生ける主の息吹き

            使徒行伝 第28章30~31節

 

                加 藤 高 穂

 

ローマへの旅立ち

 二年という歳月をカイザリヤの獄屋で空しく過ごしたパウロにとって、それは予想だにしない形であったろう。私どもは、心の内に自分の道を考え計る。だが、主の御旨は、私どもの思いを遥かに超えている。

そして今、パウロは、当初、考えもしなかった経緯をたどり、未決囚の囚人として、念願のローマに行くことになった。エルサレムにあるユダヤ最高の権威サンヘドリン議会でも、カイザリヤのローマ総督による裁判でもない。世界に冠たるローマ帝国最高の権威・皇帝ネロによる直接の裁判によって、主の弟子としての身の証しを立てるべく、カイザリヤから海路1,200㌔、さらに陸路180㌔のローマに護送されることになったのである。

途中、船は地中海で激しい嵐に襲われ、乗組員全員が絶望。死を覚悟する状況に陥った。そんな中、パウロは人々を励まし、生きる希望を抱かせた。そして、船は難破。積荷をはじめ、所有物の全てを失ったものの、一人も命を失うことなく見知らぬ島(後にマルタ島と判明)に漂着した。島の人々の親切にも助けられ、航海禁止の冬季三ヶ月を島で過ごすと、遂にローマに到達したのである。

 

生くるも死ぬるも

 私どもの人生も同じだ。目論見通り、事が成るとは限らない。むしろ、不如意な事態に直面することが、多々起こる。幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風吹き荒び、助かる最後の望みも失せてしまう危機に直面することもあろう。

 危急存亡の時、この危機を取り去り給えと、パウロの同船者は一心に祈ったであろう。だが、主イエスは、容易に危難を取り去り給わなかった。

パウロもパウロである。カイザリヤでの幽閉、人々の無理解と弾圧、そして嵐の海での危機と、次々に襲い来る苦難を、自らの使命・十字架として生きるべく、少しも騒ぎ立てることなく、主イエスの僕として受けしめられていった。主イエスの御名が崇められさえすれば、万々歳である。そのためには、己が命など何程の価値があろう。生くるも死ぬるも、全てを主にお委ねして生きる人間の、何ものにも侵されることの無い、明るく喜びに満ちた平安と自由である。

 そのとき、思いがけない方角から、救いの道が開かれた。神が途方に暮れ給わぬ限り、主イエスが生きて働き給うかぎり、パウロがそうであったように、私どもは行き詰まっても、行き詰まらないのだ。

 かつて主イエスは、弟子たちに「あなた方は、この世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。私は、すでに世に勝っている」(ヨハネ16:33)と、言い給うた。

 私どもは道に窮し、行き詰まる。しかし、神が生き給う限り、必ず道は開けるのだ。自分の力でない。主イエスが働いて下さるのである。その生ける主の姿を見ることはできない。しかし、主が生きて働き給うのを感ずるのだ。

 

ローマでのパウロ

ローマ到着後、パウロはかなり自由な生活を許された。家を借り、誰彼の別なく来訪者を迎えることもできた。だが、囚人であることに変わりはない。彼の手首は、四六時中、監視の兵卒の手首と、鎖で繋がれたままだった。

 しかし、主イエスの到来と共に始まった、新たな救いの喜びを告げ知らせずに居れぬ。パウロは、「訪ねて来る人々をみな迎え入れ、憚らず、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教え続けた」(行伝28:30b~31)とある。パウロならずとも、生ける主の息吹きを受けて、共に歩ませられたい。