「桜 餅」(さくらもち)
加 藤 高 穂
桜餅眠るむつきの幼かな
まづ一つ葉衣のまゝ桜餅
桜餅写真の母の手の伸び来
西南学院高校非常勤講師時代のことである。卒業まもない生徒さんのお宅に、妻共々招かれ、彼女手作りの洋風料理フルコースを楽しませて頂いた事があった。丹精こらした若葉色のスープに始まり、心のこもった一品一品の味は、格別だったのは言うまでもない。
花の頃になると、お宅そばの小高い丘は、満開の桜で淡いピンク色に染まる。木下道を行くと、過ぎし日のことが、彼女の柔らかな美しい笑顔と共に、ふっと心に浮かぶ。
とまれ桜と聞けば、無性に桜餅が恋しくなるのだが、桜餅に二通りの別があるのを、この年になるまで知らずにいた。
小麦粉を練って薄焼きにした皮に餡を入れ、塩漬けの桜の葉で包んだクレープ状の関東風桜餅(長命寺)と、餅米を原料にした関西風桜餅(道明寺)である。しかし、何といっても、私には餅米仕立ての桜餅が最高に美味しい。
明るい春の光の中、生まれたばかりの愛らしい女の子が、匂いやさしい産着に包まれ、安らいでいるかのような風情の桜餅。亡き母も、桜餅が大好きだった。子供の頃、近所の和菓子店で求めた桜餅を、妹をまじえ親子で美味しく食べた日の記憶も新しい。
その母の写真に、桜餅を供えると、表情が一瞬和らいだように見えた。流石に手は伸びて来なかったものの、このまま無事に済むのだろうか?
知らぬ間に手がのびて、桜餅が…と、なりはしないか。怪しいものではある。