なめたけです!

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※再婚妻はどうやら発達障害?

愛着障害?そこに気づく経緯と

どうやってやり過ごすか?

ダウンダウンダウン

 

 

【前話】

 

今日は、これまでこの連載を

お読み下さった皆様への

ご挨拶となります。

3月から書き始めたこの連載ですが、

約2ヶ月放置してしまいました。

 

この間に元妻(これまでは

”モラ子”と書いてましたが、

改める必要がありました。)

と息子の3人で会いましたが、

それによる精神的なダメージが強く、

何も書く事が出来ませんでした。

 

そして中途半端な形になってしまいますが、

本日の投稿をもって、

この連載を中止させて頂きます。

 

本日はそこに至る経緯を

綴らせて頂きます。

 

 

 

  15年に及ぶ認識のズレ

 

前回のお話では、

流産からの引越しの検討、

までをお伝えしましたが、

本来はその続きを書く予定でした。

 

その大まかな続きは、

 

・中古のマンションを買って引っ越す

 

・ほどなくして元妻が第一子を宿し出産

 

・元妻の心変わりにより

 元妻が復職をせず専業主婦になる

 

・家計の都合等により再び

 元妻の実家マンションの一室に戻る

 

・夫婦仲が悪化し、ほぼ口を聞かなくなる

 

・別居する話が出るが、夫婦で話し合い、

 子供の為にも再構築を目指す

 

・元妻が最後の機会になるかも知れないから

 と義両親と共に2ヶ月に渡る船旅へ

 

・その旅行中に引越しを余儀なくされ

 別居開始

 

・2年後に調停離婚

 

ざっとこんな感じで書き進める予定で、

そこに新たな登場人物が現れるはずでした。

 

それは義姉です。

年齢は僕らより2歳上で明るく、

気遣いが出来る頭の良い女性で、

夫婦仲が悪化した僕らそれぞれに

寄り添ってくれて良い方向に

導こうとしてくれた人物です。

 

 

と書くつもりでしたが、

コイツが

とんでもない奴だった

って事が判明したのです汗

 

 

 

  15年ぶりの再会

 

元妻と数回LINEでやり取りをし、

電話で話をする事になった。

 

当初元妻の親友から

「なめたけと話したいと

元妻が言っている」

と聞いた時に、

連載の始めにも書いた通り、

 

• 息子が僕に会いたいと言っている?

• 経済的に苦しくてまだお金を求めている?

• 単なる近況報告?

 

なのかと思っていたのだが、

元妻は開口一番

「お陰様で◯◯が成人しました、

これまで養育費を毎月頂き、

ありがとうございました、

節目としてご挨拶をさせて頂こうと

思って」

そんな感じだったので穏やかに会話をし、

それでも僕としては、

最終的にはお金の無心かな?

と思いつつ空白の15年の様子を

聞いて「ご苦労かけたね」

みたいな感じで終わった。

 

その後LINEでやり取りして、

息子が会いたがってる事を知り、

「是非会わせて欲しい」

と申し出て上述の通り

3人で会う事になった。

 

のだが、、、

 

どうにも違和感がある。

 

元妻は、

「なめたけさんの幸せをずっと

願ってました」

と言うのだが、

僕の認識としては、

すっごーーーーーく、

憎まれて家を追い出された、

と思っていたので、

それが何で僕の幸せを願っていたのか

話せば話すほど違和感が募ったのだ。

 

それは、

元妻が「両親が元気なうちに

思い出を作りたい」と息子を連れて、

船旅に出ている中、

義姉から「実は元妻ちゃんから、

この旅行中に家を出て行ってもらう

様に伝えて欲しいって言われてたんだ、

息子ちゃんも小さいし何とか二人が

元通り上手く行くようにって

思ってたんだけど、

力になれずごめんなさい」

と言われて急遽引越し先を決めて

慌てて出て行ったのだ。

 

そんな仕打ちをする時点で

もう修復は不可能だろうと思っていたし、

僕の引越しから数日後に帰宅する予定だった

元妻から、運び切れなかった荷物が

宅急便8箱が着払いで届くのだが、

その中には冷蔵庫の中身だった

ものが含まれていて

バターやソース、マヨネーズなど

腐ってカビが生えた食品類が占めていて、

ゴミをお金払って

受け取ったようなものだった。

 

そこまでするのだから元妻も本気なんだろう、

と思い、幼い息子との生活に

後ろ髪をひかれつつも

僕の方から修復に向けての働きかけを

しづらくなってしまった。

 

と言うかこっちも意地になってしまったのだ。

 

そして直接の会話をしないまま、

元妻が言い出した調停を経て

離婚が成立した。

 

その後、あの東日本大震災が起こるのだが、

二人の安否が心配になった際に、

元妻に電話をかけたのだが、

その時も電話に出たのは義姉で

「実はお義母さんが亡くなってしまって、

なめたけが心労をかけたせいで

こんなに早く亡くなってしまった、

って言って電話に出たくないって。

それと息子ちゃんには、なめたけさんは、

亡くなったって事にしたらしくて、、、」

 

「今は気持ちが乱れてるんだけど、

寄り添ってくれる出会いも有ったようで

心の支えはあると思うから

落ち着いたら電話する様に言っておくね」

と言われてそのまま15年が過ぎたのだ。

 

だから僕としてももう二人は居ないもの

と思い、数々の仕打ちに怒りを覚えつつも、

いつまでも怒りの感情を抱えていても

得する事など何もないので、

感情を

「無」

にして生きてきた。

 

 

15年ぶりにあった息子は、

僕よりも身長が高く、

明るい好青年に育っていて、

実の父と母が軽く冗談を交えながら、

話しているのを見て

嬉しそうにしていた。

 

将来どんな仕事をしたいと思っている、

とか付き合っている彼女の事だとか、

若く可能性しかない息子の話を

聞いているだけで嬉しかった。

 

本当はそんな日常を当たり前に、

過ごすはずだったのだ、

と思うと胸が締め付けられた。

 

そして元妻は二人が色んな所を旅した

写真や幼い息子と僕の写真も

持って来てくれて、

女手一つで立派に育て上げてくれた事

を心からありがたく思った。

 

元妻も出会った頃の様に、

明るく、それでいて柔和になり、

「当時は私の両親の体調の事もあり、

いつもピリピリしていて、

なめたけさんの立場や気持ちに

配慮する事が出来ず申し訳なかった」

こんな事まで言ってくれた。

 

息子もいる場であまり湿っぽく

もなれないので必死に涙を堪えたが、

家に帰って泣いた。

 

本当に泣いた。

 

地球上のすべての水蒸気を集めたんじゃないか?

ってくらい泣いた。

 

そして、文字通り何もする気が起きずに、

このブログも放置してしまった。

 

感情の整理が出来なかったのと、

それまで認識と違い過ぎて、

頭が追いつかなかったからです。

 

 

 

  本当の悪者:モラハラの根源

 

結局元妻からは、

お金の無心などはなく、

本当に”節目として”の再会だったのだが、

僕にはそこに至る経緯が

分からない部分があり、

それでもこれほど心が通じ合う人と、

なぜ別れる事になったのか?

紐解きたい気持ちもあり、

また、お互い思い出話の続きを

したい気持ちが一致し、

後日元妻と二人で会う事になった。

 

もちろん3人での再会も

妻の人にもきちんと話して

了解を得ての上だが、

「いつかこうゆう時が、

来るものだとは思ってたから」

と深くは追求はされなかった。

 

そうゆうさっぱりした所は

妻の人にも感謝すべきなのだろう。

 

そして二人で会った元妻に

・旅行中に追い出した事

・腐ったバターなどゴミを送った事

・震災の時の電話に出ないで、

 僕を死んだ事にした事。

これらについて聞いてみた。

 

と言うかこの時点で、

薄々気づいていたんだけど、

きっとこれらは元妻の知らない事

なんじゃないか?と。

 

その予感は的中で、

元妻の認識としては、

・旅行中になめたけが

 引っ越してしまった。

・ゴミを宅急便で送った事はなく、

 確かに家をリフォームするから

 荷物を運び出す必要は有ったけど、

 自分が家に帰ったら綺麗に片付いていた。

・震災の時は確かに義母が

 亡くなったばかりで寝込んでしまい、

 兄や妹からの電話にも出れず、

 もしかしたら◯◯さん(義姉)が

 電話対応してたのかも。。。

こんな感じだった。

 

何とも文章では表現しづらいのだが、

僕と元妻の仲を取り持とうとしてた

はずの義姉が”別れさせ屋”みたいな事を

してたのだ。

 

つまり、

元妻家族の旅行中に僕に引越しさせたのも、

ゴミを詰めた段ボールを元妻の名前で発送したのも、

なめたけを死んだ事にしたのも

すべて義姉の仕業。。。

 

これらの所業をその時に

元妻本人に対して怒って

クレーム入れていれば、

それらはすべて暴けたはず。。。

 

 

別居開始になった時、

戻れるものなら元の3人の生活に

戻りたいと思っていた。

 

確かに幼い息子の子育て、

義両親の病気、困難な状況は

あったけど、数年を乗り越えれば、

それなりに慎ましくも

幸せに暮らしていたんじゃないか?

そう思う。

 

確かに元妻から心無い言葉を

浴びせられたりもしたが、

それは子育て中心で、

僕は仕事が忙しく動いている二人

を見るのは週末だけ、

みたいな生活では、

当たり前、とも言える程度のもので、

僕が元妻によるモラハラと

思い込んでいたのは、

実は義姉の策略だったのだ。

 

”たられば”の話をしても仕方ないし、

もしかしたら本当にその後

埋め難いすれ違いの末にどう転んでも

離婚していたかも知れない。

 

だけど、控え目に言っても、

息子から父親と暮らす人生を奪ったのは

間違いなく義姉なのだ。

 

そんな事実を知れば当然

義姉に会って問い詰めたいものだが、

既に故人だそうだ。

(どうやら自死らしい)

 

じゃ、なんでそんな事を?

と思うのだが、元妻によると、

どうやら僕らが住んでいた

元妻実家のマンションの部屋

に入居したい、と言うのが

狙いだったんじゃないか?

とのこと。

 

実際に僕らの離婚が成立してからは、

元妻と息子は実家に居候する形になり、

空いた元の僕らの部屋には、

義姉一家が入居したそう。

 

義兄の仕事の関係で、

経済的に厳しかったらしく、

実際に金銭的なトラブルを

起こしたらしいです。

 

昼間の喫茶店で、

グズグズに泣きながら、

互いに「ごめんね」と言い合う、

元夫婦。

 

予想もしていなかった結末

になった事をご報告致します。

 

そして息子を交えてまた

会う約束も出来、

僕には大事な家族の輪がもう一つ、

それは互いの幸せを願う、

思いがけず温かい繋がりになりました。

 

 

 

”あとがき”

 

    

【あとがき】

まだ精神的には、

辛い部分もあり、

今書ける精一杯を

書かせて頂きました。

 

結果、誰の為にも何にもならないもの

となってしまったかも知れませんが、

一つ学んだ事は、どんなに気持ちが

すれ違ってしまったとしても、

対話する事を諦めてはいけない

のかなと言うこと。

 

それはもしかしたら

僕自身も現在の妻の人に

対しての向き合い方を

変えるきっかけにもなっている

と思います。

 

このブログについては、

当初予定していた通りに

(事実とは異なった形で)

元妻からのモラハラの末に

離婚した、と言う体で書き進める

事も出来たかも知れませんが、

それでは立派な息子を育ててくれた

元妻にあまりにも申し訳なく、

中止と言う形を取らせて頂きます。

 

また、前話まで「モラ子」と

記載していたものを

ここでは「元妻」に改めました。

ここまでお読み頂き

本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

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