平和と喜び

             ローマ人への手紙 第5章1~5節

 

              加 藤 高 穂

 

神に対する平和

「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている(ロマ5:1)。

 神の恵みと祝福に与かるには、義なる存在たらねばならない。そのためには、モーセの律法に忠実に生きること。このことこそが、救われるための唯一・最上の道だとして、パウロは誰よりも熱心に生きていた。それだけに、十字架に死んだはずのナザレ人イエスを

救主と仰ぎ、彼による以外に救いはないと人々に説いてやまないキリスト者たちを、神を畏れぬ邪教の徒として、パウロは情け容赦なく迫害した。その彼が、主イエス・キリストの圧倒的な光に巡り照らされ、ダマスコの大地に打ち倒されたのである。

その瞬間、古いパウロは死に、彼はキリスト者として生まれ変わった。神の敵だった者に、全く新しい世界が開けたのである。こうして、異邦人の使徒として、神の使命に生きる者とされたのだ。

 このパウロの回心に通じる例として、近世ではサンダー・シング(1889~1929)の回心が知られている。

 

サンダー・シングの回心

 金井為一郎氏の著書から紹介させてもらうと、サンダー・シングは、北インドパチアラ州(現パンジャブ地方)ランプルの由緒あるシーク教貴族の末っ子として誕生。父親は、この地方の荘園領主だった。敬虔な祈りの人であった母親は、愛する息子の幼児期より、神と永遠を求める心を育んだ。サンダーは母親を敬愛してやまなかったが、最愛の母は彼が14歳の時に世を去ってしまう。母親の死は彼の心を、癒し難い悲しみとなって襲い、魂の平安を求める激しい心の渇きとなったのである。

 彼は、この内面の渇きを満たそうと、ウパニシャッドやコーランを読み耽り、聖典の研究に打ち込んだ。さらに何時間も瞑想を実践。ヨガの修行も習得した。

彼は言う。「私は、ヒンズー教、仏教、イスラム教というインドの諸宗教が提示する方法で平和を求めたが、それを発見できなかった。独力で得られるものではなかったのである」。

 当時、彼は地元のミッションスクールに通っていたが、熱心なシーク教徒故に、キリスト教を激しく憎み、その教えと礼拝に反抗して、聖書を焼き捨てた。

 しかし、心の闇は深く、魂の飢渇と懊悩は尽きず、平安を得られない。行き詰まった挙句に彼は、最早これまでと、自殺を決意するに至った。その夜、彼は、全身全霊を注ぎだして神に祈り、答えがなければ、明朝5時、一番列車が通る時、線路に身を投げて死のうと覚悟したのである。

 翌12月18日の朝3時、凍てつく寒さの中で、彼はシーク教の儀式的な沐浴を済ませ、一心に神に祈った。

「神よ、もしあなたが在し給うのなら、この哀れな私に真理を示して、平安を与えて下さい」。

 だが、答えはなかった。それでも精魂傾けて祈ること半時、前方に不思議な光を見たのである。彼は火事でも起きたのかと、戸を開けてみたが何事もない。再び戸を閉めて祈り続けていると、神々しい光の輪が床に広がり、神が姿を現わされたのである。

その神は、彼が信奉していたヒンズー教のクリシュナでも、仏教の開祖釈迦牟尼でもなかった。思いもしなかった主イエス・キリストだったのである。サンダーは驚き畏れ、思わず礼拝しようとした。その刹那、御声が響いたのだ。「お前は、何ゆえ私を迫害するのか。私はキリストである。私は、お前のために、十字架上で死んだのだ」。

 サンダーは衝撃で、声も出なかった。キリストは、二千年前に死んだ偉大な宗教家ではない。今も、現に、生きて、働き給う救主なのだ。彼は、主の足下に身を投げて、赦しを乞うた。

すると、あらゆる悩みと苦しみは瞬時に消え去り、キリストの愛が、潮となって彼の心を襲い、魂を貫流し、言い尽せぬ平和と喜びが湧き上がってきた。そして、彼が再び顔を上げた時には、主イエスの姿は消えていたが、以来、何ものにも動かされぬ平安が、彼のうちに留まり、永遠に消える事はなかったという。

 

新しい時の割入り

 ところで、使徒パウロが「私たちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている」というとき、それは単に私ども一人々々

の内面に起きる、心の変化のことを言うに止まらない。永遠なる救いの時が、この罪の世界に割り入ってきたことを指しているのだ。

 主イエスの十字架の生命に与かり、上より賜わる信仰を受けることによって、私どもは神の御前に義とされ、神の平和が私どもを支配するようになったのだ。キリスト・イエスが、私どもの主となり給うことで、神との平和が生まれ、私どもは古き力なる律法と罪、死と滅びの縄目から自由にされたのである。

神による新しい時が、この世に始まった。なればこそ、私どもが生ける神に立ち帰る時、サンダー・シングの回心に見る如く、永遠に消えることのない平安に与かり、主イエスの下に、新たな命に生きる喜びと力を受けるのである。

 

恵みに導き入れられた

「わたしたちは、さらに彼により、今立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光に与かる希望をもって喜んでいる」(ロマ5:2)。

 何たる勿体なさか!私どもは、「主イエスによって、今立っているこの恵みの中に導き入れられてしまっている」のだ。

 十字架の主イエスを知らず、神を求めて苦しんでいた当時、足下の大地が崩れ、真っ暗な穴に吸い込まれ、どこまでも限りなく落ちていく自分の影を見た。今となっては、それが幻であったのか、夢であったのか、或いは単なる心象風景だったのか定かでない。ただ、その生々しい記憶は、今も心に残っている。

 しかし、暗黒のただ中にあって、救いもなく、死と滅びを実感していた者を、十字架の主は受けとめて下さり、神の恵みの中に導き入れて下さったのである。それだけでない。パウロは、神の栄光に与かる希望をもって喜んでいるという。暗い過去を引きずって生きるのでない。将来する明るい未来が、目の前に広がっているのである。救いに与かる資格など、どこにもなかった者が、思いがけなく、神の恵みに与かったのだ。

 かくして、使徒パウロは、驚くべき主イエスの恵みに導き入れられた者への賜物を、勢いよく活動する火山の噴火さながら、抑え難い讃美と喜びの言葉を次々に噴出させていく。

 

患難・忍耐・錬達・希望

「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、私たちに賜わっている聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからである」(ロマ5:2~5)。

「患難」とは、キリスト者として生きる上で受ける、あらゆる不利益、損失、誤解、犠牲、迫害等の艱難をいう。人の誰が、敢えて「患難」を喜ぶだろうか。だが、聖書は「患難をも喜んでいる」と言うのだ。「喜んでいる」と訳された言葉は、通り一遍の喜びでない。勝ち得て余りある勝利を喜ぶ喜びである。そして患難は、忍耐を生むという。

 「忍耐」とは、自分の持場に固く踏みとどまることの意であり、消極的な忍従とは違う。不撓不屈、剛毅そのものの精神で、迫害に会っても屈することなく、進んで神の道を貫く心を言うのだ。この忍耐は、試練の中で鍛え抜かれ、実証された品性・実力たる「錬達」を生み、さらに錬達は「希望」を生み出し、この希望は決して失望に終わることはない。

 なぜ終わらないのか。これら全てが、私ども人間に源を持たないからである。此方は暗黒と絶望でしかない。その弱さのまま、主よ、アーメンと受けしめられるそこに、主の御血潮が圧倒的な力となって割入り、打貫いて来るのである。