【テーマ・そうさく】


「さ、あなたの玉を出してください。」

ぼくはいまもまた
ぼんやりと暗がりから
陽気に響くおじさんの声で
薄明かりのぼくの席に
突如戻ってきていた。

ぼくの右隣の席にいたのは
おとぎ話のなかの小人のような
首のないおじさんだった。

今日のぼくは
なんだか少しへんなんだ。

ぼくは小人のようなおじさんに
少しもびっくりすることはなかったし
おじさんの声に驚きもしなかったし

だいいちぼくは
気がつくと薄明かりのなかに
いつの間にか座っていることに
少しもびっくりしなくなっていた。

代わりにぼくは
なんだか少し
うんざりしていた。

ぼくはぼくの
からだという感覚を
薄明かりのなかで知ることが
あんなに楽しみだったのに

突然の出来事や
突然の隣人の登場に
驚くのをやめたぶんだけ

ぼくはうんざりするより
他にすることがなくなってしまった。


「さ、あなたの玉をこのなかに
どうぞいれてください。」

小人のようなおじさんは
ぼくを急かせるように
小さな箱を差し出しながら
満面の笑みを浮かべて言った。

「今日はまた、特別にきれいなものを
お持ちでいらっしゃる。
そら、そこのあなたの玉ですよ。」

ぼくにはなんの心当たりも
なんの心構えもなかったのに
見るとぼくの目の前には
キラキラ光る透明のビー玉が

ぽつんとひとつ

それは置かれているというには
あんまりにもこころもとなく
それは転がっているというには
あんまりにも気配もなく

ただ目の前にあるだけに見えた。

「さ、どうぞこのなかへ。」

小人のようなおじさんは
ぼくをそうやって促すけれど
ぼくはこのビー玉が
ほんとうにぼくのものなのか
わからなかった。

「あなたの玉ですよ。
あなたの玉でない理由がない。

もしも私がその玉を私のものだと言ったって
それが私の玉だという理由もない。

あなたにはきっとおわかりだ。」

ぼくにはよくわからなった。
ほんとうはわかっていたのかも
しれないけれど、ぼくは
わかりたくなかったんだ。

わかったと思ったら
わかるのが当たり前になる。

わかっていると思っていることが
急に目の前にあらわれても
もうぼくは少しも驚かなくなる。

ぼくの目が見えることも
ぼくの耳が聴こえることも
ぼくの末端でぼくが少しずつ
死んでいくことも

当たり前になれば
ぼくは少しも驚かなくなる代わりに
ぼくはうんざりするようになるんだ。

「さ、楽しい遊びですよ。
このなかにあなたの玉をいれてください。」

ぼくは言われるままに
光るビー玉をぼくの手にとって
おじさんの差し出した
箱のなかにぽとりと入れた。

ぼくのビー玉なのかどうか
ぼくにはわからないままだった。

小人のようなおじさんは
肩をすくめて笑ったから
おじさんはますます小さくなった。

「さあ、ここからがお楽しみですよ。
わたしが箱の蓋を閉めて
もう一度蓋を開けますから
あなたはあなたの玉を
当てて取り出してくださいよ。」

おじさんはゆっくり
箱の蓋をそれは丁寧にとじた。

ぼくはぼくの玉だといわれた
透明な光るビー玉が
箱のなかに隠れるさまを
見つめながら突然不安になった。

ぼくにわかりっこない。

ぼくはその玉が
ほんとうにぼくのものだなんて
ちっとも思っていなかったのに

ぼくにその玉を
当てられるはずがない。

「ここからがお楽しみですよ。
さあ、どうぞ。」

小人のようなおじさんが
身を乗り出しながらそう言ったから
おじさんは今度はぼくなんかより
ずっとずっと大きくなった。

おじさんの箱も
おじさんと一緒に
ずっとずっと大きくなった。

おじさんが蓋を開けると
大きな箱のなかには
数え切れないほどたくさんの
光るビー玉がぎっしりと
詰まっていたんだ。

ぼくはほとんど
泣き出しそうだったのに
おじさんは笑って言うんだ。

「さ、あなたの玉を出してください。」

どの玉も透き通っていて
どの玉もキラキラ光って

ぼくはぼくの玉だといわれた
さっきのビー玉がどれかなんて

わかりっこない。

「あなたにはきっとおわかりだ。
さ、ひとつ選んでお取りなさい。」

ぼくは箱のなかに
恐る恐る手を伸ばして
たくさんのビー玉に触れたけれど

ぼくがまさぐっているのは
無数の光るビー玉じゃなくて
ぼくのこころのなかだと思った。

ぼくはほとんど
泣き出しそうになりながら
ビー玉をひとつ取り出して
微笑むおじさんに
差し出した。

おじさんは黙って
さっきよりももっと丁寧に
箱の蓋をそっととじた。

ぼくにはわかった。
ぼくの取り出した玉は
さっきのビー玉じゃない。

ぼくは別の玉を
取り出してしまったんだ。

わかりたくないと思ったにの
わかりたくなくてうんざりしたのに

ぼくはぼくの間違いだけを
こころのなかから取り出したことを
わかったと思ってしまったんだ。


小人のようなおじさんは
大事そうに箱をさすりながら
ぼくに言った。

「いや、お見事でした。

どうです、楽しい遊びでしょう。
あなたはよくご存じだ。
きっとまたいつかお会いしましょう。」

小人のようなおじさんは
ぼくの玉だといわれたビー玉が
入ったままの箱を大事に抱えて

薄明かりのなかから
消えていってしまった。

ぼくのてのひらには
小さな光る透明のビー玉だけが残った。

無数の光るビー玉のなかから
ぼくがひとつつかんだ玉。

この玉がぼくのものではないという
理由がない。

さっきのビー玉が
ぼくのものではなかったという
理由もない。

ぼくの不安には理由がない。

あるのはぼくの手のなかの
たったひとつの光るビー玉だけだった。

それだけが
ほんとうにぼくの
わかっている唯一のことだった。











【テーマ・りか】


最初にまいた種子のうち
屋外に置いた鉢のほうは
待てど暮らせど芽を出さない

わたしの複雑な思いに
反応するのは本来
わたしであるべきなのに

そこには息子が
馳せ参じてくれるのです


「いい種子と悪い種子を
見分ける方法を知ってるよ」

息子は言います

水を入れたコップに種子を入れて
沈んだ種子はいい種子で
浮かんでしまう種子は悪い種子

わたしたちは
残りの種子をみんな
水に沈めて待ちました

一晩明けた朝
種子の様子をみると
確かにいくつかの種子は
水の表面に浮かんでいました

「これは中身がからっぽだから
芽はでない種子だよ」

息子はどこで
そんなことを知ったのだろう

まるでずっとむかしから
当たり前に知っているかのような
頼もしさでした

そして
沈んだ種子のうちのいくつかが
一回りほど大きくふやけて
いままさに発芽しようと
していたのです





息子の助けで発芽した
あさがおの種子たちです



それでもわたしは
内心とても複雑なのです

息子のようにわたしたちは
誰もがみんな生きるのを
互いに手助けする知恵を
ほんとうは生まれつき持っていて

息子のようにわたしたちは
誰もがみんなよいことのために
その知恵を活かしたり
工夫したりするちからがある

けれどもその同じ知恵の延長には
ひとの役割をかけ離れた行いが
あるような気がしてきたのです

行き過ぎた品種改良を生み出したり
倫理を揺るがす生体実験を行ったり

そういうことをすることと

いま、芽の出る種子だけを選別し
期待にこたえた種子だけを植えるのと

どう違うのだろうか

非人道的と非難されるような行いも
いつかの日には
身近な大切なひとの
笑顔を望むことから始まった
ひとのやさしさであったろうに





ほんとうはわたしは
昨年あさがおの種子を摘んだときから
この種子のすべてが来年
芽を出すわけではないことを
知っていたのです

明らかに小さいもの
明らかに軽いもの
生命の雰囲気を感じられないものも
たくさんあったのです

狭いベランダの限られたスペースで
すべての種子を育てることなど
できないのだということも

ほんとうはわかっていた

けれども冬が過ぎて春が来て
実際に植えた種子から本当に
芽が出なかったときに

そのときにちゃんと
落胆したかったのだと思います

いのちの芽をつむことが
恐ろしい重罪であることを
わたしはもう一度しっかり
確認しなければならなかったのだと
思います

犯した罪の重さを
いまだからこそ
もう一度しっかり
確認しなければならなかった

そうしなければ
ほんとうにこころから
目の前で育つ生き物と
共に生きることは
できないと思っていたのだと
思います



奇しくも息子の助けが
芽の出ない種子を
明らかにしてくれました

疑う余地のないやさしさが
疑う余地のないあきらめを
疑う余地のない事実として

わたしに再認識させてくれました



複雑なのです








【テーマ・りか】


なぜひとつの種子から
決まって双葉が芽吹くのでしょう





双葉の中心から
双葉を突き破るように
本葉が現れます

わたしたちはものを見るとき
必ずしも実体を見つめているのでなく
多くは実体を媒体にして
自らのものの見方を見ている気がします

見方を見るとは
物理的にややこしいですが

そこにあると信じて見ているものが
視神経を介して脳に運ばれた
単なる映像であるのかそれとも
見ずとも実在するものなのか

そういう疑問が浮かぶとき
視覚にとらえるという関わりかたが
必ずしもあるがままの実体を
受け入れているわけではないのだと
思うのです

わたしは新しい植物の若芽を
わたしの視覚にとらえながら

実際はわたしのなかの
これはあさがおだという記憶と
これは双葉という記憶と
双葉を割って芽生える本葉だという
わたしの記憶と知識を見ているのです

あさがおだと知っているから
これはあさがおに見える

ものすごく狭いものの見方をしています

けれどもそうやって
実体を通して自分のなかの
ある一定のものに照準を合わせ

あるいは知り得たものの名前に注目して

他のものと区別した見方をすることで

脳裏に映るこのみどりのものが
目の前のあさがおだと信じて
安心することが出来て

さらにあの種子から生まれた
待ち焦がれていた双葉と知って
はじめて嬉しさや喜びや
安堵を抱くことにつながります

わたしがいま見ているのは
目の前のあさがおである以前に

わたしのなかに蓄積された
感情と行いの記憶であるのです


あさがおはただ生きるだけ
わたしもまた生きるだけ

互いに生きる以外のことは
なにもしてはいないのに

狭く切り取られた見方のなかでだけ
こんなにも大きな喜びを感じられる

同時に

芽吹かなかった種子の存在に
こんなにもこころが痛む


わたしたちは
わたしたちを取り囲む
膨大な現象のなかから
視覚にとらえたものを

自分の内側の事情に照らして
狭く切り取ったなかでだけ
喜んだり悲しんだりしている気がします

しかしそれこそが
わたしのものの見方であり
わたしのなかの喜びであり
わたしのなかの痛みであり

それがあってはじめて
目の前のあさがおなのだと
思いました



そろそろ水捌けのよい
ベランダの鉢に
お引っ越ししようと思います