「 初 鏡 」
加 藤 高 穂
父に似た顔に会ひけり初鏡
父逝きて小振りとなりぬ黄水仙
ギリシャ神話に登場するナルキッソスは、水に映る己が姿に恋して死に、水仙の花に化したという。
春山行夫氏の著『花の文化史』(中央公論社)には、「水仙」に関する興味深い話が出ていたので、そのままを紹介させて頂きたい。
美少年のナルキッソスは美しいニンフ(森や泉の精、半神半人の乙女)たちをいくたりもだました。エコーは彼にだまされたニンフの一人で、見捨てられたのをかなしんで、森の奥深いところに姿を隠してしまった。そして洞穴や山の崖の中に住んでいたが、深い嘆きのために肉体はだんだんに消えて、声だけになってしまった。今でも森に行って、可哀想な彼女に呼びかけてみたまえ。彼女は自分に呼びかけるものに、答えようとしていることがわかるだろう。エコー(山彦)というのは、彼女の伝説から生れた言葉である、とあった。
元日の朝、顔を洗おうと目の前の鏡を見た。すると、どうだろう。二十三年前に召された父が、こちらを見つめ返しているではないか。ぎょっとなって見直すと、いつに変わらぬ自分の顔が映っているだけだった。
光陰矢の如し。いつしかそんな齢になったことを、しみじみと実感させられたのである。
ナルキッソスには似ても似つかぬ己がご面相はさておいて、かつて庭の片隅には父母が植えた黄色い喇叭水仙が咲いていた。
だが、父亡き後、年々、小ぶりとなり、いつの間にか花の姿は消えていた。あの黄色い喇叭水仙も、今は父母のいる別世界で咲いているのだろうか、…。