神は人をかたより見ない

            使徒行伝 第10章28~48節

 

                加 藤 高 穂

 

大らかな自由

 パレスチナのカイザリヤに駐留するローマ帝国のエリート軍団・イタリヤ隊の百卒長コルネリオと、徒歩50㌔の旅で汗まみれ・埃まみれになった身に粗末な衣服をまとった使徒ペテロが、いかにも嬉しくてたまらないという風に、満面に笑みをたたえ、共に語らいつつ部屋に入ると、何と…。そこにはコルネリオの家族や友人たち、大勢の人々が今や遅しと、ペテロを待ちわびていたのである。

 ペテロは、そんな彼らに親しげに語りかけて言った。

「御存知の通り、ユダヤ人は他国の人と交際したり、近づきになることは禁じられています。しかし、神は、どんな人間も清くないとか、汚れているとか言ってはならないと、私にお示しになりました。お招きに与かったとき、少しもためらわずに参ったのは、そのためなのです。そこで伺いますが、どういう訳で、私を招いて下さったのですか」(行伝10:28~29)。

 実直な人柄そのままに、ペテロは誠意ある問いかけの言葉を発した。律法に忠実なユダヤ人は、汚れているとして食べない食物タブーがある。また、神の選民として、異邦人と交わることを禁じられてもいた。そのユダヤ人ペテロが、異邦のローマ人に招かれたのである。当然、律法に禁じられたご馳走を食べることにもなろう。

 ところが、ヨッパの皮なめしシモンの家に逗留していた日のことだった。ペテロが、いつものように屋上で正午の祈りを捧げんとしていると、突然、天来の幻(ホラーマ)に接して、生けるイエス様の御声を聴いたのである。

 その日を境に、ペテロの民族的な偏見や食物タブーは、奪われてしまった。出されたものは何であろうと、有難く感謝して食べる。どんな人とも、分け隔てなく交わる。その大らかな自由を、受けしめられたのだ。

 そんなペテロが、コルネリオを始め異邦の民・ローマ人が、どうして自分のような者を招いたのかと、胸中の率直な思いを、吐露したのである。

 

コルネリオの返答

 「これに対してコルネリオが答えた、『四日前、丁度、この時刻に、私が自宅で午後三時の祈をしていますと、突然、輝いた衣を着た人が、前に立って申しました、《コルネリオよ、あなたの祈は聞き入れられ、あなたの施しは神のみ前に覚えられている。そこでヨッパに人を送ってペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は皮なめしシモンの海沿いの家に泊まっている》。それで、早速あなたをお呼びしたのです。ようこそおいで下さいました。今、私たちは、主があなたにお告げになったことを残らず伺おうとして、みな神の御前にまかり出ているのです』」(行伝10:30~33)。

 「今、私たちは、主があなたにお告げになったことを残らず伺おうとして、みな神の御前にまかり出ているのです」と驚くべき言葉が返ってきたのだ。

 まるで祈りのうちに、神の御声を聞くかのように、コルネリオはペテロに聴こうとしている。イエス様の御霊が働かずして、どうしてこんな事が起こり得ようか。ペテロより高い地位にあるローマ人が敬虔な気持をもって、欣然と坐しているのである。

 

ペテロ、語り始める

 「そこでペテロは口を開いて言った、『神は人をかたより見ない方で、神を敬い義を行う者はどの国民でも受け入れて下さることが、本当に良く分かってきました。あなた方は、神が全ての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、イスラエルの子らにお送り下さった御言をご存じでしょう。

 それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土に広まった福音を述べたものです。神はナザレのイエスに聖霊と力とを注がれました。このイエスは、神が共におられるので、良い働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々を悉く癒しながら、巡回されました。私たちは、イエスがこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさった全てのことの証人であります。人々はこのイエスを木に架けて殺したのです。

 しかし神はイエスを三日目に甦らせ、全部の人々にではなかったが、私たち証人として予め選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。私たちは、イエスが死人の中から復活された後、共に飲食しました。

 それから、イエスご自身が生者と死者との審判者として神に定められた方であることを、人々に宣べ伝え、また証しするようにと、神は私たちにお命じになったのです。

預言者たちも皆、イエスを信じる者はことごとく、その名によって罪の赦しが受けられると、証しをしています』」(行伝10:34~43)。

 イエス様の御霊を受けた刹那、ペテロの目から鱗が落ちた。そして、ありありと見えたのは、神はかたより見るような御方でないということだった。

 長い間、ユダヤ民族は、神の選民として、自分たちだけが神に受け入れられ、祝福をうける資格があると思い込んでいた。

 確かに神は、福音を先ずイスラエルに送り給うた。だが、それは彼らだけが神の恵みと祝福に与かるためではない。彼らが全世界に神の救いを宣べ伝えることで、世の人々が永遠の救いに与かるようになるためである。その尊い神の使命に生きる器として、イスラエルは選ばれたのだ。

 その福音は、洗礼者ヨハネのバプテスマに始まり、主イエスによるガリラヤ、ユダヤ、エルサレムなどにおける伝道、そして十字架、復活に及ぶのである。

 確かに主なるイエス様は、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(わが神、わが神、何ぞ我を見捨て給うや)と、悲痛な叫びを上げて、息を引き取り給うた。

だが、どうか。ゴルゴタ丘上の十字架の死で、全ては終らなかった。墓に葬られて三日目の朝、復活されたのだ。

 主イエスは死に給わず!見よ、甦り給えりと、復活による永遠の生命を明らかにされたのである。そして主イエスは、今も、現に、生きて働き給う。

 

聖霊、異邦人に降る

 「ペテロがこれらの言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊が降った。

 割礼を受けている信者で、ペテロについてきた人たちは、異邦人たちにも聖霊の賜物が注がれたのを見て、驚いた。それは、彼らが異言を語って神を讃美しているのを聞いたからである。

 そこで、ペテロが言い出した、『この人たちが私たちと同じように聖霊を受けたからには、彼らに水でバプテスマを授けるのを、誰がこばみ得ようか』。

 こう言って、ペテロはその人々に命じて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けさせた。それから、彼らはペテロに願って、なお数日のあいだ滞在して貰った」(行伝10:44~48)。

 主イエスが、復活されて五十日目のことだ。突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同が坐っていた家一杯に響き渡った。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現われ、一人々々の上に留まったという。

 あのエルサレムにおける初代教会誕生当時そのまま、ペンテコステ(聖霊降臨)の現象が、目の前に現出したのである。

 ペンテコステの日。最初の弟子たちが御霊を受けたと同じように、彼らは異言を語り、全身全霊、生ける神を、イエス様を魂いっぱい讃美しているではないか。

 ペテロについてきたキリスト者たちは、異邦人たちにも聖霊の賜物が注がれたのを見て驚いた。ペテロは、神は人種・民族の違いによって差別待遇しないと明言したが、その事実が、今、目の前で起きている。

 ヨッパからペテロに同行してきたユダヤ人キリスト者たちは、皆、驚きと共に、言い知れぬ感動に満たされていた。ペテロは、そんな彼らに向かって、異邦の友どちに、水のバプテスマを受けさせた。

 こうして、聖霊の注ぎを受けた人々は、水のバプテスマを受け、私ども教会の仲間が、そうであるように、主イエス・キリストにある兄弟姉妹として、喜びを共にしたのである。

2026.1.20.