日和山を後にして、石巻南浜津波復興祈念公園内にある「みやぎ東日本大震災津波伝承館」に向かいました。
石巻市は、約4千人が亡くなられた国内最大の被災市町村で、その中でも旧北上川河口部に位置する南浜地区(南浜町、門脇町及び雲雀野町)は津波の襲来とその後に発生した火災の延焼により500人以上の方々がお亡くなりになりました。
(石巻南浜津波復興祈念公園パンフレットより)
毎週土曜日は午前11時から12時と午後1時30分から2時30分の2回、「3.11みやぎ語り部講話」が開催されています。我々いっきゅう会も、11時からの午前の部を聴講しました。
この日の語り部は、「一般社団法人南三陸ひとtomoni」の伊藤俊さん。
伊藤さんは、現在、南三陸町の町議会議員をされている方ということもあり、被災当時の話に加えて、復興にかける活動や思いが強く表現される講話でした。
以前、別の語り部の方の講話を聴いたことがありますが、話の内容はひとそれぞれ。何度もリピートする価値ありです。
語り部講話の後、シアターを見て、最後に展示を見て回りました。
展示にも解説の方がついてくださるのですが、我々についてくださった草島さんの解説が素晴らしかった。
印象に残った話は、「40年ごとに到来する大地震。1978年の宮城県沖地震の次の地震への備えは十分だった。50年ごとに到来する津波。1960年のチリ地震津波の次の津波への備えは不十分だった。」というもの。
しっかり伝承していかなければなりません。
この展示も非常に印象に残りました。
「Q.東日本大震災の地震発生時、過去に大きな津波が来た話を思いうかべましたか?」という問いに対して、宮城県では、過去の津波を思いうかべた人は岩手県の半分以下だったそうです。(内閣官房と内閣府(防災担当)による2012年の調査結果)
解説の草島さんは、南浜にお住まいだったそうです。
自宅を購入する際、「ここには病院もある。文化センターもある。だから安全だ。という話に納得したけれど、役所の防災部署の正式見解だったのか確認もしなかった。」と、反省を込めてお話になっていたのが心に残りました。
厳しい反省の言葉もありつつ、全体的に軽妙で、聞く人を飽きさせない素晴らしい解説でした。
ひたすら神妙に語られるのも素晴らしいですが、軽妙さの中にむしろ伝承に対する強い意志を感じながらお聞きしました。
いっきゅう会にも、南三陸町で語り部を行っている方がいらっしゃいます。
映像コーナーでその方の話が放映されていて、ご本人がご覧になっている様子です。
この津波伝承館には何度か訪問していますが、また新たな発見のある見学になりました。
忘れないように、ときどき訪問しようと思います。
石巻市震災遺構門脇小学校もすぐ近くにありますので、お時間があればこちらにもぜひお立ち寄りください。
被災当時のままの教室が保存されています。
来年3月で東日本大震災から15年です。
(執筆:ひとしさん)





