第3543回 ドイツの飛行船に伝書鳩20羽搭載の要望のお話。
2024年10月6日 日曜日の投稿です。
昭和の伝道師【戦中・戦後のパイロットの物語】第2828話
前話までの主なあらすじ、
海軍軍令部参謀 後の第一航空戦隊参謀長【少将】の
草鹿龍之介 海軍少佐に同盟通信社の白井同風記者が
面会を要望し、一緒にドイツの飛行船のグラーフ
ツェッペリン号に乗ることになりましたと挨拶した後、
難しい要望を短期間で実現してほしいと頼み込まれた
そうです。
【前話 第3515回の続きより。】
白井同風記者は、
「草鹿さん、実は霞ケ浦航空隊に昨年まで勤務されていた
とか、それで国鉄荒川沖の駅を経由して、伝書鳩を20羽
海軍航空隊で阿見村の飛行船の格納庫まで届けることに
ついて、何とかお願い出来ないでしょうか。」
と、こんな要望があったのだそうです。
それで、当時、着席したまま、両腕を組んで、
こんな回答を行ったそうです。
「うー-ん。」
「海軍施設内での報道許可などは、海軍報道部の管轄で、
管轄違いの自分が横からどうのこうの行うと、海軍少佐
とはいえ、報道部長は海軍大佐なので、
「貴様、生意気な事をするな。」
と、こうなって、良いことにはならんから、報道部と
交渉してはどうか。」
と、こんな回答を行こなったのですが、困った表情を
して繰り返し頼まれたのだそうです。
戦後の皆さんにはよくわからないので、少し戦前の周辺の
様子を紹介すると、山手線の上野駅で常磐線【じょうばんせん】
に乗り換えまして、柏、我孫子、取手、藤代、牛久、と過ぎると
土浦駅の手前に国鉄 荒川沖と言う停車場がありました。
現在も荒川沖駅はありますが、ここから南に別の鉄道の
線路が稲敷郡阿見村まで敷いてあって、軍用鉄道と言うことで
厳しい監視が行われていたのです。
当時は、鉄道の写真を撮影したり、周囲の風景写真を
撮影すると、治安維持法違反で憲兵隊に逮捕されて
スパイ容疑で厳しい取り調べを受けることになって
行ったのです。
白井同風記者は、ここの海軍の施設に伝書鳩を20羽
輸送して、8月中旬に出発する予定のドイツの飛行船
グラーフ・ツェッペリン号に積み込みたいので、なんとか
便宜を図ってほしいとの要望であったのです。
当時、8月5日月曜日でありましたので、出発まで後、
2週間も余裕が無かったのです。
白井同風記者の申し立てでは、ドイツの飛行船の会社の
代表者の フーゴ・エッケナー博士とはドイツの事務所で
要望して、費用などのお話も済んでいるので、後は
海軍航空隊とのお話が難航しているとのお話であった
のです。
草鹿 参謀は、白井同風記者に対して、
「それは、そうと貴様、どうして伝書鳩が20羽も
必要なのか。」
と、質問に及んだそうです。
【次回に続く。】