「秋刀魚」(さんま)

                加 藤 高 穂

 

   首筋のさんま漁師の皺深し

 

   隣家より秋刀魚の煙ときけり

 

   子もいつか秋刀魚の苦味解るらん

 

 この季節になると、古典落語の傑作「目黒のさんま」が脳裏に浮かぶ。大名家の殿様が遠乗りをして、目黒にまでやって来た。さんざん走ったところで、空腹となる。生憎、家来は弁当を持参していない。

 折も折、一軒の農家が、サンマを炭火で焼いていた。ジュージュー音を立て、脂が滴り落ちる。もうもうたる煙とともに、大きく炎が上がる。涎流れるような、旨しい焼魚の匂いが鼻孔を刺激する。

 殿様は堪らず、サンマを所望し、箸をつけて驚いた。こんな美味いものは食ったことがないと、城に帰ってからも、その味が忘れられない。

 そんな或る日、親類の宴に招かれ、「お望みの料理は?」と聞かれた殿様は、大喜びでサンマを所望した。だが、庶民が食べる下魚をお出しするわけにゆかぬと、料理番が、脂を抜き、小骨を外し、サンマを吸い物にして出した。

 一口味わった殿様は、ガックリである。「このサンマは、どこから取り寄せた?」「日本橋の魚河岸からです」「そりゃ、いかん!やっぱり、サンマは目黒に限る」と、くすぐりの効いた笑いで落ちとなる。

 我家も安価だったサンマには、大いにお世話になった。だが、近年はサンマの漁獲量は減少しているという。店先に並ぶ値札をみると、一尾350円となっていた。最早、高級魚の仲間入りである。秋刀魚のはらわたの苦味が、庶民の口でなく、懐に広がっていく。