天井に頭がつかないのはとても快適です。

 

群馬・長野の旅日記も長くなりました。

4日目は 仁科三湖や大町市の若一王子神社と仁科伸明宮で、1回にまとめますので次回までお付き合いくださいね。

明日もいい日でありますように 


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千曲市森将軍塚古墳があります。

 

森将軍が居たのではなく、森という地に造られた古墳なので、名付けられています。

4世紀頃、信濃の国の前身である科野(しなの)の首長の墳墓とされます。

 

山の形状に沿って造られているので、後円部は楕円形で前方部と後方部では20℃の中軸点の差があります。

 

 

 下から見た写真(左)と、上から見た写真(グーグルマップ)(右)

    

 

左に北陸新幹線、右には上信越自動車道に挟まれた丘(標高499m)平野からは(140m)の所に復元されています。

 

眼下には科野平野

 

形象埴輪が沢山配されています。

墳丘は葺き石で覆われています。

 

 この下↓に竪穴式石室があり、そこにが置かれていたそうです。

 

   

墳丘は葺き石で覆われていています。

墳丘の頂上までは往複バスで上り下りし、ボランティアの方の案内を聞く事が出来ました。

 

科野平野に下りて、次に行ったのは川中島の戦いにまつわる所を回りました。

2万人の武田勢に対し、1万2千の上杉勢が戦いで、上杉勢が雨宮渡を夜のうちに渡ったという渡し跡へ行ってきました。

 

八幡原の決戦地と雨宮渡跡の位置関係の図

 

うまく説明できませんので、看板の説明文を読んで下さいね。

 

 頼山陽の詩は、詩吟でお馴染かと思います。


鞭声(べんせい)粛粛(しゅくしゅく)夜(よる)河(かわ)を過(わた)る
暁(あかつき)に見(み)る千兵(せんぺい)の大牙(たいが)を擁(よう)するを
遺恨(いこん)なり十年(じゅうねん)一剣(いっけん)を磨(みが)き
流星(りゅうせい)光底(こうてい)に長蛇(ちょうだ)を逸(いっ)す

[通釈]
(上杉謙信の軍は)
ひっそりと鞭音もたてないようにして、
夜のうちに千曲川を渡って
(川中島の敵陣に)攻め寄せた。
(武田方は)明けがた(霧の晴れ間に)(上杉方の)大軍が大将の旗を中心に守りながら、迫ってくるのを見つけた。
(この戦いで謙信は信玄を討ちとることができなかったが、)(その心中を察すると、)まことに同情にたえない。
この十年の間一ふりの剣を研ぎ磨いて、(
その機会を待ったのであるが、)うちおろす刀一閃の下に、
ついに強敵信玄をとり逃がしたのは無念至極なことであった。

(『吟剣詩舞道漢詩集』による)

 

当時は8キロもあるような武具甲冑などを付けて河まで渡って行った所へ、今は八幡平の古戦場跡(川中島古戦場)まで車で10数分で行く事が出来ます。 

 

「腹が減っては戦は出来ぬ」 

いくさはしないけど、戦国の歴史を理解するためには腹に力を入れなければ・・・という事で、昼食をいただきました。

 

麦とろ定食

 

  

 

 

  

高齢者に進言(信玄)を、早めに検診(謙信)を・・日本心臓財団てへぺろ

 

ちなみに、にっこりがカラオケでよく唄うのは武田節です。カラオケ

 

次回は松代城址・真田邸・文武学校・長国寺(真田家菩提寺)などご紹介します。

 

明日もいい日でありますように ニコニコ


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いつもご訪問いただいてありがとうございます。

 

ここから、群馬・長野の旅の3日目になります。

いつもの車中泊の旅は2泊3日が多く、3日目の朝は「今日はもう帰らなくっちゃあ~」と毎回寂しく思ったものです。

しかし、今回の旅は3泊の予定ですから、今日も目いっぱい周れるなとワクワクしました。口笛

 

3日目上田城址大法寺の三重塔を最初に見る事にし、昼から松代へ行っていろいろ見たい所を周る予定です。

 

雷電くるみの里・道の駅から30分ほどで上田城址公園に着きました。

三の丸跡から見る屋根は南櫓と北櫓です。

三の丸跡

天正11年(1583)真田昌幸によって築城された上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城。

 

関ヶ原の合戦後破却された上田城は仙石氏が城主の時代に再建され、7基の櫓(やぐら)と2基の櫓門が建てられました。

明治維新後、西櫓1基を残しそのほかの櫓・櫓門は取り払われました。

城外に移築されていた2基の櫓は後に買い戻され、昭和18年(1943)から24年にかけて現在の南櫓・北櫓として再移築されました。

平成6年(1994)には東虎口櫓門が復元されました。

          奥に見えるのは眞田神社

 

東虎口櫓門の右手の石垣に、ひときわ大きい石が真田石。

高さ2,5m、巾約3mで、真田信之が松代城移封にあたり、父・昌幸の形見に持って行こうとしたが微動だにしなかったとか。

 

西櫓は江戸時代から現存している唯一の建物で県宝に指定されています。

 

上田城のお堀と土塁は一番興味がありました。

 

   

 

本丸跡

  

 

大河ドラマ「真田丸」の放映されている期間は沢山の人達で賑わったでしょうが、今はひっそりと地元の人達の散歩コースになっています。

駐車場へ帰ると、なんと2時間まで無料なんで感激!
 

十分堪能したので、上田市を後にして西方向にある青木村へ向かいました。

1日目に安楽寺の受付の方に「他にも隣村に、国宝の三重塔がある」という事を聞いたからです。

参道には5百羅漢がズラリ並んでお出迎えしてくれました。

 

   ナイショ話かな ヒソヒソ 

にっこりに似てる?キョロキョロ

  

観音堂と安置されてる十一面観音立像木造普賢菩薩立像、厨子や須弥壇などが国の重要文化財に指定されています。

観音堂を右に見ながら裏山に上がって行きましょう。

 

三重塔 (国宝)が見えてきました~。

 

鎌倉時代末期の建立で信州に残る三重塔としては最も古く、奈良や京都の三重塔にも匹敵する名作といわれています。

四季折々の風景が古塔の美しさを一層際立たせているようです。

裏山を更に上ってパチリカメラ

スマホでもパチリ スマホ

LINEでリアルタイムで画像を送るのには、スマホでの撮影も欠かせません。

塔のかなたに山脈がつづいていて、とても素敵な雰囲気でした。

  

東山道を往く人々が、何度も振り返ったという「見返りの塔」。

今一度、振りかえって見ましょう。

受付の方に、「安楽寺さんで聞いて伺いました」というと、「こちらにおいでになった皆さんにも安楽寺さんの八角の三重塔(国宝)の事をご案内しているんですよ」って。

 

おかげさまで、めったに来られない土地で貴重な建物を見せていただきました。

ありがとうございました~合掌て

 

10時過ぎに大法寺を出て、松代市へ行く前に、千曲市に有るらしい森将軍塚へ行って見ることにしました。

はらはらさんがブログで紹介してた所で、次回で紹介します。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

今回の旅は、バスガイドしてた時に車中で案内はしても、行った事が無い仁科神宮や若一王子神社(4日目)碓氷峠(2日目)や、ブロガーさんの記事を見て行ってみたいなと決めた安楽寺、北向観音(1日目)、布引観音(2日目)なども選んでみました。

 

小諸なる古城のほとり・・の藤村の詩に憧れた懐古園や、「真田丸」のテレビの影響などの上田城など、動機は様々だけど大満足の旅でした。

 

まだまだ続きますが、にっこり備忘録としての旅日記にあと少しお付き合いくださいね。

 

明日もいい日でありますように ニコニコ

 


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「小諸なる古城のほとり」  -落梅集より-
                             島崎藤村

小諸なる古城のほとり          雲白く遊子(いうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず          若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ) 日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど          野に満つる香(かをり)も知らず
浅くのみ春は霞みて           麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか           畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず          歌哀し佐久の草笛(歌哀し)
千曲川いざよふ波の           岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて       草枕しばし慰む

 

高校の時に習ったこの詩(うた)に憧れて、いつかは小諸城址へ行ってみたいと思っていました。ラブラブ!

ようやく来れた~っていう感じで歩いてきましたよ。走る人

天文23年、小諸城は武田民の所領となり、重臣山本勘助らに縄張りを命じて複雑多岐な地形を巧妙に利用し穴城を築城する。その後信玄は弟信繁の嫡男・信豊を城主にする。以来城主は原型を継承して頑強な総曲輪と石積み、城壁、大手門などの城門を築き近世の城郭に改修する。

明治初期、牧野の廃藩により小諸城祉となり、現在の公園・懐古園となる。

二の丸跡

天守台

三層の天守閣があったけど、1626年に落雷で焼失した後は再建はされなかったようです。

 

樹齢500年のけやき

木の向うに有るのが藤村記念館。

山本勘助が使っていた鏡石。

 

懐古神社

展望台から千曲川を見降ろす。

二日目は下の地図の(道の駅)から東へ行き富岡製糸場へ行き、帰りはまた西へ旧碓氷峠を越え、懐古園を散策しました。

その後、布引観音へ向かいました。

真ん中の青いの所で、小諸城祉から4キロぐらいの所です。

富岡製糸場と懐古園で時間がかかり、布引き観音入口へ着いたのが16時半頃でした。
 

じゅじゅやんさんのブログを見たら20分ぐらい山道を登ると書いてあり、車に常備してるストックが役立ちました。

持ってない人のために、自然木の杖が入口に用意されていました。

この杖がある処は山道が険しいのです。

安土城へ登った時も置いてありました。

 

 

 

こんな道がず~と続き、先ほど私の後ろから若いカップルが付いて来ていたけど、諦めて帰ってしまいました。
今の若いもんは、根性が足らん!

ようやく観音堂が見えてきましたが、手前の遥拝所らしき門で帰る人も多いのでしょうね。

カメラをズームしてるから近くに見えるけど、ここからまだまだかかりそうなので、全景も見えたし・・と行くのは私も諦めかけました。

 

上から下りて来た30代の男性が、「あと2,3分山道を登れば、観音堂までは平坦な道ですよ。頑張ってください」

若い男性に励まされたので喜んで上りましたが、その人はうそつきだった事がわかりました。

2,3分の3倍かかりました。

でもその人のおかげで上りきって、良かった~と思えました。

後は平たんな道ばかりです

 

釈尊寺本堂

観音堂から本堂を望む

 

「牛にひかれて善光寺詣り」

信心を持たないお婆さんの大切な布を、ここの観音様が牛に姿を変え、角に引っ掛けて善光寺まで導いたという事です。

善光寺をお参りしてからは、今までの欲張りで意地悪な心を悔い改めたお婆さんでした・・とさ。

 

にっこりが皆さんの代わりにここまで上ってお参りして来たので、お賽銭は郵送でここまで→岐阜市・・。

おっとっと!まだ欲張りが治っていないにっこりでした。てへぺろ

出会ったのは先ほどのお兄さん一人だけで、段々日も暮れて淋しくなったので急いで山を下りました。 あせる

 

 再び先ほどの地図が登場。

 

道の駅・みまきでお風呂に入ったあと夕食を済ませ、3キロ北に有る 雷電くるみの里まで移動して泊まりました。 

 

ハンバーグ定食(1200円)

 1日目の走行距離は267キロで、2日目は143キロでした。

思えば遠くへ来たもんだ~♪

まだまだ旅日記が続きますので、お付き合いくださいね。ラブラブ

 

明日もいい日でありますように ニコニコ

 

 


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二日目の朝食は、前日コンビニで買った菓子パンとコーヒー

 

下の黄色いのはインバーターで、前のはストリームに付けたまま廃車に出したので、新たに3000円で買ってきたんです。

 

もう1000円出してカーナビとスマホの充電が一緒に使えるのにすれば良かった~。

 

8時15分に道の駅を出て、しばらくは18号線を東へ向かい、その後県道に入り富岡市へ着いたのが10時過ぎでした。車

 

世界遺産に登録された富岡製糸場は、いつかは見に行きたいと思っていた所なので、やっと来られた・・という嬉しい気持ちいっぱいでした。ラブラブ!

    

富岡製糸場設立の目的とその背景

 

明治3年から昭和62年まで創業していた期間中、明治35年からは岐阜市出身の原三渓が引き継いで原富岡製糸場として操業していた時期もあり、より強い関心がありました。

 

東置繭所(ひがしおきまゆしょ)国宝

二階内部

二階外観

繰糸所(そうしじょ)国宝

繰糸所内部

首長館(ブリュナ館)重要文化財

ブリュナ館裏側

女工寄宿舎

診療所

検査人館(手前)・女工館(奥)共に重要文化財

西置繭所(にしおきまゆじょ)国宝は現在耐震工事が行われていて、掛けられているシートは本物の壁を印刷した物です。

 

は撮影禁止ですが、200円(貸ヘルメット代)を追加して見学してきました。

屋根の吹き替えと床の修理をして居ましたが、煉瓦の壁はそのまま保存するという事です。

建物にかけられているシートは建物を印刷したもので、雰囲気を壊さない工夫ですね。

2020年3月までかかるそうです。

西置繭所へ入らないと見られない鉄水溜重要文化財

鉄製の貯水槽で、直径15m深さ2,4m貯水量は400トンに達する。

明治41年頃の富岡製糸場の全景

 

駐車場を出たのが12時半で、2時間以上も歩いていたことになります。

くたびれたしお腹もすいたので、峠の釜めしで名高い横川のおぎのやさんまで走りました。

 

釜めしじゃなくて梅入り冷やしそば をいただきました~。

国道18号線の旧道を通り軽井沢方面抜けて行く事にしました。

 

すれ違いに難儀するくらいのもっと細い道かと思っていたら2車線でした。

しかし、カーブが多くてふもとから頂上まで、185ぐらいのカーブがありました。

 

途中下車してめがね橋を見上げてパチリ。カメラ

 

かって国鉄信越本線の横川駅と軽井沢駅の間の橋梁の一つで、煉瓦造りの4連アーチ橋で、昭和38年新線が開設されるまで使われていたようです。

 

煉瓦造りの橋では日本最古であり、重要文化財に指定されています。

 

碓氷峠(標高960m)群馬県と長野県の県境になっており、利根川水系と信濃川水系の分水嶺になっています。

「木曾でかけ橋、大田の渡し、碓氷峠が無くば良い」 

バスガイド時代、中仙道を通る時にいつも言ってた案内です。

中山道の三難所の一つの碓氷峠を越すことが出来ました。

 

今は車道になっていますが、このカーブの多さからも、歩いて峠を越した先人の苦労がしのばれます。

 

群馬県から長野県へ戻り、しばらく標高800mの高原・軽井沢をエアコン無しで走りました。

 

小諸城跡(懐古園)へ着いたのが2時半で、またまた園内を歩きました。

折角来たんだから・・・という一念で、腰痛をだましだまし歩いた旅でした。

 

次回に続く

 

明日もいい日でありますように ニコニコ

 

 


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前回紹介した北向観音から5Kの所に有る安楽寺へ行ってきました。

16時半過ぎていたので、ちょっと慌てて周ってきました。あせる

 

この界隈を信州の鎌倉といわれるのがわかるような雰囲気です。

以上はネットよりお借りしました。

 

安楽寺本堂(曹洞宗)

屋根の丸みとてっぺんに乗っているうだつ?が何とも愛くるしい。

 

横から見るとこんな風になっています

ズームして見ましょう カメラ

本堂の裏山にある三重塔へ向かっていますが、前日の雨でぬかるんでいました。

階段の道は工事中でしたので、山道を歩きました。

見えてきました~。ラブラブ!

八角三重塔(国宝)

建立年代は鎌倉末期(1290年)で、宗の国から伝来した禅宗様式で唐様ともいう

四重の塔に見えますが、初層の屋根は塔には含まれていないそうです。

 

逆光なので、肉眼では真っ黒にしか見えなかった屋根の下の詰組とかが、写真にはちゃんと写っていたので安心しました。ニコニコ

 

 

 

遅い時間のせいか、にっこり一人でした。

 

帰りに受付の方とお話してたら、隣村(青木村)にも大法寺の三重塔国宝であることを聞きましたので、旅の三日目に訪れようと計画しました。

 

この旅で一番観たかった八角三重塔を見られて、大満足です。ラブラブ!

 

別所温泉を後にして、今夜泊まる道の駅まで東方向へ向かって走りました。

 

道の駅・「雷電くるみの里」

駐車場が普通車100台大型車20台身障者用2台あるので、くっつきもっつきじゃないのが良いです。

 

1日目と2日目の2晩ここでお世話になりました。

 

 

予定のコースを決めてなかった今回の旅では、この本が現場で役に立ちました。

道の駅の施設内容や駐車台数が載っているからです。

平成24年版なので今はもっと道の駅も増えていると思います。

ググってみたら今現在は1145駅ですって。

 

ちなみに2016年の調査で道の駅の数が多いのは、北海道についで岐阜県が2位だそうです。

地元のお野菜とか新鮮なのを買う事が出来るので、県内の人が多く利用してるみたいです。

 

道の駅から南には雪の残った八ヶ岳がうっすら見えています。

1日目の夕食は 「肉入り野菜炒め定食」

これで680円は超安くないですか?口笛

就寝の支度も終えた20時半には、もう眠りにつきました。

家にいる時よりぐっすり寝られるのは何故でしょう?

 

愛車のウイッシュは座席も足元に畳み込めるのでフラットになるだけでなく、天井も高く使えて車中泊にはピッタリの車です。

 

次回は2日目の富岡製糸場と碓氷峠などですので、またお付き合いくださいね。

 

明日もいい日でありますように ニコニコ

 

3日前(21日)、会社の男の人(55歳)が心筋梗塞が原因で急死されました。  

 

亡くなる2日前(19日)に私とも元気に話してて、そんな兆候は全然見られなかったのに・・。

 

皆さんも健康に留意してくださいね。

 

合掌

 


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いつもご訪問いただいて、ありがとうございます。

 

69歳の誕生日(14日)に出発して4日間、12回目になる車中泊の旅へ行ってきました。

 

今回は遠く過ぎて予定の組みようがなく、「行ってからコースを決めればいいかな」っていうような気楽な旅でした。車

 

遠くまで行く事が出来たのも、会社の人の理解で4日間の休みがとれたおかげです。ラブラブ!

 

 

4日間で828キロ走りました。
 
山陰の旅の時の3日間で1080キロ走った時に比べると少ないかな。
 
腰痛をだましだまし歩いた4日間だけど、充実した時を過ごすことが出来ました。
 
 

今回見てきた長野県と群馬県の国宝建造物。

 

長野県の国宝建造物

安楽寺・  (八角三重塔)

大宝寺  (三重塔)
仁科神宮 (本殿) (中門) (2棟)
 
 
群馬県の国宝建造物
富岡製糸場 (繰糸場) (東置繭所) (西置繭所) 3棟
 
翌日から4連勤なので、暇を見つけてボチボチ写真の編集しながら旅日記を書いていきますのでお付き合いくださいね。
 
先ずは1日目の出発から。
前日が遅番の勤務なので、14日に出発したのが9時で、布団を積んでいざ出発。
岐阜から土岐市に出てそこからはひたすら木曾谷(19号線)を北上しました。
途中の道の駅で、てんぷらうどんの昼食。
 
木曽駒ケ岳
 
木曾谷→鳥居トンネル→塩尻市→松本市→別所温泉。
鹿教湯温泉から別所温泉までは、細い細い山道をくねくね。くねくねガーン
 
別所温泉には、北向観音安楽寺があり、16時に着いたのが北向観音。
    
 
          
 
愛染カツラ(天然記念物)高さ22m・目通り5,5m。
眼下には上田市。
 
ここから5Kほどの所に安楽寺があり、そこの八角三重塔が今回の旅で一番期待していた所です。

 

次回に続く

 

明日もいい日でありますように ニコニコ

 

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今夜(16日)は、信州のどこかの道の駅で泊まっている予定です。

 

予約投稿して行きますね。

 

息子夫婦からの母の日のカーネーションと誕生日プレゼントです。

持ってきてくれた日は、にっこりが勤務日だったので、会社の方へ届けてくれました。

食堂のテーブルの上でパチリ。カメラ

 

私の好きなROOTOTEのバッグはオカリナのレッスンに持って行きましょう。

ロゴにもなってるカンガルーのように、脇に収納ポケットが付いているのが特徴です。

選んでくれた嫁ちゃんの気持ちのような柔らかな色合いの贈り物は、これから私の身の周りで活躍してくれるでしょう。

 

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長男夫婦からは、数日前LINEで、「母の日&誕生日プレゼントを13日に送るから冷凍庫のスペース空けててね」ってきたから、楽しみにしていました。ラブラブ

 
長男の勤める「魚太郎』からのクール直送便で届きました。

 

 
とろさばはあまりにも大きいので、測ったら30cmもあり、肉厚でメチャ美味しそうです。

緑の紙に包んでそれぞれ袋に入っていましたが、写真を撮るために中身を出しています。

 

真空パックのは冷蔵庫でも良さそうです。
冷凍庫空けてて良かった~。
 

しばらくはお魚を買わなくても良さそうです。  魚 魚 魚 魚 
 
明日もいい日でありますように ニコニコ

  

 


テーマ:

 

木曽川の右岸の河川敷に各務原浄化センターがあり、その隣の公園にバラ園があります。

5月5日に、ピークは過ぎたかな~と思って行ってみたけど、まだまだ間にあったって感じでした

            

バラ園のそばに15年前から名前が知りたいと思っていた樹の花が盛りでした。

15年前に、大垣城の天守閣から見降ろす所に黄色い花が咲いていて、受付の人に聞いても名前がわからなかった、謎の花でした。はてなマーク

 

「黄色い花の木」とググってみたら、ユリノキ(百合の木)の花でした。

 

花はチューリップのようで、この木が日本に渡来したのが明治8年ごろで、30個の種子から出た苗木を東京国立博物館植えられたのが明治14年だとか。

 

英名にチューリップが入っていても当時はまだなじみが無くて、ユリにしたんだそうな。

 

別名

ハンテンボク(半纏木)やヤッコダコノキグンバイノキ・など、葉の形が似ている。

レンゲボク(蓮華木)・花が蓮華に似ている。

チューリップツリー・花がチューリップに似ている。

 

花の名前がわかってすっきりしました爆笑

 

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にっこりは5月14日で69歳になります。

自分勝手でコメント欄やメッセージ欄を閉じていますが、皆さんからの というお声が聞こえるようです。音譜

 

「ありがとうございます」ラブラブ

 

(60からの一歩)というメインタイトルにもあるように、60歳になって暇が出来たから何かに挑戦しようと始めた事の一つに、車中泊の旅があります。

 

毎年春と秋に2回、冷暖房なしで寝られる季節に行くようにしています。

 

能登半島ぐるりの旅が最初で、それから病みつきになり、今回で12回目になります。

 

今年の春の車中泊のタイトルは「群馬・長野の旅」にしました。

 

誕生日の14日に出発して、持病の腰痛を労わりながら、下道ばかりで4日間でゆっくり周ってこようかなと思っています。

 

富岡製糸場・小諸城懐古園・上田城・北向観音・布引観音・碓氷峠は絶対行きたい所で、時間が許せば行きたい候補には川中島古戦場・松代・美ヶ原高原・など考えています。

 

北向観音や布引観音は、じゅじゅやんさんのブログを見て行きたくなりました。

2017,9,28 と 2017、10、1の記事です。

 

碓氷峠は「木曽で架け橋、太田の渡し、碓氷峠が無くば良い」中山道三難所の一つだから、前から興味がありました。

 

15日締め切りの勤務で、月またぎの4連休をいただく事が出来たので、遠くまで行く気になりました。

 

仕事辞めたら東北や北海道をゆっくり周ってきたいと思っていますが、その頃は運転する気力があるかどうか・・。

 

行く事が出来る体力のうちに無理しない程度で続けて行けたらいいなと思っています。車運転

 

明日もいい日でありますようにニコニコ

 

 

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