「薔 薇」(ばら)
加 藤 高 穂
薔薇一花洋酒の壜に燃ゆるごと
殉教の島に祈りの赤い薔薇
少年の頃、ボッティチェリの有名な絵画『ヴィーナスの誕生』(1486年頃)を図版で目にした印象は、美の女神はやけに首が長いなあというものだった。
フィレンツェの美術館で原画を見た訳ではないが、今にして思えば壁に飾られる絵の大きさ(172.5×278.5cm)から、画家は首の長さも見る人の目に、最も美しく映ることを頭において描いたのであろう。
春たけなわ、地中海に浮かぶキプロス島近くの青い海。泡立つ波の中から生れたヴィーナスは、薔薇の花が降り注ぐ中、大きな帆立貝の上に、永い眠りから目覚めたかのような風情で立っている。白く輝く裸体を恥じらい隠そうとする、愛の女神の淑やかな立姿がまばゆい。
古代ギリシャの抒情詩人アナクレオンは、海が盛り上がり、波の上に美しいヴィーナスが姿を現わしたとき、大地は自分も神々と同じように美しいものを創造できるといって、薔薇の花を生み出した。神々はその完璧な美しさに神酒を注ぎ、薔薇を喜び称えたと、詩に詠ったという。
こうして、愛と美の女神ヴィーナスと結びついた薔薇は、ローマ帝国滅亡後、いつしかキリスト教の象徴となり、聖母マリアは「純潔の薔薇」「神秘の薔薇」と呼ばれるようになった。さらに赤い薔薇は殉教、白い薔薇は純潔のシンボルへと生れ変わったのである。
わが家の庭には白い薔薇が咲き、御名の故の迫害も知らずにいる。主の憐れみを、覚えずにおれない。
〔2018.5.20.〕