こんにちは😺
名古屋大学女子ラクロス部4年生MF#9てぃーです。
まず初めに、弊部を応援してくださる皆様、様々な形でお力添えくださった全ての方々に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。25チームでは東海制覇を達成できず、私たち4年生はここで引退となりますが、まだまだ続くずっと強い名大を、引き続きよろしくお願い致します。
ついにブログを書くのも最後になってしまいました。今まで色々なブログを書いてきましたが、引退ブログは書いたことがなかったので他の大学や先輩の引退ブログをたくさん読みました。今までは学びやモチベーションのために読んでいた引退ブログも、今は同じ立場になって感じ方が変わりました。共感できる部分も増えたし、全く違う4年間を過ごした人もいて、本当に人それぞれだなと思います。他の人の引退ブログを読むことが最近の私の中でのトレンドです✨ラクロス界隈の人たちは尊敬できる人たちばかりで、この環境で過ごせた4年間を誇りに思うと同時に、こんな自分なんかの引退ブログが誰かの参考になるのか?と考えてしまいますが、最後なので自由に書かせてもらいます笑。長くなると思われます。
私がこれを執筆している今日からファイナル4で勝って1ヶ月、ファイナルで負けて3週間、全学Bリーグが終わって5日経ちました。正直まだ正式に?引退はしてないのでwillawsの一員である感覚は抜けてないです。なのでなかなか引退ブログを書く気になれなくてまだ本題に入れていません笑。ですが、そろそろ私の部活人生を振り返ろうと思います。(この冒頭を書いてからだいぶ時間が経って結局提出ギリギリになってしまいました笑。いつまでもだらしない性格でごめんなさい🙏)
中学高校の部活でハンドボールをやっていました。中学は顧問の先生が厳しくて練習はとても辛かったけど、試合で勝った記憶はほとんどありません。おまけに一年生のとき急にやったことのないポジションで試合に出場させられ、私が変な動きをしたのかなんなのか忘れたけど、試合中のコートで先輩にすごい勢いで怒鳴られて、それから先輩という存在が苦手になってしまいました😥
高校は、ハンドボールでは珍しく経験者が多く、みんな初めからある程度上手でした。練習を真面目にやっていなくても試合で勝ててしまうので、練習時間の半分ぐらい休憩とおしゃべりでした笑。私は心の中ではちゃんと真面目に練習すれば優勝を狙えるチームなのにもったいないなーと思いつつ、休憩時間のたわいのない会話や練習前にアップの一環でやるバスケやサッカーは楽しいし、試合でもある程度は勝てるし、頑張ったとて優勝できるかもわからないからいっかーみたいに思っていました。そしてなんやかんやで楽しすぎた部活ライフを引退し、浪人する気満々で受験した名古屋大学。まさかの合格!!私の周りの人たちもたぶん誰も受かると思っていなかっただろうなー笑。
名古屋大学に入学🌸
こんな感じで中学厳しくて辛い😣、高校ゆるくて楽しい😆という部活人生だったので大学でもゆるく楽しく適度にスポーツできたらいいなーという気持ちで新歓を回っていました。そして、周りが部活サークルを決めていたころ、自分はまだまだ入りたい団体を絞りきれていませんでした。そんな中、高校の部活の後輩たちの最後の試合を見に行きました。後輩たちは私たちが引退して、代が変わってから真面目に練習していました。そして初戦で勝ったにも関わらず悔し涙を流している姿、キャプテンを取り囲む後輩たち、そこには私が高校時代諦めてしまったために得ることが出来なかった経験や感情がありました。そんな後輩たちを羨ましく思いました。そして、私は大学ではちゃんとした部活に入ろうと決心し、名大にハンドボール部はなかったので、朝練は渋かったけど全員スタートラインが同じのラクロス部に入部しました。
ラクロッサーデビュー🥍✨
はじめはゆるゆる部活出身だし、このちゃんとした部活についていけなかったらすぐ辞めよーと思っていました笑。だけど、受験で培われた根性と、元から体動かすのは好きなので辞めたいと思うことはなくラクロスを楽しんでいました。ラクロスは私が今まで経験してきたスポーツと違い、道具を使いこなさなくてはいけないため思ったようにいかないことが多かったです。一年生のころはよく1人でさんぐりでネット当て、シュー練をしてました。実はハンドボール時代ボールを投げるときに左に傾く癖、シュートをするときに打点が下がる癖があって、ラクロスでは治したかったのですが、結局残ってます🤦♀️
そして22シーズンのリーグが始まり、開幕戦当日。備品を持って会場に到着すると、会場が大きすぎてびっくりしました。それとラクロッサーの多さにも驚きました。当時は開幕戦に出場できることが、どれほどすごくて誇らしいことなのかわかっていませんでした。4Qで4点ビハインドからの巻き返しでそらさんのブザービート。圧倒的な試合で港サッカー場で試合している人たちと私は本当に同じチームに所属していることが信じられなくて、自分とは別世界の人たちだと感じました。私は来年、再来年、四年生になったときに自分がこの舞台に立つ姿を全く想像できませんでした。
そしてサマーリーグ🌻サマーリーグの思い出は、そのころキープが苦手だったれあが混戦でグラボして爆走している後ろについていって、キープミスダウンボールを待ち伏せ、れあが落としたボールをグラボし、ハンドボール時代からお得意のダッジでたくさんシュートを打ったことです笑。なんて自由なラクロス笑。
その直後のリーグ戦で一度だけベンチメンバーに選ばれましたが特に何もできず、それどころかサマーリーグでコロナが蔓延していて、自分も抗原検査でしたがコロナ陽性と試合後にわかり、チームに迷惑をかけました。せっかくベンチメンバーに選ばれたのにチームにとってマイナスな存在となってしまいました。
そして瑞穂でのファイナル。ファイナルも4Qは4点ビハインドでスタートしたのにも関わらず4Q終了時には同点。とってもワクワクしました。コートでプレーしている先輩、ベンチにいる人たち、スタンドで観戦している人たち全員が一体となっていたと思います。2年生でもあのグラウンドに立ってプレーしている先輩たちを見て、来年は私もあの芝生で試合前の往復ダッシュしたい!「みんなーでーーちーかーらあーわせっ💪🎶」の応援歌をスタンドから歌う側じゃなくてグラウンドで歌われたい!って思いました。いつかは忘れたけど、せんちゃんの家の大きいテレビでこの試合を見返しました。自分が四年生になったときも見返しました。それぐらいこの試合はとても印象的で自分を鼓舞させる試合であり、私もいつかそういう試合をしたいという目標でもありました。
そして新人戦、正直あんまり覚えてません笑。覚えていることは、姉のさちさんが「あんたすごいねー」ってたくさん褒めてくれたこと、みんなシンスプで足痛かったこと、南山に負けたこと、あと同期とやる試合がめっちゃ楽しかったことです。
フレッシュマン時代を終えて二年生🧚♀️
代替わりしてしばらく経ってからのAB分けではAチームでした。そのときは基礎は下手くそだけど、1on1は得意だったのでAチームやったーー!という感じでした✨ Aチームには同期が少なく先輩たちに囲まれて練習する日々で、私は初めてやることも先輩たちにとっては当たり前のことでそれに着いていくのに必死だったけど、練習の初めの方の基礎メニューを耐えて乗り越えれば1on1が待ってるぞお〜と練習の楽しい部分を見つけて私なりに頑張っていました。ABの練習時間が別の日はビデオとか備品とか大変だし、練習前後の同期のみんなとおしゃべりする時間もないし、練習もきつくてたまに弱音を吐きたくなる日もあったけど、同期たちがBチームの人手不足のことを話しているのを聞いたり、せんちゃんの家に泊まらせてもらっているときに、せんちゃんが怪我で練習に参加できてなくて辛くてベッドで泣いている姿を見てたから、そんなこと言っていられなかったです。
5月には妹ができました🐸私が暇なときさんぐりを覗くとだいたいいるし、姉練じゃない日のお昼にもいるし、フレッシュマン時代のしゅんはいつもさんぐりにいました笑。自分も上手になりたかったし、自主練でネット当てではなく対面でパスキャしてあげたいと思っていたので、たくさんしゅんと姉練できて楽しかったです☺︎
そして始まった23シーズンのリーグ。開幕戦では私が去年スタンドから見ていた地にいる不思議な感覚でした。港サッカー場の芝生だったり、応援歌を歌われたり、こんな感じだったのか!更衣室にシャワーあるんだ!試合前に写真撮るんだ!ワクワク❕結局は私が開幕戦の試合に出れるレベルには到底及んでおらず、ベンチでタイム得点板をあげて叫ぶことしかできませんでしたが、この開幕戦も南山相手に同点でファイナルは私も試合に出れるように頑張るぞ💪そう思いました。
しかしリーグが始まってから、私が試合に出れる機会は少なかったです。私は基本的にポジティブでマイペースで、辛いと思ったことも練習後にはなんだかんだ今日もやりきったなーとかラクロス楽しかったなーとか良くも悪くもすぐプラスに変換してしまう性格なのですが、リーグ中盤、終盤になるにつれ、辛い瞬間が増えていって、それをプラスに変換しきれなくてマイナスな気持ちがどんどん大きくなってしまいました。このころ固めのofの練習をするために、裏の66のdfをたくさんやりました。自分のプレーは先輩に頼ってばかりで、どの失点も自分のフォローが悪かったせい、自分が声出せてないせい、自分がフォローを出させるワンの受け方だったせい、とか考えてしまったし、ここでどんなに良いdfをしても試合には出れないんだろうな、と思ってしまったり一度マイナスになった気持ちをなかなかプラスに持っていくことができなかったです。
そして迎えたファイナル4。相手は南山。22シーズンでのファイナル4は正直よくわかっていなくて、なんで愛教とだけ2回試合するんだろう?とか思っていました笑。なのでファイナル4で負けるとファイナルに行けない、来年の開幕戦がない、ビッグゲームがなくなる。という当たり前のことにリーグ終盤のいちごさんの言葉で改めて気付かされました。結果は、ファイナル4でも私はベンチでタイム得点板をあげて叫ぶことしかできず一点差で終了。
23最後の全学Bリーグvs南山残り90秒同点。私のフリショ。これを決めたら一点リード。Bチームだけどファイナル4で負けた南山に勝てるかもしれない。リーグでは貢献できなかった勝ちに貢献できるかもしれない。 4年生にとっては最後の思い出で、私がその思い出をより素敵なものにしたい。そう思いました。
いい飛び出しができて、いい感じにクロスを振れた。だけどバーに弾かれてグラボ取られてターンオーバー。同点で試合が終わりました、涙😿
24スタート▶️打破‼️
23の終わりがけにせらさんにれあと一緒に呼び出されて、幹部の副将とmfサブリーダーの話がありました。たぶん私はすぐに幹部候補から外れたと思うけど、これを機に自分のラストイヤーのチームのことについて考える時間が増えました。
23が終わって24に代が替わるとき、mfはほとんど人の入れ替わりがなくて、正直今年も去年と同じ感じで私の出番はないかなあ、四年生になってからが私の出番かな!とか思っていました。だけど、すずさんが怪我をして思わぬ形で自分にもチャンスが回ってきました。しかし春休み、関学と同志社に武者に行きました🥷この頃から腰が痛いかも?ぐらいの腰の痛みがありました。だけど寝れば治るかなー、気のせいかもなー、と思っていました。この武者に行った二日間は、特に1on1の調子が良くて、2日目の同志社に行った日は明らかに腰が痛かったけど、楽しくてメニューを抜けれなかったです。
帰宅してからは、何をしていても動いていなくても腰が痛いぐらいになってしまって、病院に行くとヘルニアでした😔今までメニューを抜けなければならないほどの怪我をほとんどしたことがなかったし、数日後からは痛いけど動けるぐらいにはなって、だけど疲労が溜まっていくと痛みが強くなっていくという状態になってしまいました。
つま恋の前に南山と練習試合をしました。そこで、つま恋のために新2.3年だけの2Q試合を組んでもらいました。結果1-11。ドロー率0%。来年のことを考えると恐怖で振るいあがりました😰
つま恋では少人数ながら、試合の合間に宿舎に帰り、疲れた足腰を足湯で回復させながら頑張りました。
そして私がこの4年間、役職で一番頑張ったことは新歓です‼️2年生では会計をしていましたが、代替わりでその仕事も後輩に引き継がれ、特にやる仕事がなくて暇だったのと、たくさん新入生が入部してくれることがずっと強い名大に繋がると思い、新歓リーダーを務めることを決断しました!新歓リーダー6人で頑張りました!(他責にならないように6人ともリーダーでした)
私はSNS部門の新歓リーダーだったので、常にインスタでDMチェック、他部活サークルの新歓情報のチェック、他大学の参考になる投稿、イベントのチェック、とにかくインスタを徘徊していました笑👀(このあとからwillawsの公式のインスタ班に加わりました。いつもいいねしてくださる皆さんありがとうございます。)
新歓イベントの企画などに関わることは少なかったですが、ほとんどのイベントに参加して、たくさんの新入生と知り合いました。中には2人でプラグで何時間も喋ったり、個別でzoomしたいです、と本気で迷ってくれた子もいました。雨で急遽、学生会館で行ったナイター運動会は、急すぎて全然準備できていなくて準備していた図書館から学生会館への足取りが重かったけど、思いもしないぐらいたくさん入部してくれて嬉しくてちぇりと涙流しました笑。
新歓も終わりに差し掛かったごろ練習の何気ない1on1、シュート打った後dfを避けようとしたら思ったよりdfがこっち向かってきてバランスを崩して足首を捻って全体重がそこにかかりました。高校生のときもジャンプの着地地点にdfの足があって思いっきり足を捻って骨折しました。そのときと同じ感覚でした。高校生のときもう一生松葉杖しない!って決めたのになあ。約1ヶ月の松葉杖生活スタート🩼私の家から学校までの道のりは、まず最寄りの駅まで自転車を30分漕ぎ、農学部の三年生の使命であるほぼフルコマの授業のおかげで毎日1時間満員電車に揺られ、名大駅から坂道をのぼり歩き続けると農学部棟、山の上に辿り着くという感じでした。良くなってきたと思っていたヘルニアの腰の痛みが復活してきたし、けんけんの松葉杖で通うには限界があり、一番最後の大事な新歓にも参加できず、山の上にも行けない日々が続きました。本当に一日中暇で暇で、いつも雨の日だけ最寄駅まで車で送迎してくれる両親に、練習を見ることしかできないけれど、山の上まで車で送っていってほしいと恐る恐るお願いをしてみたりもしました。入部式の日は、一緒に頑張りたいと思って頑張って新歓した子たちだし、妹もファミリーも増えるし写真に写りたかった🥹ので、タクシーを使って山の上に行きました🚕
そして爆誕した妹きき🐈⬛は、やる気いっぱいでくりくりぱっちりおめめ👀で私のアドバイスを一生懸命聞いてくれて、実験でいつも早めに退散しなきゃだったけど、お昼の姉練がとっても楽しみでした!
しゅんの妹(なぜか孫?)のゆり🌷も話を聞くときは、ちゃんと私におへそを向けて、大きな目を見開いて話を聞いてくれました!
2人は今年のリーグでたくさん一緒にコートに立てて嬉しかったです!今ではききの妹のかいちゃん🐳も加わったてぃーファミのみんなとってもかわいいです🫶まだまだたくさんファミ会しよーねー!
たくさんのフレッシュマンたちの入部のおかげで新歓は成功して、怪我ででらうまにでられなかったこととか辛かったけど、この感情を紛らわせることができました。
それと、私的にはこの怪我のおかげて自分のOFのプレーの見方が変わったなと思っています。この時期はもう66が始まっていてすずさんなどと一緒に外から見ていました。2年生のときも固めの裏で66をたくさんやってきましたが、正直はけ方もワンをかけるタイミングも感覚でやってました。当然66のビデオはたくさん見てたけど、2年生のときの自分は、その学んだことがいつ起こっているかよくわかっていなくて、自分の感覚を優先してプレーしていたように思えます。そして、なぜ自分は66セット中になるとわからなくなってしまうのか、この期間、外から見ていてやっと気づきました。当たり前のことだけど、視野の狭さと予測です。すずさんと66を見て、すずさんはボールばかり目で追っている私とは違い、もっと周りのdfや仲間の位置を把握して、私がチャンス!と気づくよりも早く、これからチャンスになることをわかっていました。早くこれを体現したい!ラクロスやりたい!
24では絶対東海制覇して関東打破するぞ!と思っていました。だから、学科の任意のタイ、カンボジア研修とかあったけどスーパーカップと全学一回戦に被っていたので行くのをやめました。(あと、英語が嫌だったから)
なので、スーパーカップには絶対出たくて、松葉杖が取れてからすぐ走ってみたり、入れそうなメニューに復帰しました🦵怪我した方の足の筋肉がなくなっていて、ずっと筋肉痛だったし、お得意のダッジは多少衰えていたけど、ラクロスできるのが嬉しくて楽しくて、割とすぐ前の調子に戻っていきました。
そしてあっという間にリーグ期突入。24では23と比べると圧倒できる試合も多く、試合に出場できる時間も長くなりました。ですが、リーグ予選vs南山1点負け、vs愛教同点。この大事な試合では私はほとんど出ることができなかったです。この4年生となら一緒に東海制覇できる関東打破する、その一員に私もなりたいと思って頑張ってきたけど、ファイナル4にぺじゅさんが出れないとなったときに私はぺじゅさんの代わりにはならなくて、これまでの努力が足りなかった、まあいっかが私の口癖で、その諦めの積み重ねによって実力の差を埋められていなかったことを実感して、4年生にはもう後がないのに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
ファイナル4の想定練をこなす日々で、ゾーンdfに対するofの動きを評価してもらえました✨これは怪我の時期で学んだofの動き方を活かせた部分だったので嬉しかったです。あと、固めの裏で66に入るときの気持ちの持ち方を変えました。固めの66はこれから東海1番になるof、dfなんだから、これで点を取ったり、ナイディーすれば南山愛教に対しても勝てるじゃん!って。そんなこんなで気持ちを持ち直してファイナル4。1Q南山はゾーンdf、私の出番!ここが連続得点して私も得点できました。得意の左上からの右ランシュー✊
試合時間が進むにつれ点差は縮んでいって、追い越されました。一点差まできたけど勝てなかった。この代でもファイナルに行けない。東海制覇出来ない。私たちには出来るのか?
大きな不安を抱えラストイヤー
24が始まるときに25では幹部をやらなければいけない立場になると思い一年を過ごしてきました。なので幹部になる覚悟はしてたし、一年間先輩たちの姿をよく見てました。24の4年生は1人1人自分の役割を全うしたおかげで良いチームになったと思いました。だから、一個上の先輩方とは人数が全然違うから、私がこの一年で果たす役割は幹部という立場ではなくて、非幹部という立場が最善だと話し合って決めました。去年から幹部をしていた、れあれおここがいたし、ななさいもいたし、技術面でも組織面でも任せられるって思いました。
そして春休み恒例、武者修行の旅。今年は蒲田家🏠があったので、武者以外の時間も楽しめました!あきらなと行ったれおオススメのカレー屋さんめっちゃ美味しかったな〜
武者期間が終わってすぐの練習でれあが怪我をしました。練習終わってすぐ大丈夫だった?とLINEを送って、帰り道自転車を漕いでる途中で返信が来て、結果を知って、帰り道で大泣きしました。家に着くまでの30分間で涙が止まらなくて、遠回りをして家に帰りました。次の日も部活に行く道のりで気づいたら泣いてたけど、いつも通りな感じを装って部活に行きました。ちょうどその頃、学科のテストの再試があって勉強してたけど、今後のこととか、まおともう一緒にラクロスできないのかなとか、考えるとまた涙が出てきて勉強が手に付かず、今期もその授業を受けてます汗。せんちゃんの家で勉強合宿をして再試を受けようとして、せんちゃんの家に行ったときせんちゃんの前で大号泣してしまいました。れあが一番辛いはずなのに、私がこんなに泣いてるのは変だし、みんなをより不安にさせてしまうと思って、みんなの前では泣きたくなかった。
25の意気込みブログはちょうどこの頃でした。25での目標はチームを率いるプレイヤーになることと、みんなを輝かせる人になること。れあが怪我をしてmfを率いていくのは私しかいない、mfは試合中ほとんど全てのことに関わり続けるから責任重大です。あと、みんなの意気込みブログを読んで、自分の強みを見つける!って言ってる子がたくさんいたので、みんなの強みを私が引き出して試合で活躍してほしいな、って思ってこの目標にしました。
そしてみんなの記憶に残っているであろう、雨が降り極寒な中、練習し続けた愛教合同練。序盤の星パスキャで左の開くパスをしたとき腰がピキッといきました。その日は歩くことも困難なぐらいの痛みでした。またヘルニアでした。去年飛び出ていた椎間板の一個上の椎間板も飛び出ていました。今から頑張ろうと思ってたのに、頑張ったら頑張った分だけ痛くなる腰。元々薬飲むことが嫌いで、風邪をひいてもできるだけ寝て治そうとする人間だったのですが、練習前に必ず痛み止めのロキソプロフェンを飲むようになりました。この頃、みんなはウエイトトレーニングを頑張っていて、私の課題もフィジカルだと明確だったから頑張ろうとしてたけど、普段の練習の負担ですでに腰は辛いし、電車1時間座っているのも辛いし、自転車の振動も辛いしで、もう腰の痛みにうんざりしました。練習前後にあるラントレや筋トレも十分に出来なくて、みんなが頑張っているときに自分は別の筋トレ体幹をする。頑張りたいのに頑張りきれないこの状況が辛かったです。
2月から本格的に行き始めた研究室は、一番下っ端で同期が誰もいなかったから、水やり餌やり菌のお世話を早くできるようになりたくて部活がないときできるだけ行くように頑張ってました。あと今までちゃんと勉強してこなかったので、研究をするための勉強だったり、発表の準備にもたくさん時間がかかりました。4月なると本格的に新歓も始まっていたし、毎週末は練習試合があるし、部活も忙しかったです。練習試合は思うようにいかなくて、焦りました。れあがいなくなってからはドローをやらないといけなくなっていて、今までは自分の代になってれあしかドロワーいなかったら困るかな、やらないよりやる方がいいかってぐらいの中途半端な気持ちでドローの練習をしてたので、そこまで上手ではなかったです。ドローでチームのポゼッションに繋げられないことの重要性を目の当たりにして実感し、正直早くドロワーを卒業したかったです。2年生にはドロワー狙い目だよ!って代替わりしてから言い続けていました笑。
学校も部活も忙しいし辛いけど四年生ってこんな感じか、と思いつつ4月はじめから、自分の体調が明らかに悪くなっていました。まずずっと咳が治らなくて、花粉症でもないのに1ヶ月ぐらいずっとマスクでした。どれだけ寝ても体力が復活しない。体調治ってきたかも!って思ったらまた咳が出てくる。病院に行ってもただの風邪だと言われました。
(ここからの話重たいです)
5月、でらうまの次の日研究室のセミナー発表に向かっている電車でパニックになりました。それから研究室行こうとすると、フラッシュバックしてしまうので行くのをやめました。学生としての優先順位が変わってしまっていますが、部活だけは行き続けなきゃと思いました。私が行かないと全面メニューも66もみんなに迷惑をかけるから。それから長い間電車に乗ることも怖くなって、熱中できるアニメ、映画で必死に気を逸らしたりしてたけど、何回もフラッシュバックして動悸眩暈吐き気で電車を降りて何回も部活に遅刻して行ってました。ごめんなさい。このときは自分が何をしたいのか何をすべきなのか全然わかんなくて、人に相談しようとしても自分の気持ちや考えが頭の中でぐちゃぐちゃで何も話せないと思ったし、思い出したり何か考えたりしようとすると涙が止まらなくて人前で相談することなんてできませんでした。ChatGPTに相談したら優しすぎて、チャッピーとたくさん喋りました笑。今日このブログを書くまで誰にもこのことは話してないです。チームのみんなにたくさん迷惑かけました。ごめんなさい。だからこのブログに書くか迷ったけど、明治の人のブログを読んで心救われたので私も記しておきます。読んだ人はこの出来事は秘密にしといてください笑(?)
6月のスーパーカップの日も一番端っこの布団でなぜか涙が止まらなくて、全然寝れなかったです。七帝戦は北海道の旅が楽しすぎて疲れすぎてよく寝れた気がします笑。
(重たい話終わり!)
そしてあっという間に7月。ラストリーグが近づいてきました。ラストリーグはほんとに不安いっぱいで、入れ替え戦の可能性も終盤まで心配し続けていました。
予選の南山には3-9でボロ負け。淑徳戦は練習試合で一回も勝てたことがなかったし、私にコロナ疑惑があって3日振りぐらいのラクロスで不安だったけど、勝つ夢を見たので勝てる気しかしませんでした。愛教には練習試合でダブルスコアで負けていてvs南山のようにボロ負けするか不安だったけど、一点差まで追いつきました。負けたけど。
そしてファイナル4。ファイナル4でも淑徳戦のときのような勝つ夢を見ました。だから勝てる気がしました。スカウもバッチリで、練習試合や予選の動画を見返しても、今の自分たちが明らかに昔より上手になっていたので、本当に緊張したけど自信を持って当日を迎えることができました。
左腕には頑張れを背負い、フリショで震えていても奮い立っているんだと言い聞かせました。
リーグ戦を重ねるにつれ、どんどん頼もしくなった下級生の存在。練習中も試合中もワクワクさせてくれるプレー、頭で考えられたプレーが出来るようになっていってチームを支えてくれました。私が下級生だったころには考えられないほどのことを、要求し続けられたと思います。ほんとにみんなファイナル4でキープを任されたり、点入れたり、クリア運んだりしててすごいです笑。今まで接戦で勝ちきれない名大をずっと見てきたから、最後うのがゴール前でキープしていて、ダウンボールしてシュート打たれて同点になる未来が怖すぎて、受け手を作っているフリをしてすぐdfできる位置にいた冷静な自分から、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、今まで感じたことない感情が込み上げてきました。3年ぶりにファイナルに行ける。来年開幕戦がある。私たちにも東海制覇ができる。
ファイナル。予選でボロ負けしたけど、あの頃よりも確実に成長して、波に乗っている私たちなら勝てるって思いました。一昨年と去年、スタンドから見た南山vs愛教の試合。正直私たちのファイナル4の方がいい試合してたって悔しい思いをしたから、そんな思いを他の大学にさせちゃいけないと思った。
2Qの最後、私お得意の左上からの右ランシューで点が決まりました。そして予選からは考えられなかった一点リードになりました。あと30分後には東海制覇が待っているかもしれない。本当にワクワクしました。3Qでさんがイエローレッドになってマンダウンになっても、マンダウンの練習をたくさんしてきた成果が発揮できました。3Qが終わり4Qが始まるとき5-5同点。あと15分。この15分間は必死すぎてあまり記憶にありません。試合終了の笛が鳴る直前まで、ボールを奪おうとダブル組むのに必死で、コートを走り回っていて、笛が鳴ったとき息切れに混じって込み上げてくる涙。willawsでのラクロスが終わった、楽しかった、苦しかった、引退かあ。ファイナルで勝ったときに作りたいインスタの投稿の画像とか構成考えてたのになあ。
ファイナルが終わってから3週間後の全学Bリーグに引退することが決まりました。ずっと強い名大のために、AB分けが始まってから練習時間が違って練習を見に行ける日は、できるだけ見に行って、一緒にプレーしたり、アドバイスをしたりしてきました。少し練習見てないうちに上手くなっている子、私にたくさんアドバイスを求めてくれたり、話しかけてくれた子。ファイナルが終わってからの3週間の期間でみんな見違えるように上手になってくれました🫶全学Bリーグでは応援隊として、みんながリーグ期にたくさん応援してくれた分を恩返ししたくて、応援団3人とかだったけどめっちゃ応援頑張って、ベンチのみんなも続いてくれて、応援賞をもらうこともできました🎖️この応援賞はリーグ期に応援をがんばってくれた子たちのものです。受賞おめでとう🍾
長かった4年間が終わりました。4年間充実しすぎでした。とても長いブログになってしまったけど他にもかけていないエピソードがいくつもあります。本当にいろんな感情を知って、たくさん笑って、泣いて、知らなかった自分を知って、たくさんの人と出会って、このすてきな環境にいれて幸せな4年間でした。この4年間で知った自分の弱さ、強さ、周りの人たちに自分が与える影響、周りに与えられる影響の大きさ。人として大切なことをいくつも学ばせてもらいました。すべてこれからの人生の糧にします。これからも誇れる自分を目指して豊かな人生を歩んでいくぞ!
来年の開幕戦楽しみ!willawsの大ファンです!
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!!