「初 湯」
加 藤 高 穂
初湯なり身ぐるみはがれおねしょの子
夢の中、おしっこの場所が見当たらず、やっと見つけた原っぱで、溜りに溜ったものを思い切り放出した瞬間の快感はたまらない。
それも束の間、生温かいものを感じ、「しまった!」と思っても遅い。まさに「覆水盆に返らず」である。両手を背中や尻の下に敷き、布団の濡れていない部分に身を縮め、夜明けを待つ。その時間の長いこと。
それだけでない。ふとんに描かれた場所不明の世界地図を、年端も行かぬ妹にじっと見られるばつの悪さ、兄貴の面目丸つぶれである。さらに、染みのついた布団は、物干しに乾され、人目にさらされるのだ。
これが、正月二日の初湯となれば最悪である。身ぐるみ剥がれ、浴室に連れて行かれる。沸きたつ前の湯は冷たく、初春を寿ぎ、淑気を喜ぶどころでない。唯々、情けないだけである。
こうしたオネショの習性から解放されるのは、総じて男の子よりも、女の子の方が早いようだ。小学校高学年まで時々しくじっていた自分に比べると、六歳下の妹は三歳位でそんな失敗を卒業していた。
それだけに、苦い思いをした者として、わが子がお洩らしをしても大目に見ることができた。私どもは、自ら失敗することで、他者のしくじりを許す寛容さを身につけるものらしい。そういった意味では、幼少期を含め、若き日の失敗は、真に有難いことなのだろう。
その昔、太陽熱で乾いたオネショ布団にもぐりこんだ息子が「お日様の匂いがする!」と嬉しそうな声を上げた。その言葉が忘れられない。