第3076回 張作霖爆殺事件の陰謀のお話。【昭和の伝道師】 | 模型公園のブログ

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第3076回 張作霖爆殺事件の陰謀のお話。

 

 

       2024年2月11日日曜日の投稿です。

 

 

 

昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】第2797話

 

 

 

 

 

【前話 第3061回の続きより。】

 

 

 昭和三年こと、1928年6月の頃の日本の領土は、

 

戦後の現在、忘れ去られていますが、台湾や朝鮮半島や、

 

千島列島など、日本の領土でした。

 

 

 

みなさん、映画で203高地とか言う映画がありますが、

 

その舞台となった遼東半島から、中国東方部のハルピン

 

に至る鉄道も日本の領土だったのです。

 

通称、当時は、南満州鉄道と言いまして、「満鉄。」

 

と呼んでいました。

 

わかりやすく、戦後の日本で例えますと、東京から

 

大阪までの東海道新幹線がありますが、日本の土地

 

なのですが、外国の物で、新幹線の線路が外国領土で、

 

新幹線には外国の軍隊が警備を行い、日本人は口出しが

 

出来ない、今の米軍基地のような感じであったと説明する

 

とわかりやすいかと思います。

 

 

 

 

 中国の大連と言う港町が、満鉄の出発点でした。

 

ここの遼東半島を、中国は古くから関東州と呼んでいました。

 

 

 

 

 

それで、満州鉄道を警備する目的の日本陸軍の部隊の

 

ことを当時、「関東軍。」「かんとうぐん。」と呼んで

 

いたのです。

 

よって、当初は鉄道を警備するだけの歩兵連隊程度

 

の規模だったのです。

 

 

 

 

張作霖爆殺事件は、ここの部隊の高級将校が計画し、

 

隠密に実行されたとされていて、当時の白川義則陸軍大臣らも

 

事件が発生するまで陰謀を知らなかったとされています。

 

 

 

 

 

この事件が、田中義一内閣総理大臣を退陣に追い込んで

 

行く出来事に繋がって行ったのです。

 

この事件の事について、天皇陛下が激怒され、厳しい

 

言葉を田中義一総理大臣らにお話になり、内閣総辞職に

 

なって行ったそうです。

 

 

 

 

 【 田中義一陸軍大将の腹心であった 張作霖 将軍 】

 

 

張作霖【ちょうさくりん】将軍の乗っていた鉄道が爆破され、

 

張作霖将軍などが死亡したのですが、日本陸軍の支援目的で

 

派遣されていた日本陸軍の軍事顧問なども一緒に鉄道に同乗して

 

いたそうです。

 

だから、張作霖将軍らの人達もまさか味方の日本人が

 

鉄道を爆破したとか当初は考えなかったようです。

 

 それで、表向きのお話として、犯人の2名の支那人が

 

現場で射殺されたり、銃剣で刺殺され、遺体が見つかったり、

 

ソビエト共産党赤軍の爆薬の部品が見つかって回収された

 

ことになっていたのですが懐疑が生じて行ったのです。

 

 

 

 

300キロにも及ぶ、大量の爆薬をたった2名で運んで、

 

設置して、爆破したと言う筋書きだったようですが、

 

みなさん、ドラム缶が1本200キロです。

 

そうすると、ドラム缶1本半の大量の爆薬や導火線、

 

起爆装置などをたった2名で運んだとするのは

 

誰が考えてもおかしいと、こうなっていったようです。

 

そして、どうして爆破があった場所に、関東軍の部隊が

 

いたのかとか、不自然な事が次々と表に出てきたのです。

 

 

 

【次回に続く。】