【テーマ・しゃかい】


どんなことでもいい。
こわいな、と思うものが
身近に迫るのを感じたとします。

怖かったら逃げたらいい。

けれども逃げ道がなかったら。

こわくない、こわくない、と
自分に言い聞かせ
怖い気持ちを殺そうとします。

身に迫る恐怖の存在はそのままに
恐怖を感じるこころを閉ざそうとします。

いつか恐怖の存在は去ります。

殺された気持ちはどこにあるのでしょうか。
閉ざされたこころはまた開くのでしょうか。

気持ちの亡骸を誰が弔うのでしょうか。
こころの扉を誰が叩くのでしょうか。



地元で事件がありました。
逃走中の犯人を警戒して
子どもたちの通う学校にも警察から
注意を呼び掛けられたようです。

逃走中の犯人の風貌
車種や車のナンバー

連絡の印刷が間に合わなかったらしく
先生たちは口頭で子どもに伝えました。

娘は細かくメモをとって
わたしに伝えてくれました。

こわいね
気をつけようね

そう言いながらわたしは
連日どこかで起こっている
数々の犯罪や現象が
身に迫る恐怖としてあらわれ
気持ちを殺し
こころを閉ざすのを感じました。

まさかうちの子どもたちに
まさか自分自身に
恐ろしいことが起こるなんて

ないとは言えない恐怖。

言葉にできない不安が
わたしを覆い隠し
目の前の危険さえ
なかったことにしてしまう

それこそが危機。

だからわたしは
すでに逃走犯が再逮捕されたという
最新のニュースさえ知ることなく

ほかのことにすっかり気を盗られたまま
朝を迎えました。

登校前の娘は
走り書きのメモを清書して
一枚は自分が
もう一枚は弟に手渡し

ポケットに忍ばせて
学校へ続く通学路を
弟と連れだって歩いてゆきました。


わたしは恥ずかしかった。

恥ずかしかったけれども
確かに気絶した気持ちが生き返り
閉ざしたこころに隙間が開くのを
感じていました。



どんなことでもいい。

恐怖の存在はそこここにある。
逃げ隠れはできない。

ならば恐怖を見守ることが
わたしたちの身を守ると

教えてもらいました。






【テーマ・りか】




はじめに植えたあさがおは
双葉が枯れて本葉が繁り始めました。

子どもたちの学校教材のおさがりの
プランターに引っ越して
細い根の束を張り巡らしているのでしょう。

少しつるも伸びてきました。

彼らは発芽時
牛乳パックのプランターで
ぬくいお部屋で過ごしたあさがおです。

10粒のうち、半分の5個が芽を出しました。

はじめから屋外で
春とは思えぬ寒風にさらされた
ほかのあさがおは




奥の三つの双葉が彼らです。

もう芽は出ないかもしれないと
半ばあきらめたころ
雨に固められた土を破って
力強く芽吹きました。

手前の大きめの双葉は
息子の助けで芽吹いたあさがおです。

分かりにくいですが
中央に出たばかりの芽があります。

ながくを屋外で過ごした
種子がまた発芽しているのを
今朝みつけました。

忘れないで
ぼくはここにいるよ

どんな環境にあっても
種子は必ず芽吹こうとする。

どんな環境にあっても
わたしたちは必ず生きようとする。





息子に助けられて
あとから芽吹いたあさがおは
屋外で過ごしたあさがおよりも
透き通ったみどりいろです。


昨年はたった二つの種子でした。
深い紫と紫がかった赤の
花を交互に咲かせました。

そして枯れゆき
いくつもの種子になりました。

いくつもの種子のうち
いくつかの種子がこうして芽吹き
いまの光景があります。

わたしはあさがおの
生きる営みに畏れながら
もの云わぬみどりのものに
生活を支えてもらいます。

そしてそれを
子どもたちが見守ります。


人間が食物を育てるとか
親が子どもを育てるとか

いままで当たり前に感じていた
構造はすべて真逆でした。


ひとびとが
天動説を信じようと
地動説を信じようと

世界はかわらず巡っていきます。

どちらの説が正しいか
悩むぶんだけ不幸があり
どちらの説が間違っているか
追究するぶんだけ不幸がある。

どんなに悩んで苦しんでも
答えを出して満足しても

世界はかわらず巡っていきます。


天動説と地動説
どちらを信じていても
夜は明けて朝が来ます。

性善説と性悪説
どちらを信じていても
ひとは生まれ死んでゆきます。





どんな環境にあっても
どんな生き方をするか悩んでも

芽を出した以上生き物は
生きることしかできないのですね。





【テーマ・ほけんたいいく】


先日息子が教えてくれました

「夢を見ない日はないんだよ
起きたときに忘れるだけだよ」



夢は眠っているあいだにみるものと
ふつうに思いがちですが
わたしたちは経験的に
起きていても夢をみることがあると
知っているように思います

それは空想の世界と区別しにくく
ときには幻覚や妄想とも呼ばれ
現実を識別する能力を一瞬手離す恐れから
あまり好ましい現象としては認知されません

けれどもわたしたちは誰もが
ぼんやりとしながら瞳を開き
なにか現実ではないものに没頭し
ハタと気がついて驚くといった
白昼夢といわれる経験を
多かれ少なかれしたことがあると思います


やろうと思ってできることでは
ないのかもしれませんが

たとえばあまりにも多忙を極め
眠る時間を惜しんで働く隙間に
体力の限界を見越した意識が
一瞬だけ現実を識別する能力を休ませて
まるで夢でもみたかのような
体験をさせることはよくあります

交感神経がオーバーヒートして
一瞬機能を失った隙間に
慌てて副交感神経がピンチを救う
そんなイメージでしょうか

ストレスが高まると
交感神経が優位になり
眠りにくくなるそうですが

素直に眠れない状態を
そのままキープしていると
白昼夢をみられるわけです

夢は起きているあいだに集めた情報を
こころが精査して整頓するためのものだそうですから
たとえ一瞬の白昼夢であっても
無意味な妄想であるはずがありません


実はここのところ
眠れぬ夜が続いています

休みたがる身体をよそに
わたしのある一部の神経は
それを許してくれません

「夢を見ない日はないんだよ
起きたときに忘れるだけだよ」

万一忘れてしまってはいけないから
起きたまま夢がみられるように
わたしはわたしの気づかぬところで
頑張っているのかも
しれません