主イエスの恵みによって救われるのだ

                使徒行伝 第15章1~17節

 

              加 藤 高 穂

 

割礼を受けなければ

かつては熱心なパリサイ派だったにせよ、キリスト者になったからには割礼やモーセの律法を遵守することによって救われるといった考えからは、とっくに自由になっていたはずである。

だが、現実は違った。エルサレムから派遣されたユダヤ主義キリスト者たちは、異邦人は割礼を受け、モーセの律法を守らねば救われないと説いて、多くの異邦人からなるアンテオケ教会を不安に陥れ、混乱と動揺を招いたのだ。彼らの主張がまかり通れば、キリスト教はユダヤ教の一派と異ならず、主イエスの十字架は空しくなり、真の救いは潰え去ってしまう。生ける主イエスの証人として、一歩も譲ることはできない。パウロとバルナバは、ユダヤ主義キリスト者たちと激しく斬り結んだ。

しかし、相手も強硬に自説を掲げて譲らぬ。最早、争論によって決着をつけることはできなかった。そこでアンテオケ教会は、使徒パウロやバルナバそのほか数人の者がエルサレムに上り、使徒たちや長老たちと、この問題について協議することになったのである。

 

ピニケ、サマリヤを通って

「彼らは教会の人々に見送られ、ピニケ、サマリヤを通って、道すがら、異邦人たちの改宗の模様を詳しく説明し、全ての兄弟たちを大いに喜ばせた」(行伝15:3)。

地図で見ると、シリヤのアンテオケからユダヤのエルサレムまで、直線距離で530㌔を越える。少なくとも、十日以上の徒歩の旅となったであろう。途上にあるピニケ(フェニキヤ)、サマリヤといえば、ほんの十数年前、イエス様ご自身が伝道された地である。

一行は、ピニケの土を踏めば、「小犬もその主人の食卓から落ちるパン屑は頂きます」と主に迫り、悪霊に憑かれた娘を癒されたカナンの女に思いを馳せたろう。また、サマリヤに入れば、ヤコブの井戸の傍らでイエス様とお会いしたことで、暗い過去から解き放たれ、天来の生命の水に潤されて、生まれ変ったスカルの女を思わされたに違いない。

更にはステパノ殺害を発端とするキリスト者迫害によって散らされた人々、殊にピリポの伝道によってキリスト者となったサマリヤの人々に思いを馳せたであろう。

思っただけでない。一行は、彼らの集会を訪ねていたのだ。喜ばしいことに、良い地に落ちた種子さながら、福音の命は、豊かに芽生え育っていたのである。

初めて顔を合わせる人たちだった。だが、そこに何の隔てもない。まるで、生まれる前からの懐かしい友、愛する兄弟姉妹との再会を喜び合うかのように、生ける主イエスにある一つ生命に溶け合い、迎える人も迎えられる人も、互いに喜び、讃美と祈りを共にしたのである。

この箇所を読むと。青年の頃、大﨑完治兄と共に、教会から派遣され、東北・関東・関西地方のアサ人を訪ねる旅に出させて頂いた日のことが、昨日のことのように鮮やかに甦る。中国地方からは、就職試験のために帰福する私に代わり、故野口祐一兄が旅を続けてくださった。

この時、かつて一度もお会いしたことのない、それぞれのお宅で、実に温かく迎えて頂き、讃美のときを恵まれた。エルサレムに向かうパウロとバルナバ一行も、地方々々のキリスト者家庭で心から喜び迎えられ。旅の疲れも一遍に吹き飛んだであろう。その日の情景が、ありありと目に浮かぶようである。

パウロとバルナバは、お訪ねした異邦人キリスト者に、シリヤのアンテオケのみならず、はるか彼方のクプロ(キプロス)、小アジヤのパンフリヤ、ガラテヤの地に至るまで、福音が浸透し、多くの異邦人がキリスト者として生まれ変わっている模様を伝えた。人々は、それを聞くと、我が事のように喜び、「主の御栄えこそ、我らの讃美」と、生ける主の奇しき恵みを、魂一杯、ほめ称えたのだった。

 

エルサレムに着くと

「エルサレムに着くと、彼らは教会と使徒たち、長老たちに迎えられて、神が彼らと共にいてなされたことを、ことごとく報告した。ところが、パリサイ派から信仰に入って来た人たちが立って、『異邦人にも割礼を施し、またモーセの律法を守らせるべきである』と主張した。そこで、使徒たちや長老たちが、この問題に就いて審議するために集まった。激しい争論があった後、ペテロが立って言った、『兄弟たちよ、ご承知の通り、異邦人が私の口から福音の言葉を聞

いて信じるようにと、神は初めの頃に、諸君の中から私をお選びになったのである。そして、人の心をご存じである神は、聖霊を我々に賜わったと同様に彼らにも賜わって、彼らに対して証をなし、また、その信仰によって彼らの心を清め、我々と彼らとの間に、何の分け隔てもなさらなかった。しかるに、諸君はなぜ、今我々の先祖も我々自身も、負いきれなかった頚木をあの弟子たちの首に掛けて、神を試みるのか。確かに、主イエスの恵みによって、我々は救われるのだと信じるが、彼らとても同様である』。すると、全会衆は黙ってしまった」(行伝15:4~12a)。

 その口から吐く言葉に命が懸かっておればこそ、語気は鋭くなり、激しくもなる。ユダヤ主義キリスト者は、自分の信念に基づき、舌鋒鋭く切り込んでくる。「異邦人にも割礼を施し、またモーセの律法を守らせるべきだ」。

 受けて立つ方は、イエスの死を、身に負うている。たとい我が身を焼かれるために渡しても、五体を八つ裂きにされても、キリスト・イエスの救いの真理に立つ者として、譲ることはできない。

火を噴くような激しい言葉が飛び交い。言葉と言葉がぶつかり合っては、火花が散った。どれだけの時が経過したろう。誰一人、時間を気にする者などいなかった。

そのとき、主イエスの筆頭弟子・使徒ペテロが立ち上がったのである。彼は、最早、上から目線で言葉する人ではない。十字架の主イエスの御前に、罪人の中の罪人、唯、主の憐れみ、救いの恵によって生かされている者として、証をした。

彼は、皮なめしシモンの家の屋上で見た幻と、百卒長コルネリオの家での出来事により、自分の狭い了見を破られ、蒙を開かれたことを語った。神の御心は、自分たちユダヤ人にも異邦人にも、等しく聖霊を給うことによって、共に救いに与からせたいという大きく深い憐れみに発していること。また、ユダヤ人も異邦人も、「主イエスの恵みによって」救われるのであり、割礼の有無や律法の行いによるのでないことを、諄々と説いた。主の憐れみだけが、自らの救いの源泉。それ以外にないことを、如々に知らしめられたペテロの言葉は、人々の心を打ち、全会衆は黙ってしまった。

 

主を尋ね求めるように

「それから、バルナバとパウロとが、彼らを通して異邦人の間に

神が行われた数々の徴と奇跡のことを、説明するのを聞いた。『兄弟たちよ、ご承知の通り、異邦人が私の口から福音の言葉を聞いて信じるようにと、神は初めの頃に、諸君の中から私をお選びになったのである』。二人が語り終えた後、ヤコブはそれに応じて述べた、『兄弟たちよ、私の意見を聞いて頂きたい。神が初めに異邦人たちを顧みて、その中から御名を負う民を選び出された次第は、シメオンが既に説明した。預言者たちの言葉も、それと一致している。すなわち、こう書いてある。《その後、私は帰ってきて、倒れたダビデの幕屋を建替え、崩れた箇所を修理し、それを立て直そう。残っている人々も、私の名を唱えているすべての異邦人も、主を尋ね求めるようになるためである》』」(行伝15:12b~17)。

 最後に教会内外から一目置かれていた、主の兄弟ヤコブが立ち上がった。そして、使徒ペテロの言葉が、神の御心に合致していることを、預言者アモスの言葉で裏打ちしたのである。

キリストの出現こそが、ダビデの幕屋を再建するのだ。まことの礼拝は、そこに始まる。霊と真による礼拝がなされているかどうか。それこそが時代を超えて、私どもの喫緊の課題なのだ。

〔2018.5.20.〕