この時期、この辺りの山には、地元の人たちが「スギタケ」と呼ぶキノコが生えてくることがあります。

一般に言われているスギタケとは別物で、一般名はオオイチョウタケと言います。

一度いただきましたが、マツタケより美味で香りも良く、しかもマツタケよりレアです。

人工栽培に向けた研究も行われていますが、安定して生産できるのはまだまだ先になりそうです。

 

これはもしかしたら築城資金を稼ぐ好機かもしれないので、早速、Googleレンズ片手にキノコ狩りを開始!

 

イタチタケ

食用キノコとされてきましたが、毒があるので食用には不適当という情報もでている為、基本的は食べない方がよいでしょう。

 

アキヤマタケ

食毒不明 安易に試食などしてはならない。

 

だめでした。

 

立ち枯れ木を切って、搦手虎口付近に雁木(階段)を作りました。

 

これで少し尾根に昇りやすくなりました。

尾根を伝って一の曲輪に行くという設計です。

尾根筋に柵も作れば武者走りが確保でき、背後の守りもバッチリです。

 

とりあえず搦手門から作ろうかと思い、そこら辺で立ち枯れている木を切って使えばいいかと思い、人生初の木樵に挑戦。

せっせと鋸を引いて2本切り倒しましたが…

虫に食われてボロボロ。

さすがにこんなものを構造物に使うわけにはいかないので、大丈夫そうな部分を切り取って階段か何かに使おうと思います。

 

で、作業をしていたら麓から呼びかけられました。

この付近の地主さんたちから依頼を受けて間伐などをされている林業家さんだそうで、間伐について色々教えてもらいました。

中世山城では、敵兵が潜める場所をなくすため(あと、多分火を付けられるのを防ぐため)に基本的に木は切り倒していたので、私もいずれは根こそぎ切り倒してもらおうかと思っていたのですが、全部切ってしまうと風の流れが変わったりして山全体に悪影響が出てしまうようで、大体3割ぐらいを間引くのが一般的とのことです。

 

リアルな中世山城を作ろうとすると、どうしても現在の山林保全や建築基準法などの問題が出てきます。

ここは少し方向性を転換し、極力、中世山城に寄せながらも各種法令等との折合いを付け、「現代の山城」を築城する方向で行こうと思います。

 

我が領地の一番高いところに、ヤダケが群生していました。

 

「ヤダケ」は漢字で「矢竹」と書きますが、その名の通り、節の隆起が少なく節間が長いことから矢軸の適材になるので、城や武家屋敷によく植えられていたようです。

で、そんな代物がここだけ不自然に群生しているのですが・・・ここ、やっぱり昔何かあったのでは?

 

そのうち籠城用の弓矢もDIYしたいと思います。

 

絵図面上で縄張設計を行ったら、次は実地で縄打ちです。

 

土塁、柵、門などを築きたいところに、縄で目印を付けていきます。

いずれ木は切らないとなあ…

 

ここ、絶対門を建てたい!

縄張を決めるために、問注所(法務局)で領地の絵図面(公図)の写しを賜ってきました。

四〇八と四〇九が私の領地なのですが…あれ?こんなところに道なんかあったかな?

 

これは、不動産用語でいうところの「赤道(あかみち)」というやつだそうです。

そもそも「公図」というのは、明治政府が地租改正事業を行った時に、各村民に作らせたものです。

この「道」も、その時代までは生活道路として使用されていたのだと思いますが、現在は「道と言われれば確かにちょっと平たくなっているな」程度のもので、ここを通るのはおそらく私と鹿だけです。

しかし、法的にはあくまで公有地なので、一応この部分には手を付けないように…ということで、このような縄張を設計しました。

一の曲輪を隅角に配し、残りの方角を二の曲輪で守る梯郭式縄張です。

「道」に沿って土塁を普請することで、大手虎口から侵入してきた敵兵を、二の曲輪と三の曲輪から挟撃できる設計になっています。

 

最北部の一段小高くなっているところを削平して一の曲輪とし、物見櫓(ツリーハウス)を作事したいなと思っています。

 

さて、縄張ができたら次は実地で縄打ちです。

 

築城する場所は、こんな感じです。

 

まず、隣接地から一段高いところに平坦部があり、この時点ですでに曲輪っぽいです。

境界部分に土を盛れば、それで土塁の完成でしょう。

 

それ以外の三方は急斜面で囲まれており、まさに天然の要害です。

 

どういうわけか、搦手虎口がすでに存在します。

 

これはもう、城を築けと言われているようにしか見えない!

広さは斜面部も含めて概ね一反です。

 

さあ、次は縄張を決めます。

 

突然ですが、私は城めぐりが趣味です。

日本100名城は全制覇し、続日本100名城も42城まで回ったのですが、昨今は流行り病でなかなか諸国を行脚できなくなってしまいました。


しょうがないので、山を買って自分で築城することにしました。

城地に選んだ場所は、続日本100名城にも選定されている霧山城(多気北畠氏城館)の近くです。

近くと言っても、遺跡範囲内でないことは遺跡地図で確認しましたが、霧山城の支城があったとしても不思議ではない立地です。



伊勢国司北畠氏滅亡から445年の時を経て霧山城の支城を築くという、壮大かつ無駄なプロジェクトが今、始まる…!


※一人で勝手に始めたことなので、いつ完成するかはわかりません

※今後の気分により方向性が突然変わることもあり得ますので、ご了承ください