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いっきゅう会がゆく~宮城マスター検定1級合格者のブログ~

  難関ご当地検定として知られる宮城マスター検定1級の合格者で作る「いっきゅう会」のメンバーが、宮城の魅力をお伝えします!

秋は芋煮会の季節です。コロナ規制解除後、芋煮会の名所である仙台市の広瀬川に架かる牛越橋の河川敷では徐々に復活してきているようです。皆さんの地域はいかがでしょうか。

(広瀬川の牛越橋河川敷の芋煮会)

(秋の風物詩 牛越橋近くのコンビニの薪販売)
牛越橋周辺の芋煮会で作られる芋煮は「味噌味、豚肉」の「仙台風芋煮」と言われている芋煮が多い。この仙台風芋煮の成り立ちについては諸説ありますが、昭和40年代、山形出身の大学生などが山形風を仙台味噌でアレンジして広めたとの説もあります。
その元である山形市周辺の芋煮会は第二次世界大戦前から行われてきましたが、その発祥は山形県中山町とされています。江戸時代、最上川の舟運航路の終点だった中山町長崎付近に「鍋掛松」という場所があり、地元の里芋と京都から運ばれた棒鱈を鍋で煮込んで食べたのが始まりとされています。明治期以降に牛肉を食べるようになり、昭和の初め頃に現在の「醤油味、牛肉」の「芋煮」が定着したとされています。全しかし、「芋煮」は以前違う名前だったようです。烏兎沼宏之著「山形の名物芋煮会はじまり考」(1981)では『各家庭ではよく芋を煮て食べたが、芋煮会とはいわず「芋の子汁」とか、「芋の子煮」と呼んでいた。』とあります。
この「いものこ汁」は秋田県、岩手県以南の家庭料理で、農林水産省のホームページ「うちの郷土料理」には両県の郷土料理として紹介されていて、味と具材は「醤油味、鶏肉」となっています。宮城県でも県北を中心に同様のいものこ汁が食べられていて、登米地方の一部では「醤油味、豚肉」のいものこ汁が食べられていました。このいものこ汁と区別する意味で「味噌味、豚肉」は「豚汁」(とんじる又はぶたじる)と呼んでいたそうです。また、肉の入らいないいものこ汁を食べたという話もあります。

(北上市二子地区の古民家カフェ「いものこ汁定食」(醤油味、鶏肉))
これらのことから考えると、芋煮はいものこ汁という里芋をメインとした料理が最初にあり、稲より伝来が早く貴重な炭水化物だった里芋の収穫に感謝する行事として秋に月を愛でながら里芋を供える「芋名月」という風習から発展してできた料理の一つと考えられます。このいものこ汁が家庭から飛び出し、野外でみんなが一緒になって食べる行事「芋煮会」として発展していったのではないでしょうか。
ちなみに「醤油味、牛肉」の芋煮は山形市周辺が多く、同じ山形県でも庄内地方は仙台と同じ「味噌味、豚肉」、福島県会津地方は大量のきのこを入れた「醤油+味噌味、豚肉」で「芋煮会」のことを「きのこ山」と言います。

(仙台風の芋煮(味噌味、豚肉。ネギ嫌い用ネギ別乗せタイプ))
最近の芋煮会でのトレンドは〆にうどんと市販のカレールーを入れ「カレーうどん」にして食べるとか。今後も新しい発想が「芋煮」を変化させながらそれぞれの地元で継承されていくことでしょう。

参考文献
烏兎沼宏之「山形の名物芋煮会はじまり考」(1981)藻南文庫
黒木衞「山形の芋煮会」(1991)山形市観光協会
佐藤敏悦「宮城の在来里芋と芋煮について」(2024)東北民俗の会令和6年4月例会資料
渡邉直登「足元から見る民俗(31),(32)-仙台地方における芋煮会-」(2023、2024)仙台市歴史民俗資料館
農林水産省ホームページ「うちの郷土料理 次世代に伝えたい大切な味」

 

 

 

(執筆:斗田浜 仁)